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7:オーロラ色の花


 花壇生活のおかげで僕の体力も付いた。一年中庭のどこかを耕し、出てきた石を積み上げ、草を刈り取る。一連の動作のおかげで足腰も鍛えられた。食事は最低限の資金しかなく、必要最低限の分量しか購入できないから、庭の畑の野菜を足しても他の貴族家のように余るほどの分量は無い。育ち盛りなんだからと使用人達に、彼らよりも多めによそってもらっているが、太るほどの分量はなく、ぜい肉のないすっきりとした体になってきた。

 トマスにはもっと太れとか剣をふるうための筋肉を付けろと言われるが、横に大きくなればそれだけ食料も必要となる。ギリギリの資金で回している屋敷の主人だけが太るわけにもいかないし、太る必要もないと思っている。僕には鋤と鍬を扱える筋力と体力があればそれでいいのだから。


 とりあえず家を完全に追い出されても、自給自足できるだろう体力と自信が付いた。あとは資金を貯めるだけだ。しかし今の所、薬草を売っても生活費と研究費につぎ込んでしまっているので、全然溜まっていない。もう少し違うもので稼げないモノかと考え始めているところだ。


 花と言えば、庶民の花・バルーンフラワーを、僕は品種改良することに成功した。まあ偶然なのだけど。

 実家の方で育てた時に、本当に株が丸くなって、その先に花が咲いた。個体差が大きく、植え込みほどに大きくなるものもあれば、室内の箱植えで楽しめる小ぶりなものまである。さらには花も赤、白、黄色と青があった。それが楽しくて、別宅に移ってからもたくさん植えた。色々寄せ植え的に隣同士に色違いを植えて楽しんでいたら、なんとそれらが蜂による受粉で混じったらしく、ピンク色や紫の花が咲き始めたのだ。さらには肥料の影響か、八重のものまで出現した。

 その結果一株に、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と虹色7色がそろい、更には赤から青、緑から青、青から紫、赤から紫、ピンクに変化する花びを持つ、この国で尊ばれるオーロラ色まで出現した。


 僕は大喜びでこの結果をレポートにまとめてウィロウ先生に提出した。先生も栽培を手伝ってくださっていたので、もっと細かく、もっと詳しくと大量の直しを出されたが、何度も出し直してようやくうなずいてくれるものが書けた。

 その上、種の収穫にも成功した。使用人達も欲しいというし、これなら売れるとみんなが言うので、ある程度まで育ててからこの花をいつもの町で売り出そうとしたら、先生に止められてしまった。まだ研究が終了していないからやめておきなさいと。

 しかしこの花は簡単に増える。種だけでなく挿し木でも増える。肥料の分量が難しいが、常春のこの国の気温で日々育っていく。大きくなりすぎると邪魔なので、毎日大幅に選定し、それで出た花を部屋に飾ることにした。色が華やかで屋敷も明るくなった気がするし、さわやかな香りが屋敷に漂うようになった。その上しばらくしたら、トマスの様子が変わってきたのだ。


「ルパート様、朝食の時間ですよ」

「ああ、もうそんな時間? ここだけやったらすぐに行く」

「冷める前に来てくださいよ。それとこのかごのトマト、持って行っていいのですか?」

「ああうん、頼むよ。食事に使ってもいいし、使わなければみんなで分けて」

「かしこまりました」


 『かしこまりました』だと? 思わず僕は手を止めて、すでに後姿のトマスを見た。しかも今、ちゃんと会話になっていたし、トマスが文句の一つも言わずに普通に受け答えしていた。今も自主的にかごを持って行っている。しばらく茫然としてしまったが、その姿が屋敷に消えた頃に我に返った。そしてあれは一体なんの天変地異の前触れだ、と恐ろしくなって、僕はすぐに作業を切り上げて屋敷に向かった。


 最初はなんの嫌がらせかと思ったトマスの言動だが、彼自身も不思議に思っていたらしい。このところ、実家からの呼び出しが無いのも良いのかもしれない。生活資金はあちらの執事のアーサーがトマスに手渡してくれるのだが、トマスが本宅に入ると妹が荒れるらしいので、最近は屋敷の外で手渡されるらしい。

 トマスも父から僕への小言を聞かされることもなく快適でいいと笑っていたが、それでストレスが軽減しているのだろうか。


 週末で講義がない日は、僕は朝から畑と花壇の手入れをしている。昼食も外で食べられる軽食にしてもらっているが、手を洗って木陰にマリオと共に座ってサンドイッチに手を伸ばしている時、それを持ってきてくれたトマスが一緒に座り込んで言ったのだ。


「ルパート様、この花香りは、なんだか落ち着きますね」

「うん? そう?」

「はい。心が落ち着くというか、頭がすっきりするというか。そんな感じがします」


 ちょうど周りにはバルーンフラワーが咲き誇っていた。群生していてもさほど強い香りではないし、切り花にしてもほんのりと香るくらいなのだが、トマスの好みの香りなのだろうか。


 ふむ。香りか。女性陣は香水を使うが、もしかするとこのさわやか系の香りは男性にも受け入れられるかもしれない。


「トマス、アイデアをありがとう。ちょっと香りについても研究してみるよ。いろいろ聞くと思うけどいいかな?」

「……そんなつもりで言った訳ではないのですが、お役に立てるのなら光栄です」


 トマスが落ち着いた口調で答える。こんな普通のトマスは、妹が現れる前以来だ。うっすらと微笑んでまでいる。僕やマリオさんには影響はないようだが、もしバルーンフラワーの香りにリラックスさせるような効果があるのなら、面白い事になりそうだ。香りは科学? 化学? になるのだろうか。ウィロウ先生に詳しい方を紹介していただけるか聞いてみよう。

 そのためにはバルーンフラワーをもっと増やさなければいけないだろう。この所邪魔にしていたが、僕はマリオさんに株分けの相談をし始めた。


 1年後、僕の開発したオーロラ・バルーンフラワーは、いきなりやってきた王城からの使者が気に入り、なんと王城御用達となった。

 ちなみに普通、王城から使者が来るときには先ぶれがあり、十分な準備ができるはずなのだが、この時は何もなくいきなり訪ねてきたので、大慌てになった。


「ルパート様! 王城からルパート様が開発した花に関して話があると、お使いの方がいらしてます!」


 庭で作業していた僕の元にトマスが青い顔で息せき切ってやってきた。


「はあ? 王城? 僕は何も聞いてないよ? いつ来るって?」

「もう来ているんですよ! 客間にお通ししてあります! すぐに対応してください!」

「わ、わかった」


 僕は慌てて自室に駆け込んで、服を着替え、手を洗い、客室に飛び込んだ。


「遅い! そしてなんだこの屋敷は! 酷い有様じゃないか!」

「も、申し訳ございません、この屋敷にお客様がいらっしゃる事があるとは思ってもいなかったので、手が行き届かなくて」

「こんなこ汚い屋敷に住んでいるというのか、スタンリー伯爵の令息は!」

「は、はあ……。そ、それで、どのようなご用件でしょうか?」


 元々放置されていた屋敷だから、僕が住むようになっても最低限の手入れしかしていない。あの父が生活費を出してくれているだけでも奇跡的な事なのだ、それ以上を望むなんて出来なかったし、野菜や花の売買では最低限の修繕しかできていないのだ。どうせ講師の先生方しか来訪者もないからと安心していたのもある。

 いきなりの指摘に僕がドギマギしながらそれでも何とか昔習った貴族対応で顔と姿勢を整えて聞くと、使いの人は怪訝な顔をした。


「私はルパート・スタンリー伯爵令息に会いに来たのだが?」

「はい、私がルパートです」

「はああ??」


 どうにも態度のデカイお使いの人は、ぶしつけにも僕をジロジロと見回した。城に勤めていて、こうして何だか知らないけれどお使いに出されるような人なのだから、きっとどこかの貴族なのだろう。

 普通の貴族令息なら舞踏会やら狩りやらで社交界とのつながりがあるから、最低限貴族の家と家族構成は習うが、僕は家を出る前に貴族の家は覚えたけど家族構成までは覚えていない。どうせ家を追い出されるのだろうから必要もないと思っていた。

 しかも僕は外作業が多いので肌は日焼けしているし、手もあれている。良くも悪くもここでは見た目を気にする必要もないし、今も一応髪も整えはしたけど、元のボサボサ具合は隠せていない。

 まあ貴族令息には見えないよな、と納得していると、彼はため息をついて『本当に酷い屋敷だな、ここは』ともう一度言った。


 とりあえず話を聞くと、学院の植物を扱っている庭園でオーロラ・バルーンフラワーを見かけて、その美しさにほれ込んだという。それで王城に飾りたいという事だった。学院で開発者の名前を聞いたら僕だと言われたので、先ずは実家の方に先ぶれを出して、訪れたらしい。

 

「正式に訪れて、聖女候補だという卿の妹の紹介やら彼女のどうでもいい話に耐えて、オーロラ・バルーンフラワーの実物を見せてほしい、庭を見せてほしいと頼んだらはぐらかされた。それで問い詰めたら、卿は開発のためにこちらに移ったと聞かされたというわけだ」

「……はあ」

「──その様子ではその説明も嘘のようだな。まあ伯爵家の内情には興味がない。私は花を見せてもらえればいいのだから」

「庭で栽培しております。ご覧になりますか?」

「すぐに見たい!」


 という事で庭に連れて行ったら、それはもう目を輝かせて感動していた。オーロラ・バルーンフラワーが大量に咲いているだけで、もちろん壮観なのだが、この国ではオーロラ色を崇拝しているところがあるから、王家が目を付けるのは当然かもしれないのだが、そういう面倒から逃げるためもあって、ウィロウ先生の助言で一般には出していなかったのだ。まさか学院の畑に王族が来るとは考えなかったから、学院の中だけという約束で株分けをしたのだが。


 見つかってしまったものは仕方がない。その場で即、王城に卸す契約を結んだ。その際には王城と研究専用とする契約を結ばされた。希少価値が欲しいらしい。ついでに王城に飾るのにオーロラ・バルーンフラワーという命名も酷くないか? と指摘され、なんと「アウロラ・ヴェール」という名前を貰ったのだ。オーロラのヴェールをまとっているイメージだという。そこまで儚い花ではない─どころか十分に強い─けれど、語感が良い。オーロラ・バルーンフラワーという名前は見た目のまま付けた名前だから、思い入れがあるわけでもない。僕はそれを受け入れ、以降、アウロラ・ヴェールという名前になった。


 使者が帰ったあと、屋敷がボロイと指摘されたとトマスが僕の父に報告した。さすがに父も驚いたのだろう、すぐに資金を用意してくれた。おかげで門と玄関周りの塗装、客室とそこまでの通路を修繕することが出来て、何とか次に使いの人が来た時には体面は保たれた。

 その時には『屋敷は、少しはマシになったな』と言ってもらえて、トマスともども安堵したものだ。


 王城にアウロラ・ヴェールを卸したおかげで、貴族たちには虹色株が爆売れした。こちらは『アルクス・フロス』、虹色の花、という名前に改名した。

 これで、もともとのバルーンフワラーは庶民向けの花、虹色7色のアルクス・フロスが貴族向け、オーロラ色のアウロラ・ヴェールは王城御用達と区別がつくようになった。

 両方とも花としてはボッタクリ価格同然で販売しているのだが、マリオさんとウィロウ先生はこれでも安いと言う。その希少性も考えればさらに価格を上げてもいいとも言われている。なにせ今の所これらを生産しているのは僕たちだけだから、その値段でもアルクスフロスの予約待ちでいっぱいだ。


 とりあえず王城から提案された宝石並みの価格はお断りした。なにせ結局はただの花なのだから。値段も希少価値に入るそうだが、そんなところに国民の税金を使ってほしくない。それでも小さなアクセサリー並みの値段は付けている。それで十分すぎる。

 ただ、花が広まると同時に、代金は実家に振り込まれるようになってしまった。だから僕は王城に最初に卸した時の金額しか手にしていない。


 ある日、久しぶりに父親に呼び出されて、アウロラ・ヴェールとアルクス・フロスの売り上げを家に入れるようにと言われた。反論してみたが、僕はまだ父親の庇護の元で生活をしており、その稼ぎは領地経営のために使うべきであると言われれば、首肯するしかなかった。ついでに父親とは相変わらず話がかみ合わないし、学院高等学部へ行っているはずの妹まで出て来て大騒ぎとなる。まったく話にならず、いつも通りに頭ごなしに怒鳴られ、金泥棒とまで言われ、いう事をきかないのならあの屋敷からも追い出すと言われたのだ。

 今の僕の資金では、家はどうでも広い庭を手に入れる事は出来ない。また一から開墾するのも、堆肥を作り上げるのも、出来なくはないが、その間のアウロラ・ヴェールとアルクス・フロスはどうするのだと考えたら、いう事をきくしかなかった。

 もちろん全額渡すのではなく、必要経費は貰う事にした。本来の3割増しで請求したが、それは意外にもすんなりと許可された。それで我慢するしかない。


 その3割マシ分で開発費にも少しだけだが資金を回せた。トマス発案の香水の開発も進んでいる。バルーンフワラーの香りはまだ研究中だが、そのほかの花での香水開発には成功し、こちらも貴族中心に売れている。こちらも実家に半分売り上げを持っていかれたが、残りで使用人に臨時の給料を出すこともできた。もう少し資金が溜まれば、畑を手伝ってくれる人を雇えるかもしれない。


 バルーンフワラーの香水が完成しないのは、なかなか効き目が安定しないからだ。成分の中にリラックス効果がある事はわかったのだが、トマス以外にはその効果が殆どでないことが分かった。

 そのトマスは、穏やかな時と僕に対して怒鳴り散らしている時がある。特に父に会いに行った時など、帰ってきてしばらくは荒れている。屋敷中にバルーンフラワーの花が飾ってあっても、香水を使ってもそれはなかなか変わらない。

 まあ香水など香りを楽しめばよいので効能など無くても良いのだが、そう言って売りに出して、体質や病気によって妙に効果が出る人が現れても困るのだ。その原因の突き止めに時間がかかっている。


 とりあえずアウロラ・ヴェールとアルクス・フロスのおかげで資金が出来て、使用人達にも還元出来た。これで少しは僕の印象も良くなっているに違いない。


 園芸に舵を切ったのは本当に良かった。おかげであの家を出られた。学院高等学部にも通わずに済んだから、今は妹との接触もほとんどない。いまの屋敷の使用人達との関係も悪くはないはずだ。たぶん。トマスとは未だに会話がかみ合わないことがあるけれど、ウィロウ先生やマリオさん、他の使用人とは普通に会話ができているはずだ。これで断罪をまぬかれる事もできるだろう。せめて家を追い出される程度にはしてもらえるだろう。資金も少しずつだが溜まっているし、そうしたら自由な生活が待っているはずだ。


……そうだったらいいな。

 



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