魔導士たちの清聴
魔法設定を考えることが難しい
大陸において、魔法は三つの解釈に分かれている。
魔法は人間が行使できる道具の一つであると考え、仕事を行う組合。
魔法は神から賜った奇跡であると考え、人々への奉仕を行う聖堂。
そして、魔法とは真理を紐解く学問であると考え、研究を行う学園。
この三つの組織は三大組織と呼ばれ、時には諸国の王侯貴族よりも権限を持つことがある。
さて、大陸の東部、内海の南東岸に位置する、学園都市国家と呼ばれる大陸最小の国家が存在する。
学園都市国家はその名の通り、三大組織の学園の本校を中心に成り立っている国である。
元は隣国である象徴都市国家連合の一国だったが、連合が帝国の属国となる際に脱退し、独立性を維持している。
現在は理事会が政治を運営していた。そこに王も、神も存在しない。
学園の本校には大陸中から集まった魔導士見習いの学生や院生、研究者などが在籍している。教授もまた、自身の魔法研究を行いながら生徒に教えを授ける存在である。
「今日の授業では、古代魔法について行う」
学舎の一教室にて、30名ほどの学生がひとりの老教授の言葉を清聴している。
「では、新入生も何人かいるようなので、まずは魔法……この授業ではあえて現代魔法と呼称するが、現代魔法について誰か説明できるものはいるか?」
老教授がそう促すと、1人の少女がまっすぐと手を上げる。
「では、そこのキミ」
「はい教授。現代魔法とは強化、付与、召喚、変換、錬金、結界と呼ばれる6つの基礎魔法を応用、組み合わせることで様々な現象を発現させる魔法です」
「よろしい。では古代魔法について、説明できるか?」
「はい、もちろんです。古代魔法とは一般的には番外魔法と呼ばれ、主に魔力を直接操作し、身体強化を行う竜呼法、神聖存在と呼ばれる神の力を借り受け、癒し、浄化、守護に特化した神聖術、精霊と契約することによって、その精霊の力を借り受ける精霊術の3種を指します」
老教授は満足し、女生徒に拍手を贈る。女生徒はそれに気分を良くしたのか、なおも続ける。
「しかし、古代魔法は学園の規定では魔法とは認定されていません。なぜなら、魔法とは正しい工程と正しい魔力が揃えば使用できる法則だからです。古代魔法の多くは、再現性に乏しく、過程と結果が釣り合わない、非合理的な体系です。故に多くの場合、番外魔法と呼称されます」
女生徒の自信満々な顔に、少し困った顔をした老教授は、今度は先ほどよりも小さな拍手を贈る。
「素晴らしい。キミは実に優秀だ。そして、実に一般的な魔導士の卵だよ」
女生徒は一瞬喜ぶが、すぐに老教授の言葉に引っかかる。
「古代魔法は多くの場合、過程と結果が釣り合わない。長い年限を修行に費やし、肉体を強化せずとも強化魔法を使った方が早い。神とやらの信仰心の度合いに頼らない回復魔法や結界魔法の方がよほど安定して活用できる。精霊にいちいちお伺いを立てずとも火をつけたくば、あるいは水が欲しければ、魔力をそのまま火や水にする変換魔法を使えばいい。古代魔法よりも現代魔法の方が実に合理的だ。しかし……」
老教授は眉を顰め、教室全体を見渡す。
「キミたちの多くが勘違いしていることを正そう。そも、現代魔法とは古代魔法の模倣を成すために発展した法であるという事だ」
教室にいる生徒はザワザワと騒ぎ始める。
「キミたちは大陸全土からこの学園都市国家に赴き、超難関の学園本校の試験を突破し入学を許されたとても優秀な生徒たちだ。しかし、忌々しいことにここにいる生徒も、この儂さえも、魔導士は皆、選ばれた存在ではないと理解しなければならない」
ふうッと、老教授はひと息を吐く。すると、まっすぐと手を上げる存在が目に入る。先ほどの女生徒である。
「教授、我々が選ばれた存在ではないとは、どういうことでしょうか。いったい、何に選ばれなかったというのですか?」
「ふむ……まあ、それは神や精霊、あるいは竜といった類の存在だな。先ほども言ったが、現代魔法は古代魔法の模倣に過ぎない。そして、模倣は未だに発展途上だ。いくら強化魔法を重ねても、肉体の強化を積み上げる竜呼法のような持続性はない。優秀な結界魔法使いが組み上げても防げない呪いを神聖術使いは“悪意あるもの”という大雑把な理由で、防ぐ。回復魔法など、高位の司祭が使う“逆行の奇跡”の域には到底及ばない。火、水、風、地、光、闇、あらゆるものを魔力から変換できる変換魔法は、大精霊と契約した精霊術の使用者が1人いれば事足りる大災害を再現するために数十人を必要とする」
教室は先ほどまでざわついていたのが嘘のように静まり返る。
「もう一度言おう。我ら魔導士は選ばれた者ではない」
生徒の面々の表情は様々だったが、目線を老教授から逸らすものは1人もいない。
「だが、我ら魔導士は選んだ者だ。キミたちは魔法を橙、黄、青、紫、そのことを選んだ者たちだ。胸を張りなさい。キミたちは挑戦者だ。儂の授業が、君たちの道を切り開く“最初の一歩”になることを願っているよ」
生徒から拍手喝采が起こる。生徒たちはお互いに激しく頷き合っていた。
老教授は拍手が鳴り止むのを待ち、咳払いをする。
「では、授業に戻ろう。古代魔法とは先ほども言った通り、選ばれた存在が行使できる魔法だ。故に古代では、魔法は使えるものが限られていた。現代魔法の理念は魔法を誰でも使えるように落とし込む事だった。現代では、古代魔法を番外魔法と揶揄する輩が大半で、それが常識だが、現在も魔導士の中には古代魔法に憧れを持つ者は少なからずいる。儂の弟子の1人にこんな奴がいた」
******
――子育て精霊――
とある王国の端の村に偏屈な薬屋の主人が住んでいた。
ある夜、店じまいした薬屋の入り口をたたく音がするので主人が出てみると、青白い顔をして髪をボサボサに乱した若い女が「飴を下さい」と銅貨一枚を差し出した。
主人は怪しんだが、女がいかにも悲しそうな小声で頼むので、文句を言いながらも喉の薬用に作っていた飴を売った。
翌晩、また女がやってきて「飴を下さい」と銅貨一枚を差し出す。
主人はまた飴を売るが、女は「どこに住んでいるのか」という主人の問いには答えず帰って行った。
その翌晩も翌々晩も同じように女は飴を買いに来たが、とうとう7日目の晩に「もうお金がないので、これで飴を売ってほしい」と女物の羽織を差し出した。
主人は女を気の毒に思ったので、文句を言いながらも、羽織と引き換えに飴を渡した。
主人は女が心配になり、帰る女の後を気づかれないようについていった。
女は村の墓地の前で忽然と消える。
主人が驚き、墓地を見渡すと、ある新しい墓の周りに精霊たちが集まって光っていた。
主人はその墓へと近づくと墓の中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。
掘り起こしてみると娘の亡骸が生まれたばかりの赤ん坊を抱いており、赤ん坊は主人が売った飴を食べていた。
精霊たちは赤ん坊が主人に救い出されるのを確認すると、消えていった。
消える間近、精霊たちは赤ん坊に歌を歌った。
地の精霊すっぱいものすき、水の精霊しょっぱいもの好き、風の精霊しぶいものすき、火の精霊からいもの好き、光の精霊あまいものすき、闇の精霊にがいもの好き――。
それはこの国に伝わる子守唄だった。赤ん坊はその歌を聞くと泣き止んだ。
赤ん坊は薬屋の主人が引き取り、すくすくと育った。
しかし、なぜかその子の元にはあれ以来精霊は現れなかった。
やがて成長し、優秀な魔導士となった。
それでも彼は、今も精霊を探している。
******
授業を終えた老教授は、学舎の長い廊下をコツコツと歩いていく。
「いやいや、先ほどの講義は実に良かったですな。さすがは人工精霊研究の第一人者であられるマスター・スピリットですね」
老教授が振り返るとそこには若い女性が立っていた。
「これはこれはロード・フィフス。マスター・ゴーレム、ガビロール殿。息災ですかな?」
「はっはっはっ!この姿では、タイプエバとお呼びください。――第3世代の複写体の識別名です」
彼女、いや彼は魔導士の頂点と呼ばれる6人の1人。
人類を進歩させる魔法を開発した功績を持って、5番目の君主の称号を得た人物である。
ロードは神の領域に片足を突っ込んだ者たちであり、彼自身も年若い見た目をしているが、老教授よりも遥か以前から学園に在籍している。
「第3世代は、女性型なのですな。実に酔狂なお方だ」
「すべては黄色の心の囁きですよ。同じ魂を、同じ形で留め続ける理由が見つからなかった。違う性の身となりたいという私の好奇心が抑えられなかったのです」
「実にあなたらしい。姿は違えど、その魂の輝きは同じですな」
「さすがはマスター・スピリット。一目で魂の色を見抜くとは感服いたしました」
「目は散々弄りましたからな……」
2人の教授は並走して廊下を歩く。
「それで?いったい何のようですかな?ロード・フィフス」
「何のことですかな?私はたまたま……」
「あなたが、儂ごときの授業を聞きに来るはずがないでしょう。何が目的で?」
5番目の君主は笑みを崩さない。
「お弟子殿はいま何処に?」
「はて?どの弟子ですかな?儂には弟子が幾人もいます故」
「おとぼけにならないでください。7番目の事ですよ」
ロードは基本的にろくでなしの集まりである。
一般常識が欠如しており、他人への理解も興味も薄い。彼らにとって世界とは、検証対象であり、失敗してもよい仮説に過ぎない。
そんなロードが、唯一興味を示す他人こそ、同じロードである。
しかも、最新のロードともなれば放って置くわけがない。何かしらのちょっかいをかけに来たのだ。
――それが、親切であれ、好奇心であれ、災厄であれ。
老教授は深いため息を吐く。
「アレなら里帰りだとかで、もう何日も前に出てゆきましたぞ」
「ほほう⁉︎里帰りですか!」
「どうやらアレの祖父が家を建て変えたらしく。祖父ひとり、孫ひとりの家族らしいのでね」
徐ろにロード・フィフスは老教授の前に出て、進行方向を塞ぎにかかる。
「それでいつお帰りになるので?」
「さあ、いつになるやら。アレは学園を卒業した身故に、もう戻らぬかも知れませぬ」
「なんと!ロードにまで、上り詰めた魔導士が学園都市国家に戻らぬと?」
ロード・フィフスは心底驚いた顔を見せる。しかし、その表情も作られたものだ。
「驚くことはございますまい。ロードはあくまで、魔導士の頂点であって、学園の頂点ではございませぬ。あなたを含め、君主の行く末を誰が止められることでしょう」
老教授はロード・フィフスを避け、再び廊下を歩み出す。
「最後にお聞きしたい!7番目……ロード・セブンスの故郷は何処で?」
老教授は振り向かず、止まりもせずに答える。
「第一王国……精霊の国でございます」
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