とある神父の夜
ヤンデレ女子が好き
帝国西領内の西部に位置する小国――神聖都市国家。
大陸最大の宗教・七聖教の総本山を擁するこの国は、人々から“決して飢えない国”と呼ばれていた。
神聖都市国家の領地は、五つの区域に明確に分けられている。
大罪を犯した者と、その家族が住まう――外廊区域。
神聖都市国家の来客や巡礼者が滞在することを許された――拝廊区域。
軽微な罪を犯した者と、その家族が住まう――側廊区域。
罪を赦された者たちが暮らす――身廊区域。
そして、聖職者たちの居住地である――内陣区域。
この国では、それぞれの区域で得られたその日の糧は一度すべて国に回収され、再び各区域へと平等に再分配される。
この制度は、大陸諸国の中でも唯一のものであり、神聖都市国家が“飢え”を克服した理由でもあった。だが、この国は“満たされている”とは限らない。
さて、神聖都市国家の司祭と修道女たちは各区域で自由に活動することができる。彼らは神の名の下、人々の救済に勤しんでいる。
外廊区域の一角にある孤児院を運営しているのは、少し変わった神父だった。
彼は遥か昔から神聖都市国家で孤児院を開いており、いつの時代も年若い姿から変わらない。
実は長命種であるエルフなのではないか――と、噂されていた。
しかし、彼の目立つ理由は他にある。
「おい!クソガキども!さっさと飯食って、仕事しろ!」
七聖教の聖職者とは思えない程の口の悪さで子供を罵りながら、第三王国から流れてきたという特別な紙で巻いたタバコを吸う。
その姿が近隣住民から異様な目で見られる原因だった。
彼の本当の名を知る者はいないため、皆からは名無し神父と呼ばれている。
「神父様!レオがお漏らししてる!」
「神父様!カイが僕の分のスープを食べたんだ!」
「神父様!レベッカがいつまで経っても起きないよー!」
「あーー!!!!!ごちゃごちゃうるせえ!支度が出来たやつから今日の奉仕作業に行け!レオはこっち来い、自分で汚したぶんは自分で洗え!カイは罰として晩飯抜き!レベッカは俺が叩き起こす!」
孤児院の慌ただしい1日はこうして始まるのだった。
******
その夜、孤児院は朝の喧騒とは打って変わり、静寂の中で子供たちの寝息だけが音を立てていた。
ジャック神父は自室で夜風を浴びながら、今日何本目かのタバコを吹かしている。
「神父様……」
静寂を破る声にジャック神父は振り向くと、扉を半分開けた状態で孤児院の最年少であるサラが顔を覗かせていた。
ジャック神父はタバコの火を消すと、扉を完全に開け、サラを自室へと招く。
「ダメだろが、クソガキは寝る時間だぞ。クソガキ以下になりたいのか?」
「ごめんなさい……怖い夢見ちゃったの」
「……たく、またかよ」
サラの父親は元は身廊区域だったが、放火の罪で外廊区域に家族共々落とされた人物だ。そのために自暴自棄になった彼は一家心中を図り、サラは実の父親に殺されかけた。
彼女はその過去から、こうして夢見が悪くなるのだ。
この孤児院にいる三十名の子どもたちは、そうした自身の家族がおった罪で外廊区域に選別の末に送られ、捨てられた者が大半だった。
「ほら、こっちにこい。寝るまで一緒にいてやる。まじで今回だけだぞ!」
「うん!ありがとう。神父さま」
ジャック神父は自身の寝台にサラを寝かせ、自身は椅子に座る。
「ねえ、神父さま……なんで神父さまはご飯を食べないの?」
「お前たちが見てないところで、お前たちよりいいもん食べてるんだよ」
「なんで神父さまは寝ないの?」
「お前たちが汗水垂らして奉仕作業してる間に、のんびり寝てるんだよ」
「ねえ、神父さま……」
「お前、調子に乗るなよ。さっさと寝ろ」
「なにかお話して……お願い」
「……たく、ああなんだ……」
根負けしたジャック神父は頭を抱えながら子供に聞かせられ、よく眠れる話を思い出す。
「これは俺の古い知人の吟遊詩人から聞いた話だ。そいつは第一王国を飛び出して、大陸中を旅してる。これはその旅の中で聞いた話らしい」
******
――聖人と3羽の鳥――
ある日、高名な聖人にとある鳥が訪ねてきた。
「聖人よ。私の名はハチスズメという」
それはとても小さく美しい鳥だった。
聖人はハチスズメに挨拶をし、要件を聞く。
「私には2匹の素晴らしい兄がいる。1匹は私よりも美しいカワセミと呼ばれる鳥だ。もう1匹は醜いがとても心優しいヨダカと呼ばれる鳥だ」
「君は兄たちをとても尊敬してるのだな」
「ああ、だがつい先日のことだ。兄のヨダカはとても遠くへ行くと言ったまま帰らぬ。兄に最後にあったカワセミは、その後から魚をあまり取らなくなった」
ハチスズメはポロポロとその小さな瞳から涙を流した。
「聖人よ。あなたは失せ物を探すことができる力を持つと言われている。どうか、頼みます。我が兄、ヨダカを探してくださらぬか」
聖人は微笑むとハチスズメにまた明日、同じ時間に来るように伝えた。
次の日。
ハチスズメは同じ時間に聖人の元へとやってきた。
ハチスズメは手見上げとして、小ぶりの黄色の花を持ってきた。
「やあ、綺麗だな」
「この花の蜜はとても甘い。私の願い事を聞き届けてくれた礼だ」
聖人は花を受け取るとハチスズメにヨダカについて話を始めた。
「ハチスズメよ。ヨダカの居場所を教えよう。だが、夜になるまで時間をくれ」
聖人はハチスズメを客としてもてなした。
聖人は花の蜜の香りを放つお茶をハチスズメへと出す。
聖人とハチスズメは夜になるまで、お茶をしながら他愛もない話に花を咲かせた。
日が落ち、夜がふけ、頃合いになったことを確認すると聖人は夜空を指差す。
「ハチスズメよ、あれを見なさい。あれがお前の兄であるヨダカだ」
聖人が指さしたのはどれよりも青白く光る星だった。
「あの淡く、儚げに光る星が我が兄だというのか?」
「そうだ。お前の兄は星空を目指し、星となったのだ」
ハチスズメは少し驚き、考え、やがて納得したように再び兄である星を見上げる。
「ああ、確かに……すこし面影が残っている。とても優しく輝いている」
ハチスズメは夜が明けるまで星を眺め、日の出とともに聖人に礼を言って去っていった。
ハチスズメが訪れてから、数日が経った頃。また聖人の前に鳥が現れた。
今度現れたのは、鮮やかな青緑色をした宝石のように美しい鳥だった。
「聖人どの。私はハチスズメの兄で、ヨダカのもう1匹の弟であるカワセミという鳥です。ハチスズメから聞いております。どうか、私にも兄の星を見せてください」
聖人はその申し出を快諾し、カワセミと夜がふけるまで話をしながら待った。カワセミも弟のハチスズメと同じく、ヨダカの話ばかりしていた。
「カワセミよ、あれを見なさい。あれがお前の兄であるヨダカだ」
聖人はまた、あの青白く光る星を指さして言った。
カワセミは「ああ、兄さん……兄さん……」と言って泣いた。
「聖人よ。兄は自分が醜いことを恥じて星となったのでしょうか?それとも私たちといるのが苦しくなって星となったのですか?」
カワセミは涙ながらに訴える。
「さあ、それはヨダカにしかわからない。何に苦しみ、何を幸福と思うかは、他によって違うのだ。幸福の中で苦しみに訴える者もいれば、苦しみの中で幸福を見出す者もいる」
聖人はさらに続ける。
「我々は他者に共感できるが、まったく同じにはなれない。必ずどこかにズレがある。それを知らずに他者を語るのは傲慢というものだ」
カワセミは聖人に問うた。
「聖人よ、他者の気持ちを真には理解できないとあなたはいう。ならば、私はどうすればよかったのでしょうか?あの時、私は兄に何をしてやれたのでしょうか?」
聖人は答える。
「ただ寄り添いなさい。他者の苦悩を理解しなくてもいい、理解しようと努め続けなさい。共に語らい、共に過ごし、共に互いの違いを赦しなさい。我らは不完全な存在で、同じものなどただの一つもないのだから」
その夜、カワセミが帰った後、聖人は夢を見た。
淡く、優しく光る青白い星が聖人を訪ねてくる夢だ。
星は何も言わずにただ輝いていた。
聖人は夢から覚めると、あの星はお礼をいいにきたのだろうか、と考えたが、それこそ決めつけではないかと己を叱責するのだった。
******
寝台から子供の寝息が聞こえてくる。サラはいつの間にか眠っていたようだ。
ジャック神父は自室を出た後、他の子供達が眠る大部屋を一つずつ見て周り、子供が誰も起きていないことを確認すると、静かに孤児院の外へと出た。
「静寂を……」
雑音から子供達の眠りを“守護”する神聖術の奇跡が、孤児院の全体を包み込む。
「いい加減にしろ。クソガキは寝る時間だぞ?」
ジャック神父がそう睨みつけた先の闇が揺れ動く。
それは黒の外套を羽織り、黒衣のフードで顔を隠した集団だった。
「夜分遅くに申し訳ございません」
ジャック神父は、黒衣の集団が孤児院を包囲しているのを守護の奇跡で、感じ取る。
警戒はしていない。なぜならこの黒衣の集団が身内だと知っているからだ。
「聖堂が何のようだ?」
黒衣から覗かせる肌には七つの枝分かれのタトゥーが見える。
七つの枝分かれは七聖教のシンボル。そのシンボルを身に刻むのは、七聖教の下部組織である聖堂だけである。
「しかも、テメェら過激派だろ?」
聖堂の中にも穏健派と過激派が存在する。その中でも、過激派は魔法の解釈を巡って、他の三大組織と対立していた。
「お迎えに上がりました」
そんな過激派たちは、ジャック神父を前に跪く。
「今日こそ、我らと共にお帰りください。ヨハネ教皇陛下」
ジャック神父は驚く素振りを見せず、静かにタバコに火をつけ、煙を吸い、吐く。
「失せろ。私はもう教皇じゃねえ。黙って帰って、黙って寝ろクソガキ共」
「教皇陛下はあなた様お一人だけでございます。現教皇も、歴代教皇も、全てはあなた様の代理。あなた様こそが、真の神聖存在の代行者でございます初代教皇さま」
ジャック神父にひれ伏す黒衣の集団。中にはジャック神父に会えたことで感涙する者もいる。
「何度も言うが、代理をたてた覚えはない。私は次代を第二代教皇であるラヌスに譲った。あの生意気な小僧は最後まで役目を全うした。現教皇イノケンテスに従え。あの鼻垂れ小僧も立派に役目をこなしてるだろうが」
「なぜですかヨハネ様……あなたは健在だと言うのに、なぜあなた様は私どもを導いてくださらないのですか?」
「私は私から巣立った子供に関与はしない。私は巣立っていないクソガキの世話で手一杯なんだよ」
黒衣の集団はまるで一つの生命体のように、寸分違わない動きで立ち上がる。
「ならば雛たちがいなくなれば、我々に目を向けてくださいますか?」
「死ぬか?」
底冷えするような声が、黒衣の集団全員の耳に直接流れ込む。
数の差は圧倒的、しかし目の前の男に勝てるイメージはここにいる誰もわかなかった。
「あなた様は人間を殺せないでしょう?」
「ああ、私にとっては人間は等しくクソガキで、等しく庇護の対象だ。父は子を守る者だ。だが、悪さをしたクソガキを叱るのもまた父の役目だ」
ジャック神父は、右手を黒衣の集団に構える。
「3度目だ。帰って寝ろ。クソガキは寝る時間だ」
右手から光が放たれ、孤児院を包囲していた黒衣の集団を1人残らず包み込む。
光がひくと、そこには黒衣を着たものは誰もいなかった。
******
心地の良い朝、彼女は自室で寝台から起き上がる。いつも寝る時と同じ、一糸纏わぬ姿だった。
「ああ……ああ!!ああ!!!!!素晴らしい!!!!」
彼女は感嘆する。
「守護の奇跡を“自室の寝床に寝かしつける”という拡大解釈で、転移と強制睡眠を再現するなんて!さすがです神父さま!!やはり!我々聖堂……いえ、断罪執行者にはあなた様が必要です!」
恍惚とした顔をする彼女の名はアタナシア・ドストエフスキー。
聖堂過激派の中でもさらに過激派である断罪執行者と呼ばれる集団の長であり、世界有数の聖女。
歴代最年少かつ女性初の枢機卿。人呼んで“救済のアタナシア”。
彼女は狂った瞳は、虚空を仰ぎ、想い人の幻影を写す。
「神父さま……はやくまた一緒に暮らしたいです」
彼女の狂信は今日も止まらない。
誤字脱字などがあればお教えください。




