13
「兄上!!」
突然に扉が開き、転がりこむようにアルベルトが入って来た。
息が上がっていて、黒髪が乱れている。
走って来たのだと分かるその様子に、何事かとミシェルは口を開きそうになった。
だがそんな暇もなく。
ミシェルがエミリオの腕の中に居るのを見ると彼は目を見張ってわなわなと唇と震わせ、睨みつけたかと思えば大股でこちらにやって来た。
そうして乱暴にミシェルの腕を掴んでソファから立ちあがらせたかと思えば、己の腕の中に引き寄せる。
「えっ?」
「おやおや。」
あっと言う間に後ろからアルベルトに抱きしめられる様な状況になってしまう。
いや、抱きしめるのとは少し意味が違うのかもしれない。
むしろしがみ付いていると言った方が良いようだった。
まるで子供が大事な宝物を取られまいとしてしがみ付いているようだ。
誰にも渡すまいとしている、その必死さは嫌でも伝わってきた。
……それはとても分かりやすい、独占欲。
後ろから抱き締められている為にミシェルからアルベルトの表情はうかがえない。
どんな表情をしているのか見てみたくて、振り向こうと身じろぐが、逃げようとしたと思われたのか余計に腕に力を込められ拘束された。
密着した身体の熱さと、耳をくすぐる荒い吐息。
一瞬のうちにミシェルの頭に血が上った。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にする、ミシェル。
激しい怒りを称えエミリオを睨みつける、アルベルト。
対象的な彼らの顔を交互に見ながら、エミリオは面白そうに口端を上げて目を細めるのだった。
腕の中の彼女をぎゅっと抱きしめてアルベルトは目の前に立つ兄を見据える。
「やはり、無理です。諦められません。」
ミシェルが兄の婚約者だと知った時は、嫉妬よりもむしろ安堵した。
恋情よりも憧れの方が強くて、好きだけれど恋人になりたいなどと思ってもいなくて。
たとえ義理の弟としてでも彼女に近づくことが出来るのならば嬉しいと、素直にそう思っていたのだ。
アルベルトはミシェルを自分の方へ振り向かせると、その白い手を取り、事態についていけず呆然とする彼女の薄茶の瞳をじっと見つめた。
「好きだ。」
飾り気のない、実直すぎる言葉。
いつも以上に眉間のシワを深めたアルベルトが、呆然と目を見開くミシェルを握った手に力を込めた。
「ずっと好きだった。俺には地位も権力も無ければ、幸せにしてやれる自身もない…それでも側にいて欲しい。」
「アル、ベルト…。」
既に涙のあとで濡れていた目元に、新しい涙がこぼれる。
「っ…はい。」
泣いてしゃくり上げながら、ミシェルは何度もうなずいた。
その返事にほっと胸をなでおろしたアルベルトが、彼女の肩を抱き寄せると、ミシェルは大きな胸の温かさに安堵して思わず自分からも背に手をまわして抱きついてしまった。
寄り添い合う2人を、エミリオはソファに腰掛けたままで嬉しそうに見上げている。
しかし彼の蜂蜜色の瞳には純粋な祝福では無い色が混ざっていたのだ。
幸せそうな空気を真ん中から叩き切るかのごとく、エミリオはことさら明るく手の平を叩き鳴らした。
ぱんぱんっ、と。場にそぐわない派手な手音が室内を響かせる。
「いやぁ、良かった良かった! 僕の苦労も報われると言うものだよ。」
自画自賛して頷くエミリオに、アルベルトはうろんげな視線を向けた。
あからさまに邪魔ものを見る視線だ。
アルベルトはそっとミシェルを離し、エミリオの方向を向いて目を厳しく細めて見降ろした。
「兄上、さすがに遠慮して出て行ってもらませんか。」
「え?だってまだ終わっていないし。2人きりになるまえに解決しないといけない問題はまだあるだろう?」
「問題?」
「ミシェルのお父上とか。うちの父とか。」
「……。」
「今の君たちでは、どうやったって一緒になることは認められないよね?」
小首を傾げて疑問形で話すエミリオの台詞に、幸せそうに微笑みあっていた2人の表情が、瞬時に固まった。
(面白いほど予想通りの反応するなぁ。)
「さぁ…どうしようか?」
困った風をあからさまに装いながら、エミリオは満足げに口角をあげた。
そして…アルベルトによって開け放たれたままの扉の外で、先ほどから室内を窺っている『彼女』に手を降る。
エミリオに促された『彼女』は、高いヒールの音を響かせて室内に1歩足を踏み入れた。
「ごきげんよう、ミシェル様。」
フェルナント伯爵令嬢、アンナ・フェルナント。
艶やかな金色の髪をゆるく編み、赤のドレスを纏った女性。
先日の夜会でミシェルに罵倒を浴びせた、エミリオの夜の遊び相手の中の一人だ。