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2:妹が家に来た



「ずるい! ローズばっかり褒められて、ずるい! あんなの出来て当たり前の事ばかりじゃないか!」

「ルパート様、ローズ様はまだ5歳で、しかもマナーを習い始めたばかりなんです。それであれだけ完璧に出来ているんですから、そりゃあ褒められもしますよ」

「完璧? どこが!? 確かにスープはスプーンを使って飲むようにはなったさ。ここに来たばかりの時は皿を持ち上げて直接飲んだから、そこは進歩だよ。でもズズズと音をさせて飲んだじゃないか! しかもそれも零して! それを完璧?」

「音なんてさせていませんよ。零してもいませんでした。零してたのはルパート様でしょう? 7歳にもなって何をなさっているんです」

「僕がこぼすわけがないだろう!」

「いーえ、ローズ様を睨んでて、スプーンから一滴、皿に落ちました」

「うっ」


 意識していなかったけれど、そんな事はあったかもしれない。だけどそれと、スプーンからドボドボこぼしながら、口をとがらせてスプーンからズズズズと吸うのと、どちらがマナー違反だというのか。

 しかもその状況を見ていた父も母も、ローズに「上手になったでしょう?」と聞かれて、「そうだね、ローズはマナーがとても良くなったね、素晴らしいね」と微笑みながら言ったのだ。あの音を聞きながら! 

 たしかにローズは先日まで平民で、3か月前にこの家の養女になったばかりだ。最初は僕も可愛い妹が出来たと喜んでいたけれど、あまりの酷さに興ざめしてしまった。

 それでも妹はこの家に来るまでは食事のマナーなんて全く知らなかったのだから、スープにスプーンを使っただけでも進歩だ。それは認める。スプーンで飲もうとしている努力も。でもあれは大げさに褒められるようなものではない。


「カトラリーだって何度も落として!」

「慣れてないんだから仕方がないでしょう? それに落としたのは一度だけですよ」


 いいや、3回落とした。スープの時、メインの時、デザートの時! なんでトマスはそれを認めないのか。

 食事だけじゃない。彼女はとにかくガサツすぎる。部屋の扉をノックするのだって、力の限り叩く。しゃべる声も大きい。身振り手振りも大きい。それを僕が指摘すると大声で泣き始めるのだ。


「ルパート様だって少し前まではマナーがなってなかったでしょう? 2歳も年下で、育った環境が全く違うんですから、やさしく見守ってくださいよ」

「分かっているから見守ってるじゃないか! だけど注意しただけで大泣きするし、僕を悪く言うし!」

「そりゃルパート様が叱りつけるからでしょう? 相手は女の子なんだし、もう少し優しさを持ってくださいよ」


 僕は声を荒げてなどいない。扉が壊されるかと思ったノックの後、僕が返事をする前に彼女がいきなり入ってきた。扉を開けた使用人も使用人だが、外から『早く開けて!』という声が聞こえてきたから、使用人も仕方がなく開けたのだろう。


「おにいさま! あそびましょう!」

「ローズ、扉のノックはもっと小さく軽くで良いんだよ。コンコン、くらいでね。そして僕の返事を聞いてから使用人に扉を開けてもらうんだよ」

「えっ……。だって、ローズ、しらなくて」

「うん、だから次からそうしてくれるかな。それと、僕はこれから講義の時間だから遊べないよ、ごめんね」


 次の瞬間、ローズは火が付いたように泣き出した。ギャーーー! というその声に思わず耳をふさぐ。すぐに執事のアーサーと、侍女頭が飛び込んできた。


「ローズ様、どうなさったのですか?」

「おにいさまがいじめるーーーーーー!!」

「はあ? 僕はいじめてないよ! 何を言っているんだローズ?」

「うわーーーーん!!!」


 そして侍女頭が僕を睨みつけながらローズを抱きしめて宥め、部屋の外に連れていく。アーサーが「ローズ様はまだ幼くて、感情の制御が出来ないのです。優しく接してください」と言って一礼して出て行った。


 この後、僕は両親に呼び出されて注意を受けた。「兄になったのだから、妹には優しくしなさい」と。あれ以上どう優しく言えと? と反論してみたが、お父様は失望した表情でため息をついた。


「ルパート。お前は甘やかしすぎたかもしれないな。きょうだいがいなかったから接し方がわからないのかもしれないが、今のような態度のままだったら、いろいろと考えなければならないかもしれないぞ」

「お父様、それはどういうことですか?」

「お前は自分がこの家を継ぐと思っているだろう? だがそれには人の心がわからなければいけない。傍

若無人ではいけないんだ。剣技は不得意でもいい。でも人として上に立つ人間でなければいけない。今のお前にはその資格がない状態だ。それを身に着けなければこの家は継がせられない。兄弟がいないからと安心するなよ。適性がなければ親戚から養子を貰ってもいいのだから。それにローズは将来は魔法教会に入るとはいえ、彼女にだってこの家を継ぐ資格はあるんだ。そうだな、彼女の方が適性があるかもしれないな」


 僕は衝撃を受けた。家を継げない事ではない。僕には跡取りの資格がないと言われた事に。毎日遊びたいのを我慢してマナー講義を受け、勉強をして、たくさん本を読んで。

 子供同士のお茶会にも積極的に参加して、他の人のマナーを見て、良い所はマネをして、自分のマナーを見直した。それなのに資格がない? 

 僕より野蛮人みたいな妹の方がいい? なんだそれ。おかしいじゃないか、そんなの。


 衝撃で口がきけない間に、父にもう行きなさいと言われ、僕は茫然としながら自室に戻った。


 部屋でベッドに飛び込んで僕は泣いた。妹みたいに声を上げて泣いた。そうしたら乳兄弟であり将来僕の侍従になる予定のトマスに叱られた。『伯爵令息が声を上げて泣くなんてみっともない! 妹を見習ったらどうです!?』と。


 じゃあさっき泣きわめいた妹は何なんだ。さらに腹が立って悲しくて、僕はトマスを部屋から追い出して、ベッドで布団をかぶって泣いた。

 

 妹なんて嫌いだ。あんな妹なんて。なんで僕が怒られなければならないんだ! あんな妹、しんじゃえばいいのに!!


 次の日から僕への風当たりが強くなった。マナー講師は『私の教え方は甘すぎたようです』と、今までと同じことをしても背中を鞭代わりの長い定規で叩かれるようになった。剣技の講師は『もっと心を鍛えなければだめだ』と今まで以上に厳しい稽古になった。おかげで腕もおなかもあざだらけだ。

 護身術の先生も『投げられる、殴られる痛みを知りなさい』とぽいぽい僕を投げ飛ばし、寸止めのはずのこぶしを強くはないけれど当ててくる。勉強の内容は変わらなかったけれど、宿題がとにかくたくさん出された。3倍になった。勉強と言っても文字と足し算引き算だけど、とにかくたくさん書いて、問題を解かなければいけなくなった。

 夕食では相変わらず妹が食べ散らかしているのに褒められ、僕はパンのくずが少しだけ落ちただけで、横に張り付いているマナー講師に注意され、食事が終わって部屋を出ると廊下で罰として腕を定規で叩かれる。

 痛みに呻きながら、涙目で部屋で宿題をやっていると妹がドンドンを扉を叩き、入ってきて叫ぶ。


「おにいさま、あそびましょうよ!」

「宿題をやっているんだ。出て行って」


 振り向かずに返事をする。トマスにもアーサーにも、彼女を部屋に入れるなと言っているのに「せっかく慕ってきているのに、可哀そうじゃないですか」とか言って彼女を入れてしまうのだ。そうして


「うわーーーん! おにいさまのいじわるうぅぅぅ!!!」


 と大泣きが始まる。宿題しているのに本当に邪魔だ。さっさと出て行ってほしい。


「うるさいよ。泣くなら自分の部屋で泣いて」

「ルパート様! そんなに叱らなくてもいいじゃないですか!」

「ああかわいそうに、ローズ様、私とお部屋で遊びましょう?」


 そうしてまたお父様に呼び出されて叱られる。あのため息はもう、聞きたくない。


 あんな妹、いなくなればいいのに。



***


「ローズ、君のマナーは目を見張るほど素晴らしくなったね。この調子で精進しなさい」

「はーい、おとうさま、ありがとうございまーす」


 妹が家に来て1年たった。そう大きな声で返した妹のテーブルには食べかすが散り零れ、カトラリーも散乱している。あれで素晴らしいとは何事か。しかも妹はくちゃくちゃ音をさせながら食べるのだ。こちらが気持ち悪くなる。

 そう苦々しく思った瞬間、僕はメインの付け合わせの野菜をフォークに刺そうしてうっかりカチャンと音を立ててしまった。すかさず後ろのマナー講師から背中に定規で叩かれる。しかも定規の腹ではなく立てて叩くから音は小さい代わりに痛い。しかもお母様のこれ見よがしなため息が降ってきた。


「ルパート。もう少し落ち着いて食べなさい。まったく、どうしてこんなにガサツな子になってしまったのかしら」

「申し訳ございません奥様、私の指導が至らぬばかりに……」

「あなたはよくやってくれているわ、モロウ先生。その子が反抗的だから仕方がないわ。遠慮せずにもっと叱ってやって」

「はい、ありがとうございます」


 僕が叱られているのを、妹は口のはしと頬に食べかすをたくさんつけたまま、満面の笑みで見ていた。しねばいいのに。


「まあまあ。ルパートも頑張ってはいるんだ。もう少し長い目でみてやろうじゃないか」

「そうですよ! おにいさまだってがんばれば、わたしみたいになれるかもしれませんよ? がんばれば、ですけど!」


 屈辱で震える体を必死に押さえ込む。ぽん、と定規の平面で背中を叩かれた。このくらい見逃してほしい。父は無邪気にいう妹に苦笑して、カトラリーを置いて言った。


「食後に話そうと思っていたんだが、今伝えておこう。ルパート、ローズ。二人に贈るものがある」

「わあ! なんですか、おとうさま!」

「王城から珍しい花を賜ったんだ。『星彩ノ華』という花だよ。二鉢いただいたから、一つずつ育ててみると良い」

「あら、素敵ね、あなた。でもルパートに育てられるかしら?」

「大丈夫だろう。最近は乱暴になってきてしまったけれど、元はやさしい子だ。ルパート、ローズ、国からの賜りものなんだ。それにとても綺麗な花なんだ。大切に育てるんだよ」

「はーい」

「……はい!」


 お父様からのおくりものなんて、去年の誕生日以来だ。妹は普段から貰っているのに、僕には何もなかった。『今までたくさん贈ったんだからいいだろう?』と。それまでだって誕生日とオーロラ祭くらいしかもらっていない。まあ女の子だから、衣装だってアクセサリーだって必要だ。だからそれは理解しているけれど、不公平だという不満はぬぐえなかった。だから久しぶりの贈り物がとてもうれしかった。


 夕食後に父の部屋で渡された星彩ノほしいろのはなという花はとても不思議な花だった。小さな白い花をたくさん咲かせるのだが、この花に衝撃を与えると、ほんの少しの間だけだが、花びらがその時の状況を映すという特徴があった。多分5秒くらいだろうけれど、花を覗き込んで衝撃を与えれば花びらに自分の顔が映る。ハンカチなどで花を覆っておくとその色と柄になる。すぐに白い色に戻るとはいえその面白い現象に、また、オーロラ色も映せるという事から王城御用達で、普通は貴族でも手に入るものではないという。

 聖女候補である妹がうちに引き取られた事で戸惑っていたり寂しいのではないかと考えた王様が、気を紛らわせるようにと手配してくれたらしい。本来は二鉢とも妹のものだったそうだが、父はそれを僕にもくれたのだ。


 その辺の事情はあとから知ったが、その時はただただ珍しい植物が面白くて嬉しくて、僕はとても大切にしていた。つついただけで花びらの色が変わるから何度もつついて楽しんだ。そうしたらアーサーにあまりやりすぎると花が疲れてしまいますよと言われて、思い至らなかった自分を反省し、時間を開けて1日3回までと決めた。別につつかなくても可愛い花だ。毎朝水を上げて、日が当たりすぎても良くないというから気を使って移動させた。つぼみだった花が新しく咲き、しおれた花びらを取り除く。自分が世話をすると言う感覚が面白くて、空き時間は飽きもせずに花を眺めていたほどだ。

 ある日、その鉢を日に当てながら外でお茶をしていたら、妹がいきなりやってきた。警戒する僕に、妹は満面の笑顔で言った。


「お兄様、お花にもミルクあげないと元気がでないのよ!」

「植物にミルクは必要ないよ……ってちょっとまて!!」


 制止する暇もなく、妹は侍女から渡されたコップに入っていたミルクを、僕の鉢にザバっと掛けてしまった。


「これでもっと元気になるね! じゃあね!」

「ちょ……!」


 いきなり現れてすぐに立ち去った彼女の後姿を僕は茫然と見ていた。そしてこのミルクが原因で土が腐り、花もあっという間に枯れてしまったのだ。

 妹の鉢は貰ってすぐに枯れていた。手入れをしないで窓際に放っておいたからだ。侍女は水だけ挙げておけばいいと言われその通りにしていたらしい。それなのに妹は泣きながら僕がミルクを掛けたと訴えた。僕がいくら説明しても、何故かその時同席していたトマスも妹の侍女も、僕が妹の花にミルクを掛けたと証言したのだ。王城からいただいた貴重な花なのに、くだらないいたずらをして枯らし、しかも自分の鉢だけならまだしも妹の鉢まで枯らすとは、嫌がらせが過ぎるとと父親にさんざん叱られた。


 それ以降、僕の言動は、事実とは違う認識をされるようになって行った。


***


 それから僕は徹底的にローズを避けた。彼女が絡んでくるとおかしなことになるのだ。同じ家にいるし、部屋は隣だし、朝食と夕食は一緒だけど、それ以外の時間には絶対かかわらないようにした。


 だけど彼女は積極的に絡んできた。食事終わりで僕が先に出れば、それを追いかけるように出て来て勝手に転んで僕が突き飛ばしたと泣く。

 庭を散歩していたら走り寄ってきて、僕が走って逃げると、あからさまに転んで、意地悪をすると泣く。

 部屋から飛び出してきてアクセサリーが無くなったと騒ぎ、ドレスが破られたと騒ぎ、見つかったアクセサリーは壊れていて、それを僕がやったと嘘を言う。

 普通なら彼女の方が僕に近寄らなさそうなものなのに、何故か僕が夕食後に宿題をやっている時に、勝手に入ってきて、相手をしてくれないと大泣きをする。

 僕は家庭教師たちに妹を虐めている時間などないように、とさらに宿題を増やされていて、必死にこなしているのに、だ。おかげで計算はとても速くなったし、言葉もたくさん覚えたけれど。それでも家庭教師たちに言わせると、妹と同じレベルなのだという。

 妹は去年から家庭教師がついて、勉強を始めたばかりだが、先生たちもこの子は天才だと絶賛しているのは知っている。字だってまだ書けるようになったばかりのはずなのに、それと一緒のレベル?

 妹はいまだにテーブルマナーもなってない、食べこぼしは凄いし、カチャカチャと音を立てるし、それを消すような大声で話し、笑い、くちゃくちゃ食べて、すぐに泣く妹と、こんなに勉強している僕が同じレベル?


 最近では、母はもう僕には何も言わなくなった。代わりに僕を見ると、嫌なものを見たような表情で横目で見て、ため息をつく。父は会えば説教だし、妹は泣きわめく。使用人達もすっかりローズの味方で、僕が歩いているだけでヒソヒソと「また妹をいじめて」「アクセサリーをいくつ壊せば気が済むのかしら」「ローズ様がおかわいそう」などと聞こえよがしに言い、身の回りの世話はしてくれるものの、全て乱暴だし、放置されることもしばしば。トマスはあからさまに僕に苦言を呈してくるし、執事のアーサーも顔が合えば説教をしてくる。本当に僕がそんな事をしているのならともかく、僕は何もしていないのだ。


 僕の心は折れそうだった。家なのに心安らぐ居場所がない。毎日泣きわめく妹を見て、その首を絞めてやろうかとか、本当に階段の上から突き飛ばしてやろうかとか物騒な事を考えるくらいには、壊れかかっていた。


 そして今日もまた、勝手に転んだ妹が父親の部屋に泣いて転がり込んで、僕が叱られ、手ひどく殴られ、よろけた僕は頭を打って気を失ったのだ。




続きはまた明日にでも。

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