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カールソン侯爵邸の庭の隅に建てられているサンルームは、真冬であっても年中色とりどりの花々で彩られていた。

侯爵の亡き妻が動植物をこよなく愛する人であったらしく、彼女亡きあともカールソン侯爵の指示により美しく保たれているのだ。

そんな陽が差し込む温かな場所に、ガーデンテーブルを出して行うティータイム。

サンルームの外に広がる雪景色が嘘のような、暖かく心地よい時間になっていた。



------ただし、この状況で無かったならば。



時間をもてあましていたミシェルに気付いたカールソン侯爵が、次男のアルベルトをお喋りの相手にとよこしてくれたのだ。

彼にとっても一生付き合うことになる義理の姉になる人物。

関係を悪くしても良いことなど何一つなく、無下には出来なかったのだろう。



(…間が持たないわ。)


こくり、と紅茶を喉に通しティーカップをソーサーに戻した。

リボンと共にゆるく三つ編みにした長い茶髪を肩から前に流しているミシェルは、目の前に腰掛ける長身の男をそうっと盗み見る。


アルベルトはミシェルの胸の内を知ってか知らずか、相変わらずの怖い顔。

これが常なので怒ってはいないのだろうが、如何(いかん)せん彼は無口過ぎた。

更には目の前に客人がいるにも関わらず、口をへの字に曲げて書物を読んでいる。

だが、これではあまりにも落ち着かない。

何とか話題を見つけようと思案して、アルベルトの手元の書物に視線を向けた。


「あの、アルベルト様?」

「どうした。」

「何の本をご覧になられてますの?」

「……。」


元々刻まれていたアルベルト眉間のしわが、一段階深くなった。

聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。

だが隠したいような本をこのような場所で広げるとも思えない。


アルベルトは、難しい表情のまま、解答にためらうように薄く唇を開いたり閉じたりする。

どうやらミシェルの質問に答えようとする気はあるらしい。


(無口とか無愛想とか言うより…言葉に出す前に色々考えてしまって時間を食うタイプなのかしら。要するに、話下手(はなしべた)?)



彼が言葉を話すのをミシェルはじっと待った。

しかし残念ながら、しばらくして口で言うのを諦めたらしい。

小さく嘆息した後に、革のカバーのかかった本をテーブルの上に置いて、すっとミシェルの方へ滑らせて来た。


見ても良いと言うことだろう。


ミシェルがその本を手に取り、指先で何枚かめくってみる。


「星?」

「……あぁ。」


そこには星座にまつわる神話や、その星座を探す方法などが絵付きで書かれていた。

神が人間の娘に恋をして白鳥の姿で地上に舞い降りた話。

奏でる琴の音で冥界への道筋を示す心優しい女神の話。

意外すぎるロマンティックな内容に、ミシェルは薄茶色の瞳で瞬きを繰り返した。


「お好きなのですか?」

「まぁな。」


本から顔を上げてアルベルトを見ると、耳元が僅かに赤くなっていた。


(……可愛らしいかも。)


外見に反した中身に、驚くよりもなんだか可笑しくなってしまう。

しかし可愛いなんて台詞に出すと眉間のシワが更に深まりそうだ。

ミシェルはにっこりとほほ笑むに留めることにした。


---作り笑顔ばかりの彼女が、心からの笑ったのは本当に久しぶりだった。


「もし宜しければ、今度は夜空を見ながら実際にお話しをお伺いさせて下さいませ。」


柔らかくはにかんだ、あどけない表情を目にしたアルベルトは、ごまかすように思わず目を伏せて、ティーカップを口に付ける。


「かまわない、この季節は綺麗に見れるしな。ミシェル殿は…。」

「ミシェルでかまいませんわ。義姉になると言っても私が年下ですもの。」

「なら俺も呼び捨てでかまわない。ミシェルは、何が好きなんだ?」

「好き?」

「趣味とか。」

「……趣味、ですか。特にありませんね。」


刺繍も、楽器も踊りも人並み程度には出来たがあくまで嗜みとして習得しただけだ。


むしろ彼女は夢見がちな同年代の貴族令嬢と比べて現実主義者。

年頃の娘らしく恋愛小説や噂話などに夢中になるような性格もしていなければ、政略結婚も文句の一つも言わずすんなりと受け入れた。

いい親とは言えない父の呪縛から救ってくれるような王子様が現れるなんて幻想も抱いていない。

アルベルトのように、ロマンチックな星や神話にときめくような可愛らしい面も持ち合わせてはいないのだ。



何も持たない自分自身に改めて気づかされ、ミシェルは自嘲を含んだ苦笑を浮かべる。


「何か好きなものが出来れば、毎日が違ってくるのでしょうけど。」

「…料理は?」

「え。」

「菓子を作るのが得意だっただろう?実家では難しくても、ウチでは別に禁止なんてしない。」

「どうして…。」


どうして、知っているのだろう。

彼女は驚きに目を丸くしたまま、言葉をなくした。


確かに昔、ミシェルは料理や菓子作りを好んでしていた時期があった。

しかし父にそんなものは使用人の仕事だと、伯爵家の令嬢が厨房に立つなんてみっともないと禁止されてしまったのだ。

ミシェルは何の抵抗もせず、あっさり父の命を受け入れた。

あがらっても無駄であることを重々知っていたから。


「…エミリオに聞いた。」

「エミリオ様に?」


婚約者エミリオにそんな話をした覚えは無い。


(あぁ、きっと父様ね。)


父が話の種に使ったのだろう。

それ以外の理由も思い浮かばず、ミシェルは納得する。


「厨房は好きに使っていい。」

「…宜しいのですか?」

「構わない。厨房の者にも言っておこう。」



…遠い昔に諦めてしまっていたことを、あっさりと許される。

こんな甘やかし方をされれば、どんどん我儘になってしまいそうだ。



「ありがとう、ございます。」


アルベルトの言葉は嬉しいけれど。

欲深くなってしまうことが怖かった。

希望を持ってしまった後に壊される現実を、彼女は何度も突きつけられてきた。


もう素直に欲しいものを欲しいと言うことは出来なくなっていて。


アルベルトの優しい気づかいにさえも、あいまいに頷くしか出来なかった。




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