第五話 旧き友、遠くより来たりて
オフェリアの葬儀は祈祷、説教、讃美歌の唱和を経て、いよいよ埋葬の儀を迎えた。
黒衣に身を包んだ棺持ち達がオフェリアの棺桶を教会の墓地に運び出し、その後ろを司祭が歩く。
その背後に、近親者であるラザレスク子爵夫妻とエリシュカたちが、更に後ろにその他の親戚縁者たちが続いた。
ひび割れた石畳を抜けた先には広大な墓地が広がっており、夥しい数の墓碑が微睡むように蹲っている。
棺を運ぶ行列は、墓碑の間をゆっくりと進む。やがて、棺持ちたちは最も真新しい墓碑の前で止まった。
オフェリアの棺が納められる墓穴は既に用意されており、その傍らにオフェリアの棺桶は一旦安置された。
おもむろに、司祭が棺を前に持っていた祈祷書の頁を繰り始めた。これから、最期の祈祷が始まるのだ。
──司祭様のご祈祷が終わってしまったら、オフェリアは……父様や母様、サシャと同じように冷たい土の下に……。
感極まったエリシュカが目頭を手巾で押さえた時、目前にいた子爵夫人がまろぶように司祭に飛び掛かった。
「どうか……! 後生でございます……! おやめください! この子は死んでなどおりませんわ! これは何かの間違いです!」
ざわ、と墓地にどよめきが走る。
エリシュカは、司祭の足に縋り付く哀れな夫人が、夫である子爵に慌てて引き剥がされるのを見た。
「いや……! いやよ! あなた、離して! だって、違うの……オフェリアは……あの子はこんな風に死んでもいいような悪い娘じゃありませんわ! 幸せに、世界で一番幸せになるはずだったのに……!」
参列者たちは、子爵夫人の上流階級らしからぬ振る舞いに眉を顰める。
その一方で、愛娘を失ったひとりの母としての痛切な訴えは、他のご婦人がたの同情も誘った。その証拠に、エリシュカの背後では啜り泣くような声がいくつも上がっている。
結局、子爵に拘束されててしまって子爵夫人は、突然感情の糸が切れたように力なく地面に座り込む。元々青白かった顔は、今では完全に血の気が引いて死人のように白い。
エリシュカは急激に老いたように見える子爵夫人の姿がいたたまれず、そっと視線を逸らした。
その時である。
「──申し訳ないが、そのまま! 皆様、そのまま動かずお待ち下さい!」
行列の後方から、男の張りのある声が聞こえてきた。
何事かと参列者が皆振り返る。割れた人垣の向こうに、エリシュカは若い男の姿を認めた。
若い男は黒の山高帽を被り、仕立ての良い黒の長めのコートを羽織っている。
コートの下には濃紺の背広を着用しており、そちらも上等のものだ。しかも嫌味なくすっきりと着こなしている。
彼は上流階級でも通用するような洗礼された身のこなしで、脇目もふらずにエリシュカたちのほうへと駆け寄る。
そこで初めて、彼が艷やかな黒髪をしているとエリシュカは気付いた。
「あの男、まさか……」
アルフレートが若い男を凝視したまま呟く。その顔色は不審よりも驚きの色が濃い。
「大変申し訳ありませんが、葬儀の一時中断にご協力をお願い致します!」
「なっ……なにを馬鹿な……!」
葬儀を見ず知らずの男によって中断させられ、子爵がいきり立つ。
しかし、子爵が激昂するよりも一瞬早く、アルフレートが動いた。彼は子爵と闖入者の間に割り込むように近付き、若い男をまじまじと凝視する。
「君……やはりエドワードか。……こうして顔を合わせるのは寄宿学校以来だな」
「辺境伯閣下……! 職務とはいえ、この様な厳粛な場に突然押しかけて申し訳ありません。この度は、本当に何と言って良いか……心よりお悔やみを申し上げます」
二人はややあって、固い握手をかわす。その光景を見た子爵夫妻や参列者は呆気にとられている。
エリシュカはおずおずと、兄に話しかけた。
「兄様、お知り合い?」
「あ、ああ……彼はエドワード・ハジ。寄宿学校時代の級友だ」
「ハジというと、あの高名なハジ侯爵家の……?」
ハジ侯爵家といえば、クリステア王国で最も古い家門の一つで爵位も歴史の長さもカタルジュ家よりも一段上だ。
畏まるエリシュカに、エドワードは少し困ったように笑った。
「辺境伯閣下のご令妹様でしょうか? 確かにハジ家の者ですが、私は三男で爵位も持っていませんし、私自身はただの官憲──階級に至っては警部補にすぎませんので」
エドワードはエリシュカにも握手を求めるが、アルフレートはエドワードを軽く睨み付け、その手を引っ込めさせていた。
「エドワード、今日は一体どうしてここに? それにオフェリアの葬儀を中断しろとは、どういう……」
アルフレートは努めて冷静に尋ねようとしたが、子爵が横から現れてエドワードの胸ぐらを掴む。
一触即発の空気に貴婦人たちの悲鳴が上がった。
「どういうつもりだ?! たかだが官憲ごときが、娘の葬儀の邪魔をするなどあり得んことだぞ! ハジ家の出身といえども容赦はせん。この件は厳重に抗議させてもらうからな!」
だが、エドワードは脅しに屈することなく子爵の腕を容易く払いのける。すげなくあしらわれた子爵は、それでも怯むことなくエドワードを睨みつけた。
エドワードはスーツの乱れを正すと、改めて子爵に向き直った。
「不調法は幾重にもお詫びいたしますが、こちらも職務でこの場にお伺いした次第です。どうか、ご協力を」
「ふ、ふざけるな……! 誰が貴様の指示になど従うものか! さっさとこの場から去れ!」
平民に指図されたことが余程気に食わなかったのか、子爵は憤怒の表情を浮かべ、大きく腕を振り抜いた。
尤も、当のエドワードは全く堪えていないようで、涼しい顔をしていたが。
──すごいわ、この人……。
この場にただ居合わせただけのエリシュカですら、何やら居たたまれない気分を味わっているというのに、エドワードはこの場から一歩も引かなかった。
こういった罵声に慣れきっているのか、それとも元々性根が図太いのか──恐らく後者だろうとエリシュカは思う。
「協力していただけないのなら、仕方ないな……」
非協力的な子爵の態度を目の当たりにし、エドワードは困ったように鬢の辺りを掻く。
だが、誰もが諦めたのかと思った瞬間、エドワードは小さく、しかし、子爵夫妻とアルフレートには聞こえるように小さく吐き捨てる。
「オフェリア・ラザレスク子爵令嬢は単なる事故死ではないかもしれない──と、ここで話してもこちらは構わないのですが?」
「なっ──!?」
子爵は反論しようとしたが、エドワードの一言で漸く静まる。
その間隙を見逃さず、エドワードは帽子を取り、恭しく頭を下げる。口出しを許さぬほど、優雅な所作であった。
「では、お集まりの皆様。少々、お話を伺わせて頂いてよろしいでしょうか?」




