3
コルトー伯爵を見送り、ミシェルを部屋へ案内したあと、アルベルトは父の自室を訪れた。
「目的は、何ですか。」
長い肢体で腕を組み、眉を引き上げ蜂蜜色の目を細めたアルベルト。
文机に掛けて書類に向かう父カールソン侯爵の向かいに威風堂々と立ち、漆黒と呼んでも良いほどに艶やかな黒い髪を、節張った手で乱雑に掻き上げた。
その迫力にも動じずに、息子に見降ろされたカールソン侯爵はわざとらしく首を傾げてみせる。
「目的?」
「…兄上を連れ戻すまでの身変わりなら、事情が事情なので分かります。しかし婚姻前にあの令嬢を我が家に入れる意味がわからない。余計に面倒なことになるだけでしょう。」
「言っただろう。一刻もはやく我が家のしきたりに慣れてもらう為だだ。」
「嘘くさいです。」
「……もう少し父の言葉を信用してくれないか。」
「信用していますよ。しかし今回のことに関しては別です。」
「………。」
「仮にも伯爵家の娘。教養も礼節も既にきっちり叩き込まれているし、わざわざ急いで迎え入れて教え込むようなしきたりも我が家には無いでしょう。」
的確に指摘する息子に、カールソン侯爵は嘆息する。
その後しばらく思案するかのように黙り込んでから、彼はミシェルの部屋の方向に眼差しを向けて口を開いた。
「コルトー伯爵のこと、どう思った?」
「強欲で思慮の浅い馬鹿なおっさん。」
「……言いすぎだ。」
「事実でしょう。伯爵の身分でありながら目上のはずの侯爵家への礼も感じなければ、発言にも品が無い。富と権力が大好きなうっとうしい人種ですね。」
「まぁ、間違っては無いのだがね。」
コルトー伯爵は、アルベルトが抱いた印象そのままの人物なのだ。
お金と権力をなによりも愛する強欲さ。
しかしそれを隠そうともしない素直さをも持っていて、馬鹿だけれど何となく憎みきれなかった。
だからミシェルを使って侯爵家とのつながりを持とうと巧作していたコルトー伯爵の企みも丸わかりで。
彼から婚姻の話を持ちかけられる前に、可能なかぎりのミシェルの情報を収集していた。
その上で、侯爵家に入るにふさわしい娘だと思った。
コルトー伯爵の求める金や権力を犠牲にしても、有り余る利益が手に入ると確信した。
「…それほどに、優秀な娘なのですか?」
「優秀と言うか、とても良い子だな。純真で聡明で優しい良い子。蝶よ花よと甘やかして育てられたその辺の娘達を迎え入れるくらいなら、うちに欲しいと思って。」
「……。」
「あとは、エミリオがかなり乗り気だったから。」
「兄上が乗り気?いや、でも余所の女と逃げたのでは……。」
「あー、その辺はよくわからん。ミシェルがウチの子になるのには大喜びでウキウキだったんだが。」
長男エミリオは女性好きで恋人を次々替えているような男だ。
残された書き置きの内容から、駆け落ちとはされているがどこまで本気なのかも分からない。
飽きたらそのうちひょっこり帰ってくるだろうと言うのが、家族内での総意だった。
「ともかく、ミシェルは本当に良い子だよ。でも、父親があれなものだから。爵位を継がせる長男以外には情を向けられない家らしい。あまり良い扱い方はされて無かったようでな。唯一の味方であった母親も昨年無くなってしまっているし、出来るだけ早くコルトー家から出してやりたかった。それが、婚姻前にあの子を引き取った理由だ。」
「つまりは可哀そうだから拾ったと言うことですか。父上は人が良すぎます。」
「同情だけではここまでしない。我が侯爵家を継ぐ者を支える奥方として、これ以上ない素材だと思っただけだ。」
カールソン侯爵の言い分はあまりに楽観的で、確実性が無いものだった。
しかし父の人を見る目が確かな事は、22年間ずっと息子として側にいたアルベルトは嫌というほど知っている。
「父上の言い分は分かりました。」
「そ?慣れない場所で戸惑っているだろうから、仲良くしてやれ。」
「無理です。」
断言するアルベルトに、侯爵は思わず噴き出してしまう。
息子はどこまでも無愛想で、人付き合いが苦手なのだ。
人前に出ると眉を眉間に寄せてしまうのも。
睨むように目を細めてしまうのも。
不機嫌そうに口を曲げてしまうのも。
他人に怖がられているしぐさ全てが、慣れない人間へ対面した時、緊張から無意識にしてしまう癖なのだと本人には自覚がないらしい。
特に年頃の女性に対しては顕著に出てしまうため、必要以上に怖がられているのだ。
(この機会に少しは女性に慣れて欲しいものだが。)
あまりに人を寄せ付けない次男が、親としてさすがに心配になってきた。