図書委員長の秘密
学園シリーズ物の第二弾です。
丘の上に佇む名門女子校『花菫女学院』。ここには清く、美しく、誠実な乙女たちが集い、洗練された淑女になるための日々を過ごしていた。
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「もう!なんなのよあの生徒指導教師!ヤクザみたいな顔してるくせに!漫画の貸し借りなんてみんなやってるじゃない!たまたま私が見つかっただけでしょ?!」
朝、時間をかけてクルクルと巻いたであろう長い髪を揺らしながら怒りをあらわにしているこの乙女。正規の制服よりも少し丈が短く爪も綺麗に着飾っている。
「まぁまぁしゃーないって。まさか校門で抜き打ち検査があるとはねぇ。昨日生徒会長そんなこと言ってなかったけどな?先生が独断でやったんかな?」
怒る乙女を宥めるように言うのはこの女学院の体育委員長の羅奈。栗色のおさげに、クリっとしたつり目が印象の乙女だ。白のブレザーに紺のスカート、紺のニーハイを履いた小柄で明るい印象を人に与える。
「放課後には返してくれるんだから元気だしなよ!ね!」
羅奈は気を落とす彼女の肩をポンと叩き、屈託のない笑顔を向ける。その笑顔に毒気を抜かれて何かを言いかけて口を開いた途端、
「お!あそこにいるのはみんみんだ!」
羅奈はそんな彼女のこともそっちのけで前方に歩いている別の乙女に走り寄って行った。
「よ!みんみん!おはよーさん!」
「っ?!ら、羅奈ちゃん!びっくりした…。おはよう。」
羅奈に突然声をかけられ驚いたようだがすぐに仲良さそうに挨拶を交わす。黒髪を耳の横でひとつに結び、胸元に流している。大人しそうで優しい印象を与える乙女、菊明だ。白のブレザーにエンジ色のスカート、タイツを履いて如何にもお嬢様といった雰囲気で歩いている。ちなみに図書委員長。まさにぴったりだ。
私も2人に近づいて行き菊明に挨拶をする。クラスも別だしあまり話したことはないが羅奈がいつも話してくるから、私まで友達になってしまったような不思議な感覚だ。菊明も私の事は認識しているらしく、恥ずかしそうな笑顔で挨拶してくれた。
「みんみん昨日の放課後また体育館裏に呼び出されてたでしょー。しかも相手は2年生?ブレザーが赤だったから分かったけど…なんで相手土下座してたん?」
まるで全てを見透かしたようにニヤニヤとしている。
「えっ?!見てたの?!」
顔を真っ赤にしてオドオドと目が泳いでいるが、羅奈にニヤニヤと見つめられて観念したのかポツリと話し始めた。
「…てい…てくだ…さいって…たの。」
小声すぎて聞き取れなかった。頭にハテナを浮かべている私とは違って羅奈は理解したようだ。
「あっはっはっはっ!やっぱりね〜。んで?どうしたの?」
まるで答えがわかりきってるように大声で笑い先を促しているが私はハテナが消えない。
「も、もちろんお断りしたよ!」
少し拗ねたような顔でそういう菊明はそれだけ言うと学校に向かって再び歩き出した。
「え?羅奈ちゃん。なんて言ってたの?聞こえなかったんだけど…」
「聞こえなくていい事もあるのだよ。うんうん。」
1人納得したような顔でうんうん頷くと彼女も菊明の後を追って行ってしまう。ポツンと一人取り残された私はモヤモヤした物を腹の中に抱えたまま2人を追った。
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放課後。私は友達二人と一緒に教室でたわいもない話をしている。いつものメンツだ。話している途中でふと廊下のほうに視線を動かした。廊下のドアから教室内を覗き込んでる人を見つけた。誰かを探しているようなそんな感じだ。見覚えのある子だなと思えばすぐに頭に浮かんだ。菊明だ。
「あーちょっとごめん。」
私は友達に断りを入れて席を立ち彼女の元へ足を向けた。
「菊明さん。どうしたの?羅奈ちゃんなら体育委員会で居ないよ?」
声をかけられたことに少し驚いたのか目を見開いてじーっと見つめてきた。肌ツヤツヤだな。下まつげ割りと長いんだなぁ。なんてどうでもいいことを考えてたら、
「あ、そうなんだ。羅奈ちゃん委員会か。そっか。」
えっとー、だの、どうしよう、だのブツブツ言いながら悩んでいたが意を決したのか、突然私を見て口を開いた。
「もし時間があればお願いしたいことがあるんだけど…ど、どうかな?10分かそのくらいで済むんだけど…。」
最後の方はだんだん声が小さくなってしまってよく聞き取れない。まあそのくらいなら良いだろうと考え先ほどまで話していた友達2人に事情を話し戻ってきた。
「お待たせ。で?どこ行くの?」
「えっと…学校の裏口まで来てもらえるかな。」
私は何のことやら想像もつかないまま後をついていく。この時の私にはあんなことになるなんて想像もつかなかった。安請け合いしなければよかったと。
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裏口に着いたが菊明は裏口の扉を開けない。私ははてなが頭に浮かんだままだ。
声をかけようとした途端彼女は勢いよく振り向いて、
「裏口から出て、学校の近くに宝香高校の人が居ないか見てきてほしいの!」
「…え?宝香高校って…あの不良がいっぱい居るっていう男子校?」
彼女は黙って頷く。
「えっと…それだけ?」
「うん。それだけ。決して近づいたり話しかけたりジーっと見てはだめ!感づかれないようにできるだけこっそりと。自然体な感じで。」
彼女があまりにも神妙な顔で言うものだから、あれこれ聞きたいことがあるのに喉がつっかえて何も言えなくなる。私はゆっくりと深呼吸をして裏口の扉に手をかける。
「本当にごめんね。よろしくお願いします。」
任せて、という意味を込めて親指をビシッと立ててから外に出た。外は夕方特有のオレンジ色の世界だった。運動部の声がどこからか聞こえる。そのまま裏門近くまで行き、一つ深呼吸をした。
宝香高校は確か裏門出て右のほう。近所でも悪い噂しか聞かないような典型的な不良学校らしい。電車でも大きな声で話してたり、数人で固まって煙草吸ってるところも見たことある。ただ、うちの女学院の生徒にちょっかいかけてくるって話は聞いたことない。だからあまり今まで気にしたことなかった。
そんなことを考えながら裏門の塀からこっそり外を見てみる。犬の散歩してる人、下校中のうちの生徒、小学生だろうか数人の子がサッカーボールを持って走っていく。もう少し外に出て歩きながら周りを見てみるが、それっぽいのは見当たらない。
「宝香高校の人は…いなさそうだな。」
ぽつりと言って戻ろうとしたその瞬間、
「おめぇ、白いブレザーってことは3年か?」
心臓が飛び出るかと思った。後ろにはガタイが良く少し日に焼けた目つきの悪い男性が立っているではないか。自分よりも頭一つ分大きいのもあって物凄い威圧感だ。声も出せずにいると、
「あー悪ぃ。えっと…人を探してるんだ。ここの学校の人でさ、3年だからつい話しかけちまった。悪ぃな。」
「あ、えっと。はい。大丈夫です。あの私…忘れ物したので…戻ります!失礼します!」
どうしようかと考えながらよく見てみると宝香高校の制服を着ていることに気づいた。これはまずいととっさに判断し、挨拶もほどほどに裏門の中に逃げるように走って戻った。後ろで何か声が聞こえたがそれどころではない。怖い!でかい!怖い!
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勢いよく裏口の扉を開けて中に入った。そこには菊明が心配そうな顔で待っていた。
「ハァ…ハァ…いた!いたよ宝香高校の人!最初は全然気づかなかったけど門の外少し行ったところで話しかけられた!もうほんと怖かった!誰あれ!ストーカ?!」
息も絶え絶えに捲し立てれば、彼女は肩を落としたような素振りをしつつ私の背中をさすってくれた。
「ごめんね。怖かったよね。ありがとう。うーん…話しかけられちゃったか…。」
息を整えつつ私は彼女の言葉を待った。
「もう大丈夫!教室戻っていいよ!ほんとにありがとう。」
割り切ったかのような顔でサラッと言った彼女には不安そうな様子は微塵も感じられなかった。
「え?!いいの?!ストーカーなら先生とか警察に…」
「あ、うん大丈夫!そういうのじゃないからほんと!今日はありがとうね。もう戻って!私は大丈夫だから!ね!」
背中をぐいぐい押しながら私を教室に行かせようとする彼女には何を言っても「大丈夫」しか返ってこない。仕方なく教室に戻ることにした。何度も振り返っては彼女に笑顔で「大丈夫」と言われてしまう。そこまで言うならと後ろ髪を引かれる思いでとぼとぼと教室に戻ってきた。教室のドアを開けるとそこにはさっきまで話していた友達と羅奈がいた。
「あ!羅奈ちゃん!」
「うん?どしたー?」
間の抜けた返事で返され、私はさっきまでのことを一気に話した。
「すぐにでも戻ったほうがいいよね!羅奈ちゃん行こう!ほら!」
彼女の手を引っ張って連れて行こうとするが全く動こうとしない。
「羅奈ちゃん?」
「まーほらあれだ。今行くと間が悪いよ。多分もう引っぺがせなくなってるし。」
まるで私の心配など不要だとでも言いたげな顔である。引っぺがす?間が悪い?え?
「だってあの人ストーカーかなにかなんでしょ?」
「まっさか~。あははははははは。」
私は何がなんだかわからずきょとんとしてしまう。この状況でこんなあっけらかんと笑ってる羅奈がわからない。困惑してる私を落ち着かせるように、満面の笑顔で言った。
「明日みんみんに聞いてみるといいよ。」
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翌朝、私は羅奈と一緒に登校してきた菊明をとっ捕まえて事情を聞き出した。
「羅奈ちゃん話しちゃったの!?」
「うんにゃ。なーーんも言ってないよ。みんみんに聞いてみろ~って言っただけ。」
「(じー)」
ニヤニヤする羅奈と慌てふためく菊明をただ黙って見つめている私。その視線に耐えられなかったのか菊明はやっと口を開いてくれた。
「えっと…昨日の人は…あのー……と、友達なの。」
「舎弟でしょ。」
「ちょっと!羅奈ちゃん!」
舎弟?え?舎弟?私は頭が真っ白になり『舎弟』という文字がグルグルと回っている。
「去年かな。あの子が不良仲間と揉めてたのを偶然通りかかっちゃって、ほっとけば良かったのについ口を出してしまったの。あの子は正しいこと言ってるのに他の人たちが人数に任せて理不尽なことばかり言ってったのが気に入らなくて。それでつい…あの子と一緒に不良さんたち倒しちゃったの。」
倒しちゃった…?え?
「みんみんこれでも強いのよ。何だっけ?護身術?とかいうやつ。」
「うん。自分の身を守るために習ってたの昔から。それからあの子勝手に私のこと『姉御』って呼ぶようになっちゃって。毎日登下校の護衛するって聞かなくて…。それで裏口から出るようにしてたんだけどそれもバレちゃったみたいで、裏口か表門のどっちかで待機してるの。それを確認してもらおうと思って頼んだけど怖い思いさせちゃったよね。ごめんなさい。」
しょぼんとした彼女はまるで怒られた犬だか猫のようだ。こんな子が『姉御』とは。何から聞くべきか頭の整理が追い付かない。とりあえず昨日の人には悪いことをしてしまった気がする。
「えっと。昨日の人はとりあえず悪い人じゃないのはわかったよ。……姉御…。」
「ちょっと!あなたまで姉御だなんて!」
つい笑いながら言ってしまったのを真っ赤な顔で怒るこの子はあまりにも姉御らしくない。
「でもみんみんが姉御になったおかげで宝香高校の人はみんなうちの学校にちょっかい出してこないんだしちょうど良くない?なんたって例の舎弟君はあの学校のトップなんでしょ?先生たちも安心だよね~。あ、生徒会の力もあるのかな?生徒会長、今年の文化祭にはあの高校も呼べるようにしようと張り切ってるらしいよ!みんみん姉御のことどこからか情報仕入れたみたい。」
ニヤニヤしながらいう羅奈は楽しそうだ。なんだか私まで楽しい気分になってきた。
「えっ?!そんな…。隠してきてたのに…。あの子たちが文化祭に押し寄せてきたら絶対大きい声で『姉御!お疲れ様です!』とかずらーっと並んで挨拶し出すじゃない…。」
頭を抱える姉御は本当に心配そうだ。でも当事者ではない私にはその情景を想像して見てみたいと思ってしまったのは秘密だ。
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後日、私は羅奈と姉御と一緒に舎弟君に会った。あの時の謝罪をしたら、
「いやいやいや、全然気にしないでくだせぇ!むしろ姉御のご友人とは知らずに声掛けちまって…こちらこそ失礼しました!」
と90度のお辞儀で謝られた。あの時の威圧感はどこへ行った。
「そういや姉御!文化祭の話聞きましたか?俺らも姉御の文化祭参加できるみたいっすよ!これでやっと姉御の傍で護衛できるってもんすよ。あいつらにもキツく言っとくんで馬鹿なことは起こらないですよ!」
「あーーーーー!悪夢だーーー!」
「あははははははは!文化祭盛り上がりそうでいいね!舎弟魂の見せ所だね!」
「はい!そうっすよ羅奈ちゃんさん!」
悪夢だと頭を抱えブツブツ言ってる姉御はそっちのけで羅奈と舎弟君は盛り上がっている。ん?『羅奈ちゃんさん』?
「え?羅奈ちゃんさんって何?ちゃん…なのに…さん?」
変な呼び方に気が付いてつい聞いてしまった。
「え?姉御が羅奈ちゃんって呼んでるんで。俺までちゃん付けで呼ぶわけにはいかねぇんで、さんをつけただけっすよ。」
謎理論。舎弟というのはそういうものなのか?まあいーか。本人たち納得してるし。結局話してみたら舎弟君はとてもいい人だったし。見た目はまだ怖いが…。そんなことを考えながら3人を眺めていたら、ふと思い出した。
「そういえば舎弟君に会う前にうちの生徒の二年生に体育館裏で土下座されてたのってなんだったの?」
あの時は姉御の声も聞こえなかったし羅奈にも教えてもらえなかった。
「姉御!誰っすかそいつ!俺が締めに行ってきますよ!」
息まいてる舎弟君をなだめつつ姉御は教えてくれた。
「私がこの子に姉御と呼ばれてる所を見ちゃったらしくて。しかもその2年生の子同じ道場で護身術学んでたんだって。それで…。」
「私も舎弟にしてください!って言われたんでしょ!」
いつものニヤニヤ顔で羅奈が続きを言う。姉御は困ったように頷く。
「ダメっすよ姉御!舎弟は俺っす!俺が舎弟の1番なんすから!」
「舎弟の1番って何?!もう!変なこと言わないでよ。あと声大きい!知り合いに聞かれたらまた土下座されちゃうじゃん…。」
周りに知り合いが居ないかキョロキョロしながら確認してる姉御。舎弟に誇りを持ってる舎弟君。それをニヤニヤ楽しそうに見てる羅奈。そしてそれを眺めて仲いいな~なんて傍観してる私。
姉御のおかげで今日もうちの女学院は平和です。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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