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さらば、愛を乞う赫き怪物たち  作者: 曲直瀬トウ


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第二十話 正気と狂乱の傾かざる天秤

「──失礼いたします」


 エドワードが入室すると、辺境伯の顔をした旧友の姿があった。


 悠然と長椅子に座り、エドワードを待つ姿は怜悧な軍事貴族そのものだったが、その顔色は青白く血の気がない。


 婚約者の葬儀を終えた疲れが出たのか、化け物に領地を侵された苦悩によるものか──あるいは両方だろうか。


 アルフレートはエドワードの姿を認めると、ほっとしたように表情を緩め、一瞬だけ齢二十一歳の青年らしい顔つきになった。


「……ハジ警部補。君が来てくれたのか」


 エドワードはその声を聞いて、アルフレートも少なからず気を張っていたことを悟り、単なる同輩のように話しかけたい衝動に駆られた。


 だが、そんな馴れ合いを果たして真面目な彼は望むだろうか。


「……はい。改めて昨日の葬儀の件を謝罪致します。結局、閣下の寛大さにお縋りし、辛い決断をさせてしまったこと……大変申し訳なく思っております」


 迷った末に、エドワードはあくまでも官憲として貴族として接することに決めた。


 アルフレートはゆったりと頭を振り、真剣な顔になってエドワードを見つめた。


「遺体の杭打ちは必要な処置だった。遺体がオフェリアでなければ私は迷うことすらしなかっただろう。……それよりも住民や街の治安の状況について聞かせてくれないか」


 エドワードはアルフレートの向かいに座る。正確な数字ではないものの、と前置きした上で口を開いた。


「現在失踪人の捜索依頼が殺到しています。若い女性の依頼が多いものの、男性の行方不明者の情報もわずかに寄せられています。その数およそ百二十件ほどで──」


「まさか、もうそこまで被害が増えたのか?」


 アルフレートは思わず腰を浮かしかけたが、エドワードは何とも言えない表情を浮かべた。


「いえ。捜査をしなければ断定は出来ませんが、自分の意志で失踪したケースや、別の──人間の起こした犯罪に巻き込まれたケースが混在していると思われます。他には、官憲の見廻りや娘の護衛を求める声が多いですね」


 アルフレートは顎に手を添えて少し考え込む。


「……治安についてはどうだ? 暴動やその兆候は?」


「そこまでの騒ぎはまだ起こっていませんが、小競り合い程度の事件は幾つか」


 しかし、とエドワードは言葉を続ける。


「私が把握している限りでは既に対処済みです。勿論、このまま事件が終息しなければ今後も増えていくと思われますが」


「……把握した。今朝、教会と吸血鬼狩りのギルドには狩人の派遣や銀器、聖水の供与を依頼する書簡を出した。早ければ数日中に銀器を装備した兵の派遣も可能となるはずだ。治安維持や吸血鬼討伐に協力出来ると思う」


 エドワードはアルフレートの判断の速さと行動力に舌を巻く。


 その上、官憲や領民の安全を守ろうとする優しさもあり、エドワードの目から見てもアルフレートが理想的な領主であることに疑いはない。


 尊敬と憧憬──それらが綯い交ぜとなったエドワードは自然と彼に頭を下げていた。


「閣下のご高配に感謝申し上げます。速やかな解決を目指して尽力致します」


 問題は横たわっているものの、着実に反撃の手筈は整いつつある。展望が開けたことに表情を明るくしたエドワードに対して、相変わらずアルフレートの表情は暗い。


 それに気付いたエドワードは眉を寄せた。


「……何か心配事でも?」


 アルフレートはすぐには答えず、空の灰皿が置かれた応接机をじっと見つめる。


「……君達官憲は昨日オフェリアが吸血鬼になる可能性に触れた。そして、その翌日に領地で吸血鬼の関与が疑わしい住民の失踪事件が判明した。……これは偶然だと思うか?」


 エドワードは、膝の上に置いた手をきつく握る。アルフレートは遺体に杭打ちの処置を施したにも関わらず、オフェリアが吸血鬼として蘇ったのではないかと恐れているのだと思った。


 確かに、経年劣化で白木の杭が朽ちてしまうことはあり得るが、それにしては早すぎる。それに、エドワードとアルフレートの立会の元で行われた処置は完璧に行われたはずなのだ。


 エドワードはアルフレートを安心させるように敢えて明るい声で微笑む。


「ご不安は理解しますが、オフェリア様の仕業である可能性は皆無に等しいと存じます。ご安心ください」


 エドワードの返答にそうか、とアルフレートは小さく呟く。



「それは……()()()



「え……?」


 官憲としては、その言葉は聞き捨てならない。


 エドワードは心臓がキリキリと締め付けられるような苦しみを覚えながらも、静かに口を開いた領主の姿を穴が空く程に見つめた。


 その視線を受けて、アルフレートはどうしょうもなく泣きだしそうに顔を歪めた。


「……会いたいんだ。例え吸血鬼になっていたとしても、彼女に──」


 湖水を思わせるアルフレートの瞳が、今は強い欲望の色を滾らせている。エドワードは確かにそこにさざめく狂気を見た。


「どれ程恨み言を言われてもいい。嫌いだと罵られてもいい。血を寄越せというのなら、全て捧げる。彼女を守れず、傷付けた私には相応しい罰だ」


「アルフレート、それは違う! 君のせいでは……!」


 立場を忘れたエドワードの言葉もアルフレートには届かない。


 違うものか、と彼は吼え、それからがっくりと肩を落とした。


「──ただひとこと、謝りたいだけなんだ。一瞬でも不貞を疑ったこと、杭で彼女の身体を徒に傷付けたこと──言葉だけの謝罪で足りないと言うのならばこの命と引き換えでもいい」


 アルフレートの目が据わり、エドワードを射抜く。


 軍人のアルフレートは敵と見定めた者には容赦がない。時には死という名の暴力をも辞さない人間の覚悟には官憲には出せない恐ろしさがあった。


「それさえ叶わないなら──私にはもうこの方法しかない。……頼む、エドワード。故買屋の情報を知っていたら教えてくれ。私は私自身の力で……オフェリアの指輪の在り処を探し出し、彼女の汚名を雪ぎたい」


 故買屋とは、顧客が持ち込んだ贓物ぞうぶつ──つまり不当に取得した物品を、それと知りながら買い取りと販売を行う悪徳業者のことを指す。


 彼らは贓物を別の顧客に売るか、持ち主が現れた際、返却の謝礼金として法外な金額を強請り取ることで利益を貪っている。


 しかし、これらは全て違法である。何故なら、通常、買取業者には贓物と知った時点で官憲に通報した後、速やかに販売を中止する義務があり、品物は持ち主に無償で返還しなくてはならないと定められているからだ。


 その法を破った時点で、彼らの存在に正当性などない。そして、敢えて法を犯すような危険な場所に重鎮のアルフレートを送り出すという選択肢は、エドワードには存在しなかった。


「アルフレート……君……正気じゃないぞ。官憲として言う! そんな危険なことは認められない! 大体、君が婚約指輪を探すことがどうして彼女の醜聞を晴らすことに繋がるんだ?」


「分からないか? ……そうだな、君たちは彼女は自殺だという前提に立って捜査を進めていた。指輪がどういう状況で現場から持ち出されたのか分からずとも、死因が変わることはないと高を括って捜査を終わらせたんだったな。だから、分からなくても仕方がない」


 杓子定規な捜査の内情を指摘され、エドワードは恥じ入るように唇を噛む。


 その様子を見たアルフレートは立ち上がり、窓辺へと悠然と歩き出す。


 外は、まだ日が高いにも関わらず、にわかに流れ始めた雲が惑乱の街に影を落とし始めた。


「不貞も自殺も、私は信じない。信じるものか。だが、未だに指輪が見つからないのは、たまたま第三者が見つけて拾得した可能性が濃厚である──という君達の見解だけは支持しているんだ」


 アルフレートは譫言のように続ける。


「だが、真っ当な商店に持ち込まれたはずはない。彼女に贈ったのはそこら辺で売られているような屑石の指輪ではない。買い取り金額は留まる所を知らず、即日買い取りなど不可能……いや、持ち込まれた時点で騒ぎになっているはず。だが……官憲はそんな情報など全く掴んではいない。そうだな?」


 エドワードは苦々しく頷く。


 アルフレートは口角を皮肉げに歪め、エドワードに向き直った。


「つまり、普通の商店には持ち込まれていない。そして、使用人にはオフェリアが亡くなる前に屋敷から出たものも、一人になったものもいない。……ならば、第三者によって闇のルートに流れ、故買屋の手に渡ったと考えるのは自然ではないか?」


 エドワードは表情を強張らせ、小さく喉を鳴らした。


「まさか、君は……指輪そのものではなくその第三者を見つけ出して証言を──あるいは偽証させるつもりなのか。婚約指輪はオフェリアから不当に取得したもので、彼女は不幸な事故で命を落としたと?」


 アルフレートの右手が一瞬跳ねるように動いたのをエドワードは見逃さなかった。


 即座に、エドワードは自身の失言に気付く。アルフレートに理性が残っていなければ、オフェリアを侮辱した咎で撫で斬りにされていてもおかしくはなかったのだと、寒気を覚えた。


「偽証? ……まさか。オフェリアの潔白を証明するだけだ。彼女は清廉なのだから、法を曲げる必要がどこにある?」


  アルフレートは可笑しそうに笑う。だが、目だけは一つも笑ってなどいなかった。


「……だが、そこまで漕ぎ着けるための手段は選んではいられない。だから……どうか協力してくれ、エディ」


 不意に囁かれた寄宿学校時代のあだ名には親愛の情など見当たらず、ぞっとするような気迫と共にエドワードの鼓膜を揺らす。


 その瞬間、喉元に凍てつく短剣を突き付けられているような錯覚を覚えて、エドワードはごくりと喉を鳴らした。


 ──これは要請ではない、どう考えても脅迫だ。


 選択を迫られたエドワードは目眩を覚える。


 ──賽は、今にも投げられようとしていた。

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