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メイドたちの休息

メイド好き

大陸の北西部に位置する三大王国の一つ、第二王国。

この国は、大陸諸国の中で唯一、女性への爵位継承が認められている王国である。

その第一王女が暮らす宮殿には、マダム・デイムと呼ばれる、国で最も名高い女性が侍女長として仕えていた。彼女には直属の弟子である五人の侍女がおり、彼女たちは侍女でありながら騎士の称号を持つ侍女騎士(メイドナイト)と呼ばれている。

侍女騎士たちが仕えるのは、世間で悪逆非道と噂される王妃メアリーの娘――わがまま王女ジュディスであった。

彼女たちは王でも王国でもなく、王妃と王女に忠誠を誓う存在である。

さて、人に厳しく、自分にはさらに厳しく、身内には容赦がないことで知られるマダム・デイムだが、その弟子たちは問題児ぞろいであった。

なかでもアンジェラ、ドナ、ステラの三人は、今日も休憩という名のサボりに興じていた。

「あーあ、毎度毎度、あのわがまま姫様には手を焼かされるぜ。まったく……」

「そんなこと言っちゃだめだよ。ジュディス様は国王様にも王妃様にも構ってもらえなくて、きっと寂しいんだよ。私たちくらい受け止めてあげなきゃ」

「……わかってるよ」

今日一番の大仕事を終えた侍女騎士たち。

ステラが悪態をつき、ドナがそれを宥め、アンジェラは床に突っ伏したまま、ぐうぐうと寝息を立てていた。

「こいつ、よくこんな状態で眠れるな。スラム育ちのオレより育ちが悪いんじゃねえか?」

「アンジェラ先輩、最近はジュディス様のお守りでほとんど寝てなかったらしいからね。無理もないよ」

「あーあ、あのクソババァがいなけりゃ、こんな職場すぐにでも辞めてやるのによー」

「だめだよステラ。侍女長にはいろいろお世話になってるんだから。そんなこと言ったら、また殴られるよ」

「恩より怨みの方が溜まってんだよ、こっちは」

ステラはアンジェラの隣に胡坐をかいて座り、ドナもその隣へ腰を下ろした。

「あーあ! たまにはどっか旅行にでも行って、のんびりしたいぜ!」

「今まで旅行なんて行ったことあるの?」

「ない……だから言ってみたいんだろ?」

「……まあ、いいかもね。ジュディス様がもう少し大きくなったら、みんなで行けるかも?」

「あのクソ国王が、姫様の外出を許すわけねえだろ」

「王様にクソなんてつけちゃだめだよ」

国王と王妃メアリーは不仲であり、その影響で王女ジュディスも国王から良く思われていなかった。

そのため、彼女は生まれてからずっと離宮に置かれ、事実上の軟禁状態で育てられている。

「王妃様は、色んなところで怨みを買ってるからね」

「迷惑な話だぜ……。そういえばさ、こんな話知ってるか?」

ステラはさきほどまでの不満顔を一変させ、目を輝かせてドナを見つめた。

まるで、自分の見聞きした話を母親に報告する子供のようだった。

「なーに?」

「この間、首都に来てた第一王国の吟遊詩人から聞いた話なんだけどよ」

「ちょっと待って。ステラ、また離宮を抜け出して街に出たの?」

「今はそんなことどうでもいいだろ!」

「もう……。今度は私も誘ってね。それで、その吟遊詩人がどうしたの?」

「いや、その話が面白くてな。なんでも、昔こんなことがあったらしい」

******

――竜の怨返し――

昔々、大陸にまだ王国が乱立していた時代。ある小さな国に、それはそれは美しい姫が住んでいた。

姫は幼い頃から病弱で、一日の大半を寝台の上で過ごしていた。国王は姫の病を治す方法を必死に探し求めていた。

ある日、美しい姫の噂を聞きつけた高名な学者(マギ)が国を訪れた。

学者は姫の容態を一目見るなり、国王にこう告げた。

「姫にドラゴンの血肉を与えなさい。ドラゴンの血肉には、万病を癒す力があると聞きます」

国王はその言葉を信じ、国中に布告した。

ドラゴンを姫に献上した者には、褒美を与える――と。

狩人たちは歓声を上げ、血眼になってドラゴンを探し求めた。だが、ドラゴンは生物の頂点である。

ある者は火竜種(ドレイク)に焼き殺され。

ある者は海蛇種(シーサーペント)に海へ沈められ。

ある者は悪魔種(ドラクル)を呼び出そうとして失敗した。

その間も、姫の容態は悪化の一途を辿っていった。

焦った王は、ついに王家に伝わる禁忌へと手を伸ばす。

それは、「どんな願いにも答えるが、必ず使用者を破滅させる鏡」であった。

王は鏡に願った。

「鏡よ、鏡。教えておくれ。娘に竜の血肉を食べさせるには、どうすればいい?」

鏡は答えた。

『この国から北へ真っ直ぐ進みなさい。そこには飛翔種(ワイバーン)の巣となる谷があります。ワイバーンは他のドラゴンより小柄ですが、群れで行動するため厄介です。ですが王よ、あなたが狩人を向かわせれば、谷の入り口付近で群れから逸れた一匹を見つけ、それを狩るでしょう』

王はその言葉を聞くと、すぐさま狩人たちを北へと向かわせた。

十日後、狩人たちはワイバーンの巣を見つける。

谷に入った彼らは、足を怪我し、地面でもがく小柄なワイバーンを見つけた。

それは、群れから見捨てられた一匹だった。

狩人たちはそのワイバーンを討ち取り、王国へと持ち帰った。

その肉は姫に献上され、姫は一口食べると、まるで嘘のように回復した。

王は喜び、国を挙げて祝宴を開いた。

だが、一週間続くはずだった祝宴は、三日で終わる。

ワイバーンの群れが、王国を襲ったのだ。

生き残った国民は、後にこう語った。

――ワイバーンたちは、人々を玩具のように弄び、惨殺していった。

国王は四肢と両眼をもがれ、生きたまま放置された。

姫は生きたまま連れ去られ、二度と戻ることはなかった。

この事件から、狩人たちは教訓を得た。

ドラゴンを狩ることになっても、決してワイバーンを狩ってはならない。

******

「その話、間違ってるよ」

ステラが話し終えると、ドナは感想もなくそう言った。

「何、お前……昔話にダメ出しするタイプか? やめた方がいいぜ、そういうの」

「いや、そうじゃなくて……。んー、なんて言ったらいいかな」

ドナは指先で空をなぞりながら言葉を探した。

「ワイバーンはさ、黄色の魂なんだよね。黄色の根源(ルーツ)は“知識”。人間は成長するごとに他人の影響で色が混ざっていくけど、ドラゴンは染まらない。生まれたままの原色のまま」

「はあ? その話、今関係あんのか?」

「関係あるよ。ステラはさ、ワイバーンがなんで王国を襲ったと思う?」

「そりゃあ、仲間の仇討ちだろ」

「そこが違うの。黄色の魂は好奇心と合理が最優先。薄情になりやすいんだよ」

ドナはさらりと言い切った。

「群れで行動するのも、“その方が生き残れるって知ってる”から。だから仇討ちのために国を滅ぼす、って発想にそもそもならないんだよ」

ステラは目をぱちぱちさせた。

「……じゃあ、なんで襲ったんだよ」

「ステラ。ワイバーンが一番嫌がること、何かわかる?」

「狩られることに決まってんだろ!」

ステラは質問を質問で返され、不満な顔で答える。

「半分正解。正解は――巣を知られること」

ドナは意地悪く笑った。

「実はワイバーンは、巣の場所を知った人間に“罠”を仕掛ける習性があるんだ」

「まさか……わざとか?」

ステラの不満で満ちた顔が、ハッと何かに気づいた顔になる。

「弱い個体を見つけさせて、持ち帰らせたのか?」

「そう。持ち帰った人間を追跡して、拠点ごと叩く。自分たちの巣を知ってるかもしれない人間を逃がさないためにね」

ドナは淡々と続ける。

「だから探索者の間には、巣を見つけた時のルールがある。匂いを断つ。衣服を捨てる。足跡を乱す。……それができないなら街にも入れないらしいよ」

「へえ。よくそんなことまで知ってるな」

その瞬間、今まで意気揚々と動いていたドナの舌が止まった。

「…………私の故郷、ここより北だから。狩人が多いんだよ。似た話も、聞いたことがあって……」

「そうなんだ」

ステラは歯がゆさを飲み込んだ。ドナは、いつだって自分のことを語りたがらない。

「でもよ……。追跡はわかった。じゃあ、なんで人間を嬲るように殺して回ったんだ?」

ドナは視線を伏せ、少し考えた後、肩をすくめた。

「さあ? ただ私が言いたかったのは、“怨返し”なんて呼び方は後から人間が勝手につけた名前だってこと」

「ふーん。じゃあさ」

ステラは天を仰ぎ見ながら苦い顔を浮かべる。

「理由も、意味もなく、王国を弄んで皆殺しにしたってのか?」

ドナはその質問には答えなかった。

「……楽しかったんじゃない?」

床に伏せたまま、アンジェラがくぐもった声で言った。

「うわぁッ⁉︎ お前、起きてたのかよ!」

「“楽しかった”って、どういうことですか? アンジェラ先輩」

二人の視線が自然とアンジェラへ向く。

「ほら……メアリー様、たまに虫とか小鳥の羽をちぎって遊ぶでしょ。子供みたいに。きっとワイバーンも、人間をバラして遊んでた」

「なるほどな……」

「言われてみれば、確かに……」

「もっと言えば、頭がいいんでしょ? 若い個体に学ばせてたのかも。人間がどうやったら死ぬか。どこまでなら死なないか」

寝返り一つ打たず、アンジェラは淡々と言った。

「すげぇなアンジェラ……なんでそんな物騒な思考に辿り着けんだ?」

「こら。そんな言い方しちゃだめだよ。アンジェラ先輩、気にしないでくださいね」

「え? 何が?」

「気にしてないならいいです。さて! アンジェラ先輩も起きたことだし、後片付けの続きをしましょう!」

「そういえばさぁ……」

ステラは近くの死骸をつつく。

「こいつら結局なんだったんだ? 見た目はドラゴンに似てるけど、まさかワイバーンなわけないよな?」

数分前、離宮に大群で押し寄せたそれは、小柄で蝙蝠のような翼を生やし、まるまると太ったトカゲのような姿をしていた。

「まさか。多分これ、亜竜(ドラゴンもどき)の一種だよ」

「だよなー。数が多くてめんどくさかったけど、前に倒したドラゴンに比べりゃ大したことなかったし」

「前に倒したのは火竜種(ドレイク)だよ。本物のドラゴンなら、五人揃わないと無理だったでしょ?」

「あー! 片付けめんどくせぇー!! おい! アンジェラもいい加減起きろよ!」

「あと……もう五分……」

「早くしないとジュディス様がまた癇癪起こしちゃいますよー」

女性にも爵位が継承されるこの国では、王女ジュディスにも王位継承権がある。

だから離宮には、ジュディスの腹違いの兄――王太子派から、定期的に刺客が贈られてくる。

その刺客から王女を守るのも、侍女騎士の仕事の一つだ。

だが。

五人揃えばドラゴンでも倒せてしまう彼女たちを、一番振り回すのは――ドラゴンでも、刺客でもない。

わがまま姫ジュディス、その人だった。

誤字脱字などがあればお教えください。

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