襲撃
人が死ぬ場面があります。ご注意ください。
出発前にティアは戻ってきた。何も咥えておらず特に異常はなかったようだったが、短い休憩中に往復できる距離となると高が知れているため、やはりこの先の油断は禁物だとニコルは思った。
エッカルトは既にニコルを警戒する素振りを隠しておらず、ニコルは殺気に反応したティアを抑えるように軽く叩いて落ち着かせ、出発する隊商の列に戻った。
「あの人と何かあったのか?」
「いえ、特には何も……」
「そうか? この先は森が深いから連携が取れなくなると、特に危なくなる。君もその辺りはわかっているだろうが、気を付けてくれよ」
「……すみません」
休憩が終わり、街道を進むとベンノの言った通り森が深くなっていた。
時折、騒がしく鳴く野鳥の様子にティアが耳を立て反応しかけたりしたが、ニコルが叩くとしぶしぶと諦めるのを繰り返した。
関所を越えてから森の中の街道を進んできたが、ティアがこのような反応を示すことはなく、ニコルはもしかしたら何か別の気配をティアが感じ取っているのかもしれないと考えていた。
「ベンノさん。この先、何かあるかも知れない……」
「お前も気づいたか?」
「ティアの様子がおかしいんです」
「赤猫は気配に敏感だからな……。森の奥の方でクレーエが鳴いてるから、いずれにせよ何か来る可能性はある」
クレーエとは先ほどから森の奥で鳴いている鳥の事である。藍色の鳥で大きさはカラスより小さく気配に敏感なため、縄張りに侵入者が居ると周りに警鐘を鳴らすように大騒ぎをすることで知られていた。
「モーリッツさんたちには知らせなくても大丈夫ですか?」
「この街道を通る奴ならば、クレーエの警告は常識だ。あいつも分かってる筈だ」
「ならいいんですが……」
ベンノに問いかけると、モーリッツならばクレーエの警告が意味することも理解していると言われ、ニコルは胸をなでおろした。ライマー達もモーリッツの伝言を聞くと気を引き締めたようで、エッカルトがニコルに向ける視線がますます鋭くなった。
クレーエの鳴き声が次第に小さくなったころ、ティアが急に立ち止まった。
「ティア?」
「どうかしたのか?」
ニコルは訝しく思い、ティアに問いかけ前に進むよう指示を出したが動こうとしなかった。急に立ち止まったニコルにベンノが馬を翻し駆け寄ったときだった。
「敵襲!!!!」
隊商の中衛の傭兵が発した叫びと同時に矢が降り注いだ。ニコルはティアから降りて腰から剣を抜くと、飛んでくる矢を払いながら後方の街道わきの茂みにティアを嗾けた。ティアが居なければ、気づかないほど襲撃者の気配の消し方は完璧だった。
いきなり大型の魔獣が襲いかかってきたため、後方への奇襲は失敗にしたと悟った襲撃者が10名ほど飛び出してきた。
「なっ、後方からだと!?」
「くっ!」
ベンノの乗っていた馬が襲撃者の矢に驚きを崩した。かろうじて落馬は避けられたものの、すぐには戦闘の体制に入れなかったベンノを男が弓矢で狙う。ベンノに向けられた矢に気付いたニコルは一瞬で距離を詰め、ピンと張られた弦を剣で一閃する。攻撃を止められたことで、男は驚きで目を見開き、続けて飛んでくるニコルの攻撃を剣の鞘で受け止めた。
弦を断った一撃で戦闘不能に持ち込みたかったニコルは、小さく舌打ちをする。相手も憎々しげにニコルを睨みつけた。
「クソガキが!」
「ガキで悪かったね!」
相手の男は、ニコルよりもはるかに力が強かった。
競り合いになれば確実に力負けし、劣勢に追い込まれるとわかっていたため、ニコルは後ろに飛び距離を取り、ベルトから抜いた短剣を飛び道具のように投げ付けた。惜しくも命中はしなかったようだが、相手の体制を崩したところを一気に詰め寄り、情け容赦もなく斬り捨てた。
「てめぇ! よくも!!」
「はっ!」
仲間を斬り捨てられたところを目撃し、逆上した男がニコルに襲いかかってきたが、ニコルは危なげもなく避けると、無防備になった相手の背中に雷を纏わせた掌底を打ち込んだ。バリッという音とともに男はうめき声を上げ倒れる。ライマーたちが視界に入ったが、エッカルトを中心に善戦している。
「こいつら、数多すぎ!」
「文句を言ってないで、手を動かせ坊主!!」
「分かってる! ティア! 向こうの射手を狙え!」
乱戦になり味方に当たるのを防ぐためか射手は居るものの、それほど矢は飛んでこない。だが、時折ひやっとするタイミングで矢が飛んでくるため、ティアを射手にけしかけた。
「うわぁぁぁぁああ!!」
「く、来るな!! あっち行け!」
森での戦闘で獣に単独で叶うような人間は多くない。いきなり大型の魔獣が襲いかかってきたため、襲撃者の射手は混乱し反撃をすることなく叫び声をあげて逃げ出した。
射手が逃げた事が切っ掛けになったのかは分からないが、誰が指示をするでもなく、連鎖するように襲撃者は逃げ出した。既に半数の仲間が倒されていたため、士気も下がっていたのだろう。
エッカルトは襲撃者を深追いしようとしたが、何の目印もない森の中を追いかけるのは無謀と判断し、渋々諦めたようだった。
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