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6:趣味の園芸

***


 3日後、マリオが提案したのは、植え込みがない前面に格子柄の目隠しの囲いになる鉄柵を使う事だった。囲いとしては一般的なものだが、それだと高さが腰くらいのもので、乗り越えられる可能性が高い。もう少し高さのあるものはないかと聞いたら、同じような格子柄の柵だけど、植物を絡めるのに使う縦の棒の鉄柵を紹介された。よく薔薇などが絡められているあの柵だ。縦棒だけなら中も良く見える。

 せっかく花を植えるのだから眺めたい。まさか妹もこれを登ろうとか倒そうとは考えないだろうし、彼女の友人も同様だろう。中が見えないように蔦植物を絡めることもできる。頑丈なものでなくてもいいが、万が一、妹が寄りかかっても倒れないものがいいと言ったら、マリオは少し考えて、通路と分けているレンガの内側を深めに掘って、そこにしっかりと固定し、更に柵自体にも補強してやればいいのではないかと提案してくれた。

 提示された金額は僕の小遣いの範囲でも何とかなりそうなので、それで頼んだ。設置には僕も手伝うというとやれやれと声に出して呆れられたが、邪魔にならないように気を付けなさいよと言いながら許可してくれた。

 その場にいたアーサーは苦虫を嚙み潰したような顔をし、トマスは盛大に文句を言っていたが、知った事ではない。


 4日で準備が整い、5日目の早朝に職人2人が縦柵をもってやってきた。僕も庭着に手袋で彼らを出迎え、僕が出来そうな部分だけで良いから手伝わせてほしいと頼んだ。反対されるかと思ったが、マリオが手を回してくれていて、嫌そうにではあったが許可をくれた。

 僕は彼らの指示でレンガの内側を深く掘った。ぼく一人ではなく職人の一人が教えてくれながら畑の右端と左端に分かれて真ん中に向かって掘り進めた。さすがに職人は早く、彼が2/3はやってくれた。その後は1メートル程度の幅のトレリスを運ぶ手伝いをし、それを立てて接地面に杭を打ち込む。僕は最初縦柵を押さえておくだけだったが、3枚ほどやり方を見せてもらって、その後は僕も打ち込ませてもらった。そして2枚立てたらその2枚を紐でつなぐ。その結び方も教えてもらった。そしてさらに大きな石で下を支え、その上に小石を詰める。それを職人2人と僕とマリオでどんどんと勧めていった。最終的に掘り起こした土をその上に入れて固めれば出来上がりだ。さらには補強の棒を縦柵本体に横や縦に入れ、地面にも支えを施す。

 時折休憩を挟みながらで、普段の朝食時から始めた作業が終わったのは昼過ぎだった。その頃には職人2人ともすっかり打ち解けて、貴族の坊ちゃんの割には頑張った、よくやったと大きな手で頭をぽんぽんと叩かれるほどだった。すぐに控えていたトマスが『頭が土まみれに!』と怒っていたけれど、その前に作業で全身土まみれだ。失礼な事を言うなと注意をしたら、職人たちに目を丸くされ、更にガハハと笑いながら僕の頭を叩くのだった。


 縦柵を建てた中央には、アーチ形で扉のついているアーチゲートを設置した。これでここから簡単に出入りできる。念のために扉は上まであるような高い物を選んだし、南京錠を2つ付けたし、少なくとも妹は入れまい。ここには花をまとわせてもいいなと思っている。


 出来た柵はアーサーを通じて父に確認してもらい、改めて花壇使用の許可をもらった。縦柵を父が押したり引いたりして強度も確かめたそうだ。これならば普通なら倒れないだろう、と父も納得してくれたそうだ。これで安心して花壇に臨める。

 

 この柵が出来るまでも僕はひたすらまだ耕していない部分を耕していた。妹に踏み荒らされた範囲は、柵の設置で掘り起こしたり踏まれるから、唯一芽が出ていなくて難を逃れたアスガスパラだけ掘り起こしただけで、手を付けなかった。

 妹は若芽をそれはそれは念入りに踏みつぶしてくれていた。どれだけ花に恨みがあるのだろうか、と思うほどに。特に他よりも大きかったバルーンフラワーはめちゃめちゃだった。だがもう邪魔はさせない。

 もともとあった植え込みは、高さが75センチだと聞いている。幅は30センチほどあり、乗り越えられなくはないけれど、貴族子息令嬢はやらないだろう高さと幅だ。これ以上高くすると中の花が見えにくいらしい。とはいえ入れなくするために僕は幅を50センチにしてもらうようにマリオに頼んだ。こればかりはすぐには出来ないけれど、バルーンフラワーを植えれば、植木よりは早くその幅にできる、それでやりましょうとマリオは確約してくれた。


 柵が出来て2日、僕は筋肉痛と疲れで庭作業をできなかったけれど、3日目には作業を再開した。改めて土を耕し直し、種を植えた。まだまだ手前の方しか植えていないけれど、奥の方も順調に耕し、野菜くずを穴に埋めては土を掛けている。その穴ももう3詰めだ。茶葉も同様に穴に埋めては土を掛けて発酵を促している。


 僕は先に種を貰って、マリオが使っている物置小屋の中で、箱に土をいれたところに種を撒いていた。花壇を荒らされてから10日経った今、そこには小さな芽がたくさん出ていた。それらをそっと掘り上げて、花壇に移す。

 柵の完成と共に、荒らされる前の花壇の状態に戻すことが出来た。さらに種類を増やしたくなって、マリオに相談している。そしてトレリスの建てかたから今までの作業のすべてを僕はノートに書き込んでいた。


 新生した庭は、その後、妹が入り込むこともなく、全部が花を咲かせた。特に肥料を入れた方の苗の成長は早かったし、普通の花の倍の大きさ以上に成長した。バルーンフラワーなど、植え込み代わりに植えたところは元の植え込みよりも背が高くなったし、丸い株がデン! とあるだけで侵入しようとは思わない出来だった。

 庭師マリオもこんなに成長が早く、大きな苗は初めてだと目を丸くしていたし、普通より大ぶりの花も見事に咲いた。肥料なしの普通株の小さめの花も可愛いが、大きい花を見るとまるで別ものに見える。

 面白くて僕はどんどんと苗を植えながら、肥料の分量の調節もし始めた。


 毎日が面白くて面白くて、講義時間以外は庭に出ていたし、部屋でも観察ノートをまとめ続けた。講師の一人がそれを面白がってくれて、いろいろと助言をくれたし、詳しい人も紹介してくれた。

 そのうち、広すぎると思っていた花壇は全面的に植物が植えられていた。とくに花壇を囲うように植えたバルーンフラワーは侵入を防ぐうえに見事に咲いて、自室からの眺めも素晴らしかった。

 もちろん普通の花もたくさん咲いている。肥料は入れればいいものではなく、やはり量の調整が必要だ。もう少し広い庭が欲しいと考えてはいるのだけど、父親は僕が庭作業をするのをよく思っていないので、それは無理そうだ。

 僕は植木鉢を使って自室でも植物を育て始めた。相変わらず妹が勝手に転んだり、花壇の植え込みに近づいてスカートを引っかけて泣いているけれど、もう僕は気にしなかった。


「うわーーん! スカートが破れたのぉぉぉおおお!!」

「花壇に近づくからだよ。どうせそのドレス、もう古くて作り替えるってこの間騒いでたものだろう? ちょうどいいから新しいのを作ってもらったらいいよ」

「いやああああ! 兄様が私のドレスを奪おうとする~~~~~~!」

「そんなもの欲しくないよ」


 そしていつも通り妹の侍女がすっ飛んできて彼女を抱きしめて僕を睨みつけ、部屋に連れて行き、僕はあとからお父様に呼び出されて大目玉を喰らう。


 それでも花壇を取られることはなかった。それで油断をしてしまったのだ。妹がこの程度で済ませることが無い事を忘れてしまったのだ。



******

 

「先生、月見草のレポートが書きあがりました」

「見せてください。……うん、安定的に株を増やすことにも成功してますね」

「はい、先生のご助言のおかげです!」


 僕は15歳になった。本来はゲームの舞台になる王立学院高等学部に入学する年だが、僕は入学すらしていない。何せ、10歳の時に家を追い出されたからだ。


 断罪される世界が始まる前に追放か!? と僕自身も思ったが、少し微妙な感じになっている。


 5年前、庭での花壇づくりを初めてから1年ほどして、いきなり家を追い出された。「お前みたいな者は貴族の子供とは認められん!」と父親に言われ、スタンリー伯爵家の領地の端の使われていない屋敷に追いやられたのだ。

 馬車で実家から片道3時間の距離のそこは、屋敷は古いが、開拓しがいのある広い庭があり、すっかり園芸にハマっていた僕には最高の場所だった。

 屋敷に着いて、庭を観に行って、思わず茫然とした僕にトマスが何か言おうとしたらしいが、僕は思わず大声で素晴らしい! と叫び、草だらけの庭を走り回り始めたのを、今度はトマスが唖然として見ていたそうだ。


 そう、家からはトマスが付いてきた。来なくていいと言ったのに、「あなたみたいな人を、一人にしておけるわけがないでしょう!」と怒鳴り散らしながら付いてきてしまった。父に命令された僕の監視役らしい。本当に来なくていいのにと思い切り本人の前でため息をついたら、真っ赤になって怒り始めた。まあさすがにこの態度は僕が悪かったなと謝ると、トマスも鼻息荒くも『いいですどね!』と許してくれた。

 あと、ありがたくもマリオがここの専属庭師になってくれた。これはトマスが僕がこの庭を開拓しようとしていると連絡してくれた結果のようだ。アーサーを通じて正式にこちらの庭の手入れにと専属庭師として雇われたのだ。

 さすがに僕にはまだ自分のお金がないので、人は雇えないし、マリオさんも呼べないとがっかりしていたのだが、僕の生活費全般を父親が持ってくれているので、家庭教師だった先生もこちらに来てくれている。使用人も最低限だが料理人と使用人も雇ってくれている。トマスは僕の従僕から、手が足りな過ぎて家令というか執事というか、そんな感じになって、屋敷の一切を取り仕切ってくれている。

 父親に追い出された割に、父親が生活には困らないようにしてくれている。それが非常に微妙だという点だ。

 

 僕が追い出された理由は、やはり妹だ。

 妹は相変わらず接触しなくても僕を悪役にして毎日父親に泣きついた。庭作業は純粋に楽しかった。自分が手掛けたものが育っていくさまが。だからいろいろと種類も増やした。そして綺麗に咲いた花を部屋から眺めたりして楽しんでいたが、そのうちにその花を妹が欲しがった。何に使われるかわからないし、安全性が保障できないから断ると「お兄様が意地悪をする」だ。

 柵で立ち入れないから、植え込みの方から花壇に侵入しようとしてドレスが破けただの、手をケガしただのもすべて僕のせい。それを妹が父に言いつけて、毎日のように父に「庭仕事なんぞ貴族令息のすることではない!」と叱られた。もちろん家庭教師との勉強時間は今まで通りこなしていた。その間はマリオが庭を見ていてくれたが、マリオでは伯爵令嬢の妹を止める事は出来ない。彼女の侍従やメイドはすべてローズのやりたいようにやらせるから、マリオはローズを見るとすぐにアーサーに知らせ、アーサーが注意に出向いた時にはすでに騒ぎになっている、という繰り返し。

 僕も誰もかれもうんざりしていたところに父からの追い出し命令だった。


「お前のように迷惑しか生まない者は、この家から追放する! 継承権もはく奪だ! だがお前も一応はこの家の者。ただ放り出してよそ様に迷惑をかけるわけにはいかない。だからお前は領地の端の屋敷に送る! 最低限の支援はしてやるが、家に迷惑を掛けたらその時点で援助は打ち切る! それとここには二度と戻ってくるな! 良いな!」


 正直ほっとした。あの妹と離れられるのだから。

 それにこの広い庭をすべて自分の自由にできるのだ。

 僕がくる前、3年ほどは放置されていたこの屋敷は、屋敷自体は埃が溜まっている程度で済んだが、庭は酷かった。植え込みは伸び放題、それ以外は草が伸び放題で、僕の背丈ほどもある場所もあった。

 僕は歓喜した。これ全部を僕が好きにしていいのだと。


 この庭の草は、刈り取って干して土に入れ込めば肥料になる。植え込みも剪定してそれを細かくすれば肥料にできる。そう、ここは肥料の宝庫なのだ。何せ肥料という概念のない常春状態の世界。いくら一般の家よりは茶葉が大量に出るとはいえ、落ち葉が極端にすくない世界で腐葉土を作るのは無理に近かった。それが大量にできる可能性があるのだ。耕すのは大変そうだが、1年の経験が僕を奮い起こした。それにどんな種類の植物も育てたい放題だ。ここなら僕の邪魔をする人物はいないのだから。


 そうして始まった園芸生活で、屋敷から運んできた植物をはじめ、僕は野草と薬草と野菜を育て始めた。ここでようやく育てたかった野菜に着手できた。将来の自立のための一歩だ。薬草は、使用人が売れますよと教えてくれたので、こちらも手に入りやすいものから育て始めた。

 意外な事に僕の育てる薬草は、肥料のおかげで普通の者よりも大きく太く、効能も強いと判明した。マリオがそれを見て植物の専門家のウィロウ先生を紹介してくれた。ウィロウ先生は僕の園芸ノートを見て絶句した。その後、専門書と薬草の種をたくさん持ってきてくれて、僕と一緒に畑を耕し、肥料を作って育てている。


 いまやこの屋敷の花壇部分の半分は薬草だ。残った半分の内の半分が観賞用の花で、残りは野菜となっている。ちなみに元の家の花壇は、僕が追い出されてすぐに設置した柵は取り払われ、その後は新しく来た庭師によってきれいに刈り取られて芝生に戻ったそうだ。半分の面積が妙に伸びが早く緑の濃い芝生になって、手入れが大変だと聞いている。それに今は妹も元花壇の芝生に入る事はないようだ。

 ちなみにいまだに妹は僕の名を出しては父に泣きついているそうだが、何せ僕本人がそこにいないのだし、意地悪をしに戻れる距離ではないのは誰にでもわかるので、さすがに僕の所まで父親の叱責が飛んでくることはなくなった。あの妹は一体、何なのだろうか。


 ここでの僕の1日は、6時に起きて朝食前に花壇の手入れをする。1時間半ほどで朝食の時間となるので一旦部屋に戻って着替えと手と顔を洗い(土だらけなので)、トマスやマリオさんや使用人達と一緒に朝食を戴く。いちいち別部屋に運んでもらうには使用人の人数が少ないので、少しでも彼らの負担を減らさなければと考えた結果だ。

 朝食後は午前中いっぱい家庭教師からの講義の時間となる。3教科を日替わりの教科で受ける。普通は授業が終わるたびに茶の時間を取るが、時間がもったいないので、先生の入れ替わりとトイレ休憩くらいしかとっていない。園芸を始めてからはこの講義も園芸にかかわってくると分かったので、非常に楽しく学んでいる。

 講義が終わると昼御飯だ。講義の先生方も一緒に、これも全員で同じ厨房横の従業員食堂でいただく。ここでの食事で使われる野菜の一部は、僕の育てたもので非常に好評だった。もう少し畑の面積を増やすべきか、マリオとも相談中だ。しかしそれにはあれこれ育てすぎて手が足りないのが悩みだが。


 昼食後は週に3日ウィロウ先生が来てくださるので、講義を受けたり、花壇と畑の様子を見てもらい助言を受ける。今も食事で出た野菜くずや茶葉も毎日集めて穴に埋めて発酵させている。ここの屋敷の分だけではなく、7日に1回は実家からの茶葉と野菜くずも届くのがありがたい。あちらはゴミが減ると喜んでいるし、ゴミを僕に押し付けるという嫌がらせをしているようだが、僕はただただありがたい。

 

 庭は2年かけてすべて開墾した。植え込みはマリオさんにお任せだったが、彼が刈り込んだ枝葉は僕が運んで庭の一角に積み上げておいた。時間があるときに細かくして土に埋め、2年で素晴らしいたい肥になって、今大活躍している。1年間の園芸生活で、茶葉と野菜くずの肥料が非常に効果があると結論が出ていた。ただ与えすぎても良くない。結果の出やすい野菜を使って、1年かけてその配合を調べ上げた。

 夕飯後には1日の作業と、その時に育てている作物の日記をつけ続けている。ウィロウ先生はそれを時間をかけてすべて読み込んでくれた。そして今も助言をくれている。


「ルパート君、これとこれ、あとこれを種まきから収穫まで、肥料の使い方を含めてすべてまとめておきなさい」

「はい、わかりました」

「前回のレポートは良い評価がもらえているよ。それに君のおかげで今まで栽培が不能と言われていた蝶星彩を、花壇で栽培できるようになったのは、非常に大きな功績だよ」

「ありがとうございます。あれは先生のご助言のおかげですよ」


 蝶星花ちょうせいかとは、夜になると花びらが星屑のように光り、蝶が舞うような幻想的な動きを見せる植物だ。15センチ程度の高さの花だが、森の奥などでひっそり咲いている幻の花と呼ばれていたもので、苗をウィロウ先生が知り合いから2株貰ってきてくれた。

 植物を研究している人たちが、希少植物を育てあうという企画があるらしい。元々人による栽培が難しいと言われている花なので、失敗しても気にしなくていいというので、ありがたくいただいた。

 

 もともと森の奥で咲いているならと、ぼくはそれを木陰の涼しい場所に植えてみた。さらに森ならば葉っぱ系のたい肥が合うに違いないと、茶葉と草刈りで細かくした草のたい肥に使ったら、定着してくれた上に花の後に種が採れた。球根だと思われていたのに、球根が増えるだけでなく種まで取れて、先生と仰天したものだ。ちなみに野菜くずの肥料ではだめだった。

 どうやらこの花はチュリプなどと同じように球根と種で増える種類らしい。温暖な気候で、1年で驚くほどに増えた。夜になるとその一角が光ってそれは美しい光景が見られるようになったほどに。

 増えた株のいくつかとそのレポートを先生に渡して、先生が講師を務めている学院でもレポートをもとに栽培をしている。

 さらに先生の研究でこの花には、人を気持ちを前向きにさせる効果があることが判明し、学院と僕とで薬草としての使い方を研究中だ。ちなみに花を水に浮かべるとぼんやりと光って、ファンタジー世界にぴったりなほどに美しい。これを夜の灯代わりに僕は使っている。


 庭の野菜も、肥料のおかげで素人が作っても大きくて味が良い。使用人達にも大好評で、獲れすぎた時には彼らに持ち帰ってもらって、それでも余った野菜は近くの町で売りに出している。

 肥料を使えば大きくなるが、入れすぎると割れてしまったり、味がぼやけてしまう。この配合を見つけるのに1年かけた。おかげで今は大きくて美味しい野菜が出来るようになった。

 しかし研究のために多く作っている野菜は使いきれないことが多い。そこで領主の家族特権で、近くの町の出店通りに不定期で店を出させてもらっている。休日なら僕が店先に立つこともある。なにせすっかりそばかすだらけの日焼けして髪もボサボサの僕が、仕事着で立っていれば、領主の息子とは気が付かれない。


 肥料のおかげでどこの野菜よりも大きく美味しい僕の野菜たちは、店に出せばあっという間に完売した。

しかしうちだけ売れれば他の野菜農家の不況を買う。先生方の助言で、不定期にしか並ばないし、値段も他よりは高く設定して、周りの野菜屋さんの敵意を買いにくくはした。また、どうやって育てているのかと聞いてきた農家さんには、肥料を渡して育て方を教えていった。教えるために出向いた集落で聞いた農家の現状や、不足している野菜を考慮して、育ちにくい野菜は僕が研究の一つに加えて、うまく育てばその育て方を農家さんに伝えている。肥料の作り方も伝授した。

 おかげで2年もすると、僕の屋敷周辺の町の農作物は味が良いと評判になって、売り上げも増えて農家さんやお店にも喜ばれるようになった。

 ちなみに僕が育てた野菜よりも、さすがに農家さんが育てたものの方が美味しかった。これはもう本職に任せるべきだと、家での野菜作りは最低限にして、最近の僕の店では花と薬草を主にするようになっている。その農家さんが屋敷に自分たちの作った農作物を届けてくれるので、食費が非常に助かっている。


 そんな風に過ごしていて、15歳になる今年の春には、一応規定通りに王立学院高等学部の入学試験も受けたのだが、父親から入学式前に「入学試験で不合格だったぞ!! 今年落ちたのはお前だけだし、しかも歴代最低点だったそうだ!! お前みたいな出来損ないは人前に出すわけにはいかない。そこに引きこもっていろ!」と命令が来たので、ありがたく引きこもっている。

 僕としてはほとんどできたとは思うのだけど、違ったようだ。記憶していた問題を家で家庭教師の皆さんにも見ていただいて、少なくとも合格点は確実に突破しているはずだったのだが。

 だが正式な通告で不合格ならば仕方がない。未来の夢では今年13歳の妹が、来年には14歳で飛び級で主席入学してくるはずだから、行かなくていいのならありがたいだけだ。


 その妹は家庭教師からもマナー講師からも天才少女として扱われている。僕がいない分、騒ぎを起こすことも少なくなり、毎日を楽しんでいるようだ。たまにここに来たがっているようだが、それはアーサーが止めてくれている。


 そしてこちらに来たらトマス以外の人には、僕の言葉がそのまま伝わるようになった。相変わらずトマスは僕がしゃべるたびに僕の態度が悪いと怒ってくるが、周りはそんなトマスを奇妙なものを見る顔で見ているし、実際に『トマスさんは一体何を言っているのですか』と僕に直接言ってくることもある。僕は『彼はあれで良いんだよ』と答えているので、頓珍漢な彼と僕の会話も、今はみんなが慣れてくれている。何よりもちゃんと会話を交わせることが嬉しい。物凄いストレスだったから。


 だからここでの生活は、僕にとっては天国だった。


バルーンフラワーのイメージは、コキアに白や赤の花がたくさんついているもの、です。

まん丸く、小さくも大きくも育つコキア。肥料を入れると大きくなる、と思っていただければ。

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