慰謝料
ニコルは風呂場に入ってきたカルロに問答無用で思いきり掌底を打ち込んだが、一応カルロも傭兵なだけあって寸でのところで手を払われてしまった。
「チッ!!」
「ちょ!? お前、女だったのか!?」
ニコルは避けられてしまったことに舌打ちし、カルロは不意打ちにも等しい掌底を避けられたこともあり、一瞬ホッとしたようだった。しかし、ニコルは払われた手でカルロの服を掴み、反対の拳で鳩尾に打ち込んだ。
カルロはずるずると前のめりに廊下に倒れ込んだ。かろうじて意識は残っていたが、鳩尾に一撃を貰ったため呼吸がうまくできなくなっているようだった。
騒ぎを聞きつけた人たちが何事かと集まってくる声が聞こえ、下着のまま廊下に立っているわけにもいかないため、ニコルは一度脱衣所に戻った。
「入ってくるなって言ったよね?」
「……」
ニコルは手早く衣服を身に着け、扉を開けるとカルロはまだ呼吸が整っておらず、廊下に突っ伏したままだった。野次馬の中に隊商の傭兵たちの顔があったが、無視してカルロに冷たく言い放った。
「ちょ!? 嬢ちゃん何があったんだ!?」
「風呂場をのぞいたので絞めました」
「はぁ!?」
「カルロは私が女だって知らなかったみたいですが、その辺の周知徹底はお願いしていたはずですよね?」
殺気を感じたモーリッツや他の傭兵たちも降りてきて事情を聴いてきたため、ニコルはふつふつと湧き上がる感情を殺しながら、モーリッツたちに静かに問いかけた。
過去に自己申告で自分が女だと言った際、脱いで証拠を見せろなどと酷くからかわれたことがあった。その時はまだ傭兵団の一員としてクルト達と一緒に行動していたため、その手のもめ事の処理にはかかわらなかった。
しかし、今のニコルは単独での依頼を受けているため、ベルクマンの隊商に入れて貰うにあたり、わざわざベルクマンやモーリッツと言った隊商をまとめる立場にいる人物に、そのあたりの周知徹底はしてくれと言っておいたのだった。モーリッツたちは事情を話すと快く了解してくれたのだが、何故かカルロにだけ伝わっていなかったのだ。
「その辺はどうなっているんですかね?」
「あ、いや……、なんだ……」
「なんですか」
「一部の奴らが、いつ嬢ちゃんが女だってわかるか賭けてたみたいだな……」
「……へぇ? それは全員が共犯と言うことですかね? モーリッツさんも知っていた訳ですし?」
数人の傭兵が目をそらしたのを見て取ると、ニコルはモーリッツとベンノに説明を求めた。ニコルの目が座っているため、モーリッツたちも若干引き気味みだった。
「いや、その辺はかかわってないし、賭けてもない!」
「教えなかったんだから同罪ですよ」
カルロはニコルを同性だと勘違いしてのぞいてしまっただけであり、一発殴った今となってはこれだけで済まそうと思った。しかし、自分たちを賭けの対象にしていたことに関しては、たちが悪いため、この場で許すつもり気などさらさらなかった。
短く詠唱し右手に魔法陣が浮かび上がると、軽く握った拳にまとわりつくようにバチバチと光が奔った。
その様子を見た、モーリッツたちは顔面蒼白になり、言い訳を繰り返すのだった。
「いったい何事ですか!?」
「ああ、ベルクマンいいところに!」
「ベルクマンさん。約束の不履行って慰謝料の申請対象ですか?」
宿の主人から、事態の収拾をしろと言われたベルクマンが一足遅れでやってきた。モーリッツがベルクマンを見つけると、天の助けと言わんばかりに事情を話そうとし、それとは反対にニコルはベルクマンに慰謝料の請求はできるかと確認しようとしていた。
廊下に他の宿泊客の人だかりができ始めており、二人同時にしゃべり始めたため、埒が明かなくなったベルクマンは、話し合いの場を宿屋の食堂に移すことにしたのだった。
場所を食堂に移し、宿の主人に他の客を入れないように念を押し、扉を閉めると、先ほどの当事者とベルクマンが席に座った。
「すると? カルロがニコル君の風呂をのぞき見したと?」
「正確にはのぞき見ではなく、扉の札を確認しないで開けてしまったんです」
「私は入るなと言っておきました」
ベルクマンが本当なのかと視線で問うと、渋い顔でカルロは頷いた。
「それで? ニコル君がカルロだけではなく、こちらに怒っていたのは何故ですか?」
「私が女だといつ気付くか賭けていたからです」
「モーリッツは部下たちにニコル君の話はしたんですよね?」
「カルロはその日だけ、別行動だったので話をしていませんでした」
「その後でも、話す機会はあったでしょう? それとも、カルロに話さなかったのは賭けのためですか?」
「賭けをしていたのなら、そう思われても仕方ないと思います」
「まぁ、そうでしょうね」
「話さなかったのは、私の監督不行き届きでした。申し訳ありません」
モーリッツ自身は本当に忘れていたため、何とも言えない表情をしていたが、ベルクマンに言われた通りにとられても仕方ないと謝罪した。
「ですがね。ニコル君はカルロと夕食を一緒にするくらい、親しくなったんですから自分から言う選択肢もあったのでは?」
「その辺は、私も思いました。むしろカルロを殴ったことに関しては謝りたいと思っています」
ニコルに視線を戻すと、ベルクマンはカルロを弁護するように、ニコルにも非があると言い、ニコルもその通りだったためカルロに頭を下げた。対するカルロは、申し訳なさそうに頬をかいた。
「ただ、こちらには事前に話をして周知してほしいともお願いされていましたしね。まさか、賭けの対象にするとは……」
「申し訳ない。それに関してはこちらの監督不足だった」
「カルロに関しては、特に慰謝料もないでしょうが……」
ベルクマンがそういって、ちらりと傭兵たちに視線を向けた。カルロはほっとしたようだった。
「賭けたことに関しては、勝敗関係なく賭けたお金を全てニコル君への慰謝料にしますが問題ありませんね?」
「かまいません」
「ニコル君、こいつらの代表として大変失礼なことをした。申し訳ない」
「まぁ、流石に賭けの対象になるような容姿をしている私も悪かったんですが……」
「いや、そこは君が悪いんじゃないだろう……」
ベルクマンがニコルに慰謝料として、賭けていた金を全て渡すことで話がまとまり、モーリッツが傭兵たちを代表して謝罪することで、話はまとまったはずだった。
「やっぱりムカつくので、一発殴ったら水に流しますよ」
「なっ!?」
「明日の護衛もあるから、ほどほどにしてくれるとありがたい」
ニコルが自分の容姿が男に見えるのが悪かったのだと、殊勝なことを言ったため、ベンノがニコルを慰めようと、肩を叩こうとして動きが止まった。他の傭兵たちも賭けをしたことで女の子を傷付けてしまったと反省する流れだったのだが、ニコルはものすごくいい笑みを浮かべ、モーリッツの後ろに控えている傭兵たちに向かって一発殴らせろと言った。
カルロが一撃で沈んだのを目の当たりにしていた彼らは、モーリッツの返答に戦慄が奔ったが、ニコルは一撃で済むのだから我慢しろと言わんばかりに、可愛らしい笑みとは正反対に右腕をぐるぐる回し、後ずさる彼らに向かって臨戦態勢に入ったのだった。
その夜、ベルクマンの隊商の傭兵たちそろって顔に青痣を作り、酷い者は痣のほかに髪の毛が焦げている者もあった。翌日の出発前に領主軍の兵士たちに身元を確認される騒ぎになったのは、また別の話……
読んでくださってありがとうございました。
お風呂編はこれで終わりです。
次回からまたセレストに向かう道中になりますよー




