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3:ルパートの未来

***


「ルパート・スタンリー! お前は自分の妹である聖女、ローズ・スタンリーにたびたび危害を加えた! よって、お前を断罪する!」


 高等部卒業を1週間後に控えたその日、王城の一角、迎賓室の大部屋の一つで開かれる卒業生による舞踏会にて、第2王子レイモンド・ヴィクター・ロイドの友人たちに拘束され、レイモンド王子の前に引きずり出されて、僕、ルパートは今の宣言を受けた。


 卒業生として出席しなければならず、会場の壁際に隠れるようにしていた僕を、同級生たちがいきなり取り囲んで無理やり会場の上座に当たる部分まで乱暴に連れていかれ、彼らが僕から離れた時に、天才剣士でレイモンド王子の護衛であるガレス・アルデンに腹を殴られ、うずくまったところを後ろからのしかかられ、床に押さえ込まれた。その状態でレイモンド王子の声が響き渡ったのだ。僕は必死に弁明する。

 

「僕は何もしていない!」

「そんな嘘がまかり通ると思うのか! 証拠も目撃者も山ほどあるんだ!」

「ぼ、僕は悪くない! だいたいそいつが! ローズが悪いんだ!」

「王子、こんなやつの言う事を聞いてやる必要はありません! この場で処刑しましょう!」


 宰相の三男、クラレンス・グレイがため息交じりにいきなり乱暴な事を言う。僕はガレスに押さえつけられて身動き一つ出来ない。その僕を彼らが見下してくる。屈辱的な体勢に、僕の体は怒りに震えた。


「王子、こいつの作った毒薬を飲ませましょう! ローズを苦しめようとしたようにね!」


 そう眼鏡の縁を光らせながら言ったのは、1年生の医者の息子エリオット・ヴァレンだ。僕は思わず息を飲む。


「そ、そんなもの、僕は知らない!」

「お前が黒菫草くろすみれそうの毒を手に入れたことはわかっているんだ! それを紅茶に入れてローズに飲ませようとしたな! 幸い発見が早く飲まずに済んだ!」

「の、飲ませようなんてしてない! ただ部屋に置いておいただけ……あっ」

「ようやく認めたな!」


 思わず出てしまった言葉に、レイモンド王子が勝ち誇ったように言った。

これ見よがしに置いておいたのは嫌がらせだ。怖がって家を出てくれれば万々歳だし、嘘だと思って飲めばそれでいいし、飲んだとしても僕はここに参加しているから、僕には出来ないと証明できると思ったのに。


「お前がどれだけ否定しようと、すでに全ての調べは付いているんだ。入学試験でも本来は最低点で不合格だったはずなのに、講師を脅して合格点に書き換えさせたな。そんな小細工をして入学しても、結局は万年最下位で恥をさらしただけだが」

「その上、ローズに危害をくわえようと虎視眈々と狙っていたな!」

「そうして実際にローズ嬢に危害を加えた!」

「どうしようもない悪人め!」


 妹の友人たちが口々に僕をののしる。周りの卒業生たちも同様に僕を口汚くののしっている。誰も僕を助けてくれようという人はいない。


 レイモンド王子がずいと前に出てきた。その背後に半分隠れ、腕にしがみついているローズも戸惑いながら出てきた。僕は力の限り彼女をにらみつける。


「お前が! お前さえいなければ! お前が家に来たせいで僕の輝かしい未来は絶たれたんだ! 全部お前のせいだ! 返せ! 僕の未来を返せ!」


 彼女が来なければ、家族の愛情は自分一人のものだった。関心も、賞賛も、我儘も、小遣いも。彼女が来たとたんに、それらが全てそちらに向いてしまった。誰も僕の言葉を聴いてくれなくなった。僕が何をしても見てもくれない。僕を愛してと叫んでも、誰も振り向いてくれなくなった。僕の家族は僕のものなのに、彼女のものになってしまった。それを返してもらいたかっただけだ。


「ルパート・スタンリー! 聖女への殺人未遂を複数回繰り返したお前には、本来は斬首刑が相応しいが、聖女の兄であることを鑑みて、名誉ある死を賜ってやる。さあ、これを、飲め!」

「い、いやだ!」


 僕の叫びに、第2王子の陰に隠れて悲壮な顔をしている妹が涙を流してつぶやいた


「兄様……。気の毒な人……。最初は悪役を演じているのかと思っていたのだけれど、本当に私の命を狙っていたのね。私を虐めることでしか、ご自分の存在意義を持てなかったのね……」

「お前のせいで! お前がいなければ全て解決したのに!!」


 第2王子は首を振り、医者の息子エリオットに指示し、毒が入っているという杯をもって近づいてきた。僕はもがくが、剣士の力には敵わない。

 眼前に杯が近づく。さらには僕の口を開けようと宰相の息子クラレンスが僕の顎をつかんで無理やり流し込んできた。吐きだそうとする前に口と鼻を押さえられ、さらには腹を殴られ、その拍子に飲み込んでしまった。


 喉が焼けるように熱い! 胸が、腹が熱い! 目の前が真っ赤に見える。ゲホッと咳が出ると同時に、僕は血を吐いた。何度も何度も血を吐いた。ようやく体の拘束が解かれたときには、呼吸も苦しくなって僕は膝をつき、喉をかきむしった。 


 こんなはずではなかったのに。ローズが憎くて憎くて。すべてを奪ったローズを家から追い出したかった。


 確かに多少の意地悪はした。優秀な彼女の試験勉強を邪魔するべく教科書やノートを隠したり、学院へ行かせないために、学院で制服を汚した。だがすぐに使用人達に見つけられたし、制服は予備があったから問題なかった。汚れも使用人が落としたはずだ。

 多少の怪我をすれば怯えて魔法研究省へ行くのではと、家の中を歩いている彼女の足を引っかけて転ばせたこともある。だが毛足の長い絨毯があるところだから、打ち身ぐらいにしかならない。この国の聖女を殺すわけにはいかない。そのくらいは僕も理解している。


 最後にこれ見よがしに置いた毒の瓶の脅しで、おとなしく家から出ていけばよかったのだ。大体、聖女なのだから、さっさと魔法研究省に入ればよかったのだ。本来なら15歳までには魔法研究省に入省しなければいけないのに、その前に高等学部に入学してきて、そのまま何故か聖女修行に入らないでいる。

 あいつが修行に入れば、家さえ出て行けば、きっと家族は僕をまた愛してくれる。それだけを希望にずっと我慢していたのに。


 アイツが悪いのに、どうして僕が死ななければならないんだ! いやだ! いやだ! 死にたくない!! だれか、助けて! こんな運命はいやだ! ……助けて、お父様、お母様! 僕を、見捨てないで……!



 しばらくすると、天に向かって伸ばされていたルパートの手が、パタリと落ちた。もがき苦しんだその顔は赤黒く染まり、口元には泡もついている。


 医者の息子エリオットがルパートに近寄り、その手首を取り、レイモンド王子に頷いた。ローズが泣き崩れる隣で、王子は渋面で参加者に宣言した。


「聖女を妬み、その能力を妨げていた極悪人令息は、ここに倒れた。これで聖女ローズの憂いも晴れ、今後はその能力を十二分に発揮できるだろう!」




*****




 ハッと息を吸って、僕は目を開けた。


「ルパート様? 気が付かれたんですか?」


 声が聞こえた方を見ると、いつものベッドの脇から侍従のトーマスが覗き込んでいるのが見える。彼はあからさまにため息をついて、すぐに扉の方へと走り、少し開けてそこにいたらしい使用人に僕が起きたことを伝えながら部屋を出て行った。


 ドキドキと胸が煩くなっている。僕は重い腕を動かして手の甲側の手首を額に乗せた。冷たいような熱いような感覚がある。

 混乱した頭で現状を認識しようとして、すぐに思いだした。そうだ、父親に殴られて頭をぶつけて気を失ったんだった。


 どうやらその間に夢を見ていたらしい。僕が妹を憎むあまり、彼女を追い出そうとして自分が殺される夢だ。


 ──いや違う。あれは夢ではない。


 あれは僕がこのまま成長したら訪れる未来だ。直感的に気が付いて、全身が恐怖で震え、めまいを覚えた。なんだか喉もおなかも痛い気がするが、何よりも記憶が混乱している。先ほどの未来の夢と現実が混じってしまっているようだ。自分の歳が9歳なのか18歳なのかもわからなくなっている。──今のうちに、現在の状況を整理しておこう。

 

 この国はオーロラという夜空に舞う神秘のヴェールに彩られた国で、オーロラを崇め奉り、オーロラこそ美の象徴と捉える国だ。そしてオーロラの色を持つ魔法を使える者を聖人・聖女と呼び、彼らは絶大な信頼と力を持っている。

 

 僕は現在9歳。そして妹のローズ・スタンリー7歳が、そのオーロラの聖女だと言われている。現在の僕は、2年前に来たおかしな妹を苦々しく思っていて、出来る限り僕に近づいてほしくないと思っている。


 ローズは平民の子だが、2年前の5歳の時に本当の父親の病気を魔法の力で治し、その際に魔力の色が確認されたという事で、聖女の力と仮認定されて聖女候補となった。仮認定なのは、まだ妹が幼いからだ。それに治した症例が1件だけでは判断がつきにくいから、らしい。

 聖女と確定したら、10歳から14歳までに魔法研究省に入省して、修業開始となる。ローズはまだ幼いし、聖女は将来的に貴族や王族と顔を合わせる存在となるので、平民の子供の場合、貴族教育のために貴族の家で一時的に預かる事となっている。ちょうど当家、スタンリー伯爵家が子供の数も少ないし、僕と歳も近いし、政治的にもなんたらで選ばれ、妹となったのだ。


 先ほど見た夢では、優秀なローズは何故か年齢を過ぎても魔法研究省には行かずに、貴族の子供が通う王立学院に通い、そこで王子や大臣の息子たちと出会い、青春を謳歌していた。僕はそんな妹に嫉妬し、彼女を排除しようとつけ狙っていたが、家族と使用人に防がれて成功はしていない。そしてバレるたびに手酷い罰を受けていた。鞭で叩かれたり部屋に閉じ込められて食事を抜かれたり。それで更生するどころかさらに妹を憎み、ほとんど部屋に引きこもりの状態で毎日虎視眈々と排除する機会を狙い続けていた。


 そして先ほど見た断罪の場面は、僕がこのまま妹を憎み続けた世界の未来なのだろう。


 今の僕は、今のところはそれほど妹を憎んでなどいない。だが妹が来てから何故か僕の言動はすべて、周りには悪意のあるものとして認識されるようになっている。だからどんどんと妹が疎ましく思っている最中だ。

 今回父に殴られたのもそうだ。ローズが廊下で一人で転んで、僕は偶然にもその場に居合わせ、周りの無言の圧力もあって仕方がなく彼女を助け起こした。そうしたらローズが泣きわめいて父親の部屋に飛び込み、僕に転ばされたと訴えた。そして僕が呼びつけられ、やってないと言ったら、生意気な口をきくなと殴られた。


 周りに目撃者はいないのかって? いるさ。トマスに執事のアーチャー。それに使用人達。彼らは僕と一緒にその場面を目撃していた。でも全員が同じように、僕がローズを転ばせて笑い飛ばしたと言うのだ。

 それならば起こさなければよかったのでは、と思うかもしれない。だがそうすると今度は転んだのをみて馬鹿にして笑っていた、などと変換され、結局ローズは父に泣きつき、僕は叱られる。


 ずっと不思議に思っていた。どうしてこんなことになるのだろうと。

だけど、あの未来の夢を見て腑に落ちた。あれは僕の未来なのだ。変えることの出来ない、僕の未来。

 何故だかはわからないけれど、そう確信出来てしまった。あれは予知夢というものだ。少なくともこのまま僕が妹を恨み続けたら、確実に僕に訪れる未来。


 その時、乱暴に扉がノックされ、僕が返事をする前に乱暴に開けられた。横目で見れば焦っている様子のトマスが入ってくるのが見える。後ろにいるのは医者と、執事のアーサーか。


「ルパート様、あなた、3日も寝ていたんですよ。あなたが何と言おうと診察してもらいますからね!」

「3日……?」


 そんなに経っているのかと驚くと、トマスはその目を吊り上げた。


「文句言わないでくださいよ! いくら声を掛けても目を覚まされなかったんですから!」

「トマス君、患者に大きな声を出すものではないよ。退きなさい。ルパート様、診察をさせていただきますね」

「……はい」

「いちいち文句言わない!」


 僕は何も言っていないのに、トマスがまた大きな声を出す。僕と医者は同時にため息をついて、医者は聴診器と手で僕の診察を始めた。


 僕は目を閉じ、身じろぎもせずに医者の診察を受けていた。寝巻きの前を開かれて聴診器を当てられ、触診であちこち触られても何も言わなかった。なのに薄目を開けてみればトマスは横で僕を睨みつけているし、執事のアーサーもこっそりため息をついている。彼らにはこの状態がどう見えているのだろう。

 多少記憶の混乱が収まったら、めまいも治まったようだ。僕の視線に気が付いたのか、医者は何も表情を浮かべずに、しかしやさしく僕に問いかけてくれた。


「ルパート様、頭痛はしますか?」

「いいえ、しません」

「めまいや耳鳴りはしますか?」

「ありません」

「そうですか。では起き上がってください。後頭部を診ます」


 医者が背中に手を添えてくれながら、ゆっくりと上半身を起こす。トマスがすぐにクッションを背中に当ててくれる。僕の『暴言』にさらされながらも、仕事は放棄しない。


「まだ腫れていますね。でも出血は止まっていますし、頭痛もめまいもないのなら大丈夫でしょう。食欲は? あまりない? でも3日も食べてないのですから、少しで良いので食べてください。それから、少しでも気分が悪くなったらすぐに知らせてください。頭の怪我は、あとから来ることもありますからね」

「はい。ありがとうございました」

「いちいち憎まれ口をきかない! それにちゃんと先生のいう事をきいてくださいよ!」


 また怒られた。先生も呆れた顔をしている。いくらこれが日常とはいえ、そして理由がわかっても、だからと言って嬉しいものではない。先生が部屋から出て行ってから、僕は寝る、と言ってクッションを投げやりに背中から動かして、そのまま皆に背中を向けるように横になった。慌ててトマスがクッションを整える。


「寝るから、みんな出て行って」

「食事はどうするんです」

「部屋に置いておいてくれれば食べる」

「先生に食事をするように言われたでしょうに……。はあ、ああはい、わかりましたよ! 置いておけばいいんですね!」


 僕はいつもよりぶっきらぼうに言ってみた。だが周りの反応は特にない。という事はいつもこんな言い方で伝わっているのだろうか。考えていると、パタンと扉が閉まる音が聞こえてきた。振り向いて部屋を確認するが、誰もいない。ちゃんと全員出て行ってくれたようだ。まあこんな僕に積極的にかかわってくれるのは、今やトマスくらいなのだけど。

 

 そのままうつ伏せになると、つつ、と涙がこぼれてきた。


 僕だって傷つかないわけじゃない。ずっと、何度も説明してきた。そんな事は言っていないって。でも誰も聞いてくれないばかりか、言えば言うほど僕の言葉は悪く聞こえるらしい。

 今の侍従のトマスとのやり取りがそうだ。僕は「3日?」と期間を確認しただけ、その後は「はい」と医者に同意しただけなのに、トマスにはそれが文句に聞こえるらしい。これはトマスだけではなく、この家の全員にそう聞こえている。

 だから僕は必要最低限しか話さなくなった。それでも全て違う言動に変換されてしまうようで、今やお父様の口癖は「どうしてお前はそんな生意気な口しか聞けないんだ!」だ。

 それでも僕は、だからこそ丁寧な言葉を心掛けてきた。いつかちゃんと聞こえてくれる日が来ると信じて、妹だけは別だけど、他の人にはですます調の敬体(けいたいで話している。

 それでもお父様には僕の言葉遣いは乱暴でぶっきらぼうだと、いつも怒られる。長々と説教をされて、最後には「ローズを見習え」だ。彼女の方が全員に普通に話しているのに。


 涙が止まらない。タオルを用意しておいてもらえばよかった。枕を濡らしたら、なんて文句を言われるか。


 今まではまだ希望があった。いつかはきっと、僕の言葉が通じる日が来ると信じていた。

 

 だけどわかってしまった。僕がどんなに丁寧に接しようと、礼儀正しくしていようと、あれが僕の未来である以上、誰にも僕の言葉など通じる日は来ないのだ。だからこそ未来の僕は、あれほどに妹を憎み、排除しようとしてしまったのだ。


 悲しくて悲しくて、僕は布団をかぶって泣いた。泣いていたってきっと、部屋で暴れていたことにされるのだろうから、せめてふて寝してたくらいで済むように、布団をかぶって枕を抱きしめて、寝巻の裾を口にくわえて声を殺して泣いた。


 散々泣いて、なんとか落ち着いた頃にパンがゆが運ばれてきた。ノックの音にかすれた声で何とか返事をして、布団をかぶって背を向けていると、扉が開いた音、ワゴンを運んでくる気配がして、ここに置いていきますとメイドの声がして、また扉が閉まる音がした。


 布団をずらしてみてみれば、部屋には誰もおらず、ワゴンだけがテーブルの側に置いてある。

 普通、幾ら置いて言ってくれればいいと言ってもテーブルの上に乗せて行ってくれることぐらいはしないか? なのに本当に、ワゴンのまま放置されている。


 正直言って食欲は全くなかった。3日間寝ていたとはいえ、その間、頭の中では未来の世界を延々と体感しており、全く休んだ気がしない。それどころか混乱の極みだ。

 全く食欲はないが、これで食べなかったらまた「ルパート様はわがままだ」と文句を言われてしまう。せっかく作ってもらったのだし少しだけでも食べなければ。

 そう思ってベッドから起きだして、ふらつく体でワゴンに近づく。3日も食事をとっていなければ当然か。しかも今はもう昼も過ぎたおやつの時間だ。

 

 クローシュを取ってから皿をテーブルに移す。普通の令息は皿など持つことは無いのだが、僕は時折こうして食事を置いて行かれるので、自分で持つこともできるし、カトラリーだって並べられる。


 座ってパンがゆを口に運べば、僕の好みの甘めの味に作られている。こういう、大嫌いな僕のためでも仕事をきちんとしてくれるところは良いなと思う。だからいつも部屋で食事をとるときには毎回『美味しかった』と伝えているのだが、トマスが「どうしてそういう憎まれ口を……!」と青筋を立てているので、きっと真逆の意味に伝わっているのだろう。


 大体今回僕が父親に怒られたのだって、僕には全く落ち度はない。僕は妹の近くすら歩いていなかった。僕は部屋を出たばかりで、妹も自室から出てきたところだ。


 この屋敷では僕が妹を虐めている認識になっているから、僕たちが接触しないように管理されている。僕は別室での講義に時間になったために自室を出たが、その直前にトマスたちが廊下を確認する。もちろん僕の行動時間は妹の侍従たちも知っているので、この時間にこの付近にはいるはずがない。

 にもかかわらず、トマスが出て確認して、僕が出たとたんに妹が自室から現れた。思わず僕たちはその場で固まり、ついで僕は急いで部屋に戻ろうとした。その瞬間に、妹が勝手に転んだのだ。


 これが真相なのに、僕以外の中では僕が妹を転ばせたことになっているのだ。これが日常茶飯事におきる。妹に関してが一番多いけれど、僕の言動はすべてにおいて僕が悪役になるように変換されている。僕はずっと、そんな事はしていないと否定しているが、誰も聞いてくれない。


 それでも、いつかはきっとわかってくれる。その為にも、絶対に乱暴な言動はしない、と頑張ってきた。


 だけど、それらはすべて無意味だったのだ。きっとあの妹が家に来た時点で、僕の未来は決まってしまったのだから。


 パンがゆにぽたぽたと涙が落ちる。


 いくら何でも酷いじゃないか。努力しようが何をしようが、僕は殺される運命だなんて。今までの我慢は、努力は一体何だったんだ。

 

 うっく、ひっくとこらえきれない声を漏らしながら、なんとかパンがゆを口に運ぶ。少しでも食べないとみんなに文句を言われる。食べても、きっと妹を虐めておきながらふてぶてしいなどと言われるけれど。


 そこで夢で妹に言われた言葉を思い出した。『悪役を演じていると思っていた』。

 ああそうか、僕は悪役なのだ。妹を虐め、妹の邪魔をする悪役。庶民向け小説で読んだことがある。嫉妬心から恋敵を虐める悪役がいた。愚かなまでに対象を虐めぬく存在。悪役令嬢とか悪役令息と言われていたそれが、未来の僕なのだ。


 だったらもういいか。どうやっても悪くしか思われないのなら、どうせ殺されるのなら、周りの事なんて気にしなくていい。好きな事を好きなようにやればいいんじゃないのか。それなら少しは耐えられそうだ。


 何をどうやったって、どうせ僕は、悪役令息なんだから。


 僕はパンがゆを半分以上残したまま、ベッドに戻って布団の中にもぐりこんだ。

 

 一体僕が何をしたというのだ。伯爵令息として相応しい存在になるために、物心ついた時から厳しい教育を受け、使用人達とも仲良く過ごすように心掛けていた。妹がやってきてすべて人々の関心がそちらに向こうとも、ずっと頑張ってきた。

 何がどうなっているのかとずっとずっと悩んできたのだが、僕の未来は決まっていたのだ。何をしようと僕は悪役になる運命なのだ。


 もういい。それならそれで、僕は好きに生きてやる。そうだ、何か勉強でも何でもない、好きな事を見つけてやってみよう。今までは怒られることに怯えていたが、未来が決まっているのなら、もうどうでもいい。


 どうせ殺されるなら、あんな妹に執着することなく、せめて好きな事をしよう。

 

 すんすんと泣きながら、僕は布団の中でそう、決意したのだった。




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