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「アンナ様?どうして…。」


思いがけない人物の登場に困惑するミシェル。

したたかな強さを表すような長いまつ毛の勝気な瞳が、そんなミシェルを映して意外にも優しげに下げられた。

アンナは躊躇なく高いヒールの音を響かせてミシェルに歩み寄る。

そして意味が分からず呆然と立つミシェルに、勢いよくその細い腕でミシェルを抱きしめたのだ。


「え?」

「先日はごめんなさい、ミシェル様!エミリオの頼みとはいえ嫌な思いをさせてしまいましたわよね。」


そう言ってきゅっとミシェルの背を抱きしめたあと、彼女は少し身を引いて両手を取る。

自分の両手を握りしめるアンナの手と顔を交互に見ながら、ミシェルは驚いて大きく瞬きを繰り返すばかりだった。


「説明しろ、アンナ。」


アルベルトの低くも呆れたような声が、アンナとミシェルの間に入り込む。


「あの…。」

「アンナと俺とエミリオは幼馴染だ。」

「幼馴染…。」

「夜会での暴言も、アンナらしくなくて意味が分からなかったが…エミリオの頼みだと?」


アンナにミシェル、アルベルト、3人の視線がエミリオに集まる。

一人ソファに腰掛けたまま、注目を浴びたエミリオは含んだような笑いを洩らした。


「だって、アルベルトだよ?突っつかないと絶対進展しないと思って。アルベルトとミシェルが巧く行ってくれないと、アンナと僕の関係も進まないしね。」

「……関係?」

「…アンナと兄上は、恋仲なんだ。兄上の女遊びにもめげずに何年も側にいる女なんてアンナくらいだ。」

「え?!」


驚きのあまり大きな声を出したミシェルに、アンナとエミリオは顔を合わせてしたり顔で笑い合う。



「だから私がアンナ様についてお聞きした時に、アルベルトは話すのを躊躇(ためら)っていたのですか?」

「あぁ…仮にも婚約者のミシェルに、兄上の本命を教えるのは気が引けてな。」

「そう…でしたか。」


彼があの時言葉を濁したのはアルベルトの気づかいだったのだ。

うっかりアルベルトとアンナの間に深い仲があるのではと疑念してしまった自分が恥ずかしい。

アンナに両手を取られたまま顔を赤くするミシェルに、アルベルトは僅かに口角を上げる。

大きな手であやす様にポンポンとミシェルの頭を撫でたあと、エミリオに向かった。


「…で、兄上とアンナの関係が進展するとかしないとかは?」

「アルベルトに、我が侯爵家を継いでもらいたい。」

「何を馬鹿なことを…家督を継ぐのは長兄である兄上です。」

「僕はアンナの実家、フェルナント伯爵家の婿養子になる。アンナはフェルナント家で唯一の子供だから、婿養子でないと結婚出来ないんだよ。だからカールソン家を出ることを父上に認めてもらうために、アルベルトにはカールソン侯爵家を継いでもらわないと。」

「……。」

「ミシェルのお父上が欲しいのは、侯爵家とのつながりだ。ミシェルと添い遂げたいのなら、お前が侯爵位を継がなければ認められないぞ?」

「…逃げ場はないと言うわけですか。」

「別にねー、お互いの家を放り出して手に手を取り合って駆け落ちするつもりならいいんだよ?アルもミシェルもたぶんその覚悟が出来ているよね。」


…にっこりと、世間話でもするかのごとくエルミオは告げた。


「でも、周囲を納得させて祝福された結婚が出来る手立てがあるならば。どちらを選ぶのが選良かは、簡単だ。」


いまのままでミシェルとの婚姻を望むとするならば。

全てを捨てて、誹謗と中傷の中2人で手に手を取って逃げて生きるしか方法はない。

だがエミリオを提案通りに、アルベルトがカールソン侯爵家を継ぐならば。

何も捨てることなく、生活にも苦労させることもなく、平穏な日常を送っていける。

どちらを選ぶかなんて、言われるまでもなかった。




「僕は人の幸せのために手を貸すようなお人良しじゃないよ。僕は僕が大好きなんだ。自分の為でなければ、ミシェルを我が家に迎える画策を色々考えて、頑張ったりなんてしない。」



カールソン家の跡継ぎがアルベルトに決まれば、エミリオは家督を手放してアンナの実家であるフェルナント伯爵家への婿入りが容易になる。


---全てはエミリオが、愛しいアンナとの幸せを手に入れるため。


「騙してごめんね?ミシェル。」


笑いながら、エミリオはミシェルに詫びる。

悪いなんてまったく思っていないと分かる表情だ。


「いえ、私は……。」


謝られても、ミシェルはどうして良いのかわからない。

エミリオの目的が何だとしても、アルベルトと出会い、幸せを知ることが出来たのはエミリオのおかげだ。

むしろお礼を言いたい側である。


しかしアルベルトにいたっては、嵌められたに等しいのだ。

侯爵家を継ぐということは、社交の場にて貴族の思或や陰謀にさられるという事。

あまり人との交流を好まないアルベルトが、侯爵家を継ぎ社交に出るのは苦痛だろう。

自分との結婚の為に、アルベルトに苦痛を与えるのは本意ではない。

彼に彼らしくあろうとして貰うには、どう考えてもミシェルと一緒になるのは良い行為ではなかった。


「私…。」


ついには泣きそうになりながら、ミシェルはアルベルトを見上げる。

アルベルトは大きな手で自分の黒い髪を掻き上げ、苛立たしそうにエミリオを睨んでいた。

しかしミシェルと目が合うと、はっとしたように瞬きをして、苦笑しながらミシェルの髪を撫でてくれる。


「兄上の陰謀に嵌められたのは気に入りませんが。彼女と一緒になるのに必要な爵位が得られるのならば、仕方ないですね。」

「アルベルト様、でもっ。」

「ごちゃごちゃ言って来る外野が面倒くさいってだけで、嫌ってほどではない。それに、一人ではない。一緒に居てくれるのだろう?」


夜会も茶会も舞踏会も、ほとんどが夫婦二人で出席するのが通例だ。

彼女と一緒に戦うならば、それはそれで面白いのかもしれない。

らしくも無く前向きに考えられるのは、やはりミシェルの影響だろう。

アルベルトならうっとうしくて投げ出してしまうような事柄も、ミシェルは何故か逃げずに抱え込もうとする。

己の置かれた状況から、決して逃げだすことなく向かい合う強さには、敵わない。


アルベルトの言い分を理解したミシェルは、ますます泣きそうになりながらも何度も頷いた。


「はいっ。アルベルトのお傍に。」


アンナから離れてアルベルトに駆け寄ると、そっとその厚い胸に寄り添うた。

仲睦ましく顔を合わせて微笑み合う弟達の姿に、エミリオも満足そうに頷く。



「ふふ、上手く纏まって良かったわ。あとはエミリオの問題だけね。」



なごやかな雰囲気の室内でアンナの凛とした、やけに冷淡な声が響く。

同時にエミリオがぴしりと音を立てて固まった。

アルベルトもミシェルも驚いて目を見張るが、意に反さずアンナはエミリオに視線を送っていた。

エミリオは眉を下げてアンナを見つめ返すものの、彼女は赤いルージュを引き上げて笑いながら、容赦なく告げるのだ。


「今回の計画に協力する代わりに、約束いたしましたわね?(わたくし)と結婚するまでに全ての女性と手を切って下さると。」

「ううー…全てって、どれだけ居るのか分かってる?僕は国中巡る旅をしないとならなくなるよ。」

「あら、すれば良ろしいでしょう?切らない限り、私はあなたの奥方には絶対なりませんから。」


きっぱりと言う、潔くも強かな台詞。


「ほんっと、何年かかるんだろう。」


大きくため息を吐く兄に、アルベルトは意外そうに片眉を上げる。

10歳を過ぎた頃には既にふらふらと遊んでばかり居た兄の女癖の悪さは本物だと断言できた。

しかしどうやら、アンナの為に本気で女性たちとの関係を切るつもりらしい。


「……アンナ。」

「何かしら?」

「兄上を、宜しく頼む。」

「あら…。」


おそらくこのフラフラ掴みどころの無い兄を任せられるのは、アンナしか居ないだろう。

アンナは驚いたように何度か瞬きしたあと、小さく吹き出しつつもしっかりと頷いた。


「アルベルトに頼みごとされるなんて初めですわね。大丈夫よ、任せなさい。」


恋人であるエミリオを愛おしそうに見つめて、アンナは鮮やかな赤い唇を引き上げ美しく笑った。



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