#8「代償と力と」
両者共に、地を蹴ったのは同時だった。それに併せて画面側は無数のコメントの波が発生していた。突然の配信に皆驚きを隠せなかった。
<え、何か始まったと思ったら……>
<あゆちゃんとあの時小樽でドラゴンぶっ倒した人がタイマンしてるぞ!?>
<喧嘩か? でもだとしてもここまで発展するってなれば相当事が大きくなったんだろうな……>
<いや、会ってまだ間もないのにどう事を発展させんだよw>
速度自体は僕の方が上だ。しかしあゆさんは既にそれを分かっていたのだろうか、すぐに両足をつけて突進を止める。少しでも距離を稼いで僕を迎え撃つ気だ。
「思ったよりも速いね……っ!」
(突進速度は彼の方が上。でも速い分ブレーキと言うのは効くまでに時間と距離がかかるわけで。ここまで来たら彼はこのまま突っ込んでくるしかない。それはつまり……速めにブレーキをかけた今がチャンスだ)
「貰ったっ――!」
僕が右上段から左下段へ弧を描いた瞬間、あゆさんは両手でライフルを構え、左太腿目掛けてトリガーを引く。無数の銃弾が瞬時に放たれ、狙い通りに飛来する。
「っ――!」
(先に足を狙って来た……僕の動きを封じる気だ!)
一瞬銃口に視線を向けると、その先が左太腿に向けているのに気づく。既に5発以上はそこ目掛けて飛んでくる。
(突進しながら剣を振り下ろした以上キャンセルは出来ない。でもこれを全て受けるわけにはいかない。なら……)
「無理矢理、避けるっ――!」
振り下ろした剣を思い切りあゆさんの目の前の地面に叩きつけ、右手を剣から離す。そのまま空中で左足を後ろに振り上げ、空中で倒立回転をする。最初の銃弾が左太腿を浅く抉るものの、全弾直撃を免れた。
「うっそぉ……今の避けるの!?」
<おい何ちゅう避け方してんだバケモンかよ>
<何か体操選手みたい……>
<間違いなく彼より実践慣れしてるあゆちゃんもこの顔よ……ガチで何者なんだよ>
<ドラゴン相手に無双するにはあれくらいの事をしなくちゃいけねぇのか>
<いやあそこまでしなくてもいいし、そもそも常人にはあんなの出来ん>
「そこっ!」
「上っ……!?」
この勢いのまま、僕は左足であゆさんの頭上目掛けて踵を振り下ろす。唐突の追加攻撃にも驚くも、あゆさんは瞬時に後方へ退いて踵落としを避ける。追いかけようとする僕だったが、ここで予想だにしなかった事態に陥る。
「あれ……」
遅い。明らかに僕の動きが遅くなっている。時間操作出来る魔術をかけられたのか? いや、違う。これは一体……
「あれ……美尊君、急に遅くなった……?」
<あれ……あの子急に止まった。さてはトイレ我慢できなくなったとか?>
<いやなわけないでしょ。多分バフが切れたんでしょ>
<もしそうならかなりのクールタイム喰らうな>
<あゆちゃん! やるなら今だ! 撃て!!>
もしかしたら隙を突くための策かもしれない。そう判断してあゆさんは退く足を止めて僕の様子を伺う。そして両者共に気づく。さっきまで纏っていたオーラが、消えていることに。
僕の両足が、恐怖で震えていた事に。
「ま、まさか……」
「あっ、もしかしてっ……」
(『強制覚醒』の効果が切れてるっ!? 何で……無制限じゃなかったの!?)
(きっと、あのオーラの効果時間が過ぎてクールタイムが起こってるんだ!)
「こうなればもう的も同然だね、美尊君っ!」
「っ……!」
ここぞとばかりにあゆさんがこちらに銃口を向けて突っ込んでくる。慌てふためきながら、僕は振り向いた先にある剣を手に取ろうとした――が、しかし。
「ちっ……!」
剣を掴もうとした左手の甲に、発砲音と同時に何かが埋まる感触がした。直後、痛みが身体を襲う。思わず歯を食いしばる僕の喉元に、あゆさんの銃口が突きつけられる。もう、完全に間合いは詰められた。
「あんだけドラゴン相手に無双してた君はどこいったのやら。そもそも、自分の能力を理解出来てない時点で君が私に勝てるはずがないでしょ」
「そんな事言われてもっ、分からないものは分からないよっ!」
「そうやって分からない自分を肯定して逃げるから負けるんだよ。無知以上に足を引っ張るものは無い。下手すればそれが自分の……大事な人の命さえも掬う事もあるんだよ!」
「……!」
「敵を理解する前に、まずは自分を徹底的に理解しなよ。どんな戦い方が向いていて、どんな能力を持っていて、どのくらいの時間まで効果が発揮されるのか。それも知らずに戦場に赴こうなんて、自殺しますと言ってるようなものだよ。実際それで死んでった人達を……ボクは見てきてるから」
……何も言えなかった。言い返す口は微塵も開けない。相槌を打つ事も、後ろの剣を右手で取ることも出来なかった。正しかった。彼女の言う事が全て、『力』に依存していた自分に突き刺さる事実そのものなのだから。否定も頷きも、許されない。
何も言えなくなった僕の喉元に突きつけられた銃が戻され、あゆさんはゆっくりと後ろへ下がる。
「まぁ、あのオッサンもどうかと思うけどね。説明するならもっと詳しく説明してくれないと、そりゃこうなるよ。多分ボクも君と同じ立場に置かれてたら同じ反応すると思う。でもね、強い力ってのは必ず相応の対価で成り立ってるんだよ」
「代償……」
「例えば何かを買う時って、お金を払ってそれを手にするじゃん? それと同じだよ。魔術や能力だったら魔力を対価に消費して発動させる。ものによっては時間制限みたいな条件を満たせばいいものもあるけど。何にせよ、理屈はどれも同じだから」
「……」
力は対価の支払いで成り立つ。なら、『強制覚醒』にも何かしらの条件があるはずだ。でも、何で零さんはあの時これを教えてくれなかったのだろうか……自分の目で確かめた方が早いというやつなのだろうか。
「はい、説教と教育終わり! じゃあ続き、始めるよ」
いや、今は戦闘に集中しよう。こうして考えてる間にも、またあゆさんは僕に銃を向けてくる。二度はさせない。さっきは引き金は引かれなかったけど、次は間違いなく撃ってくる。怯えてる暇も猶予も無い。恐れるな。空いた右手で剣を取れ。
「っ……!」
急げ。しかし焦るな。1秒あれば十分だ。あの銃弾の痛みはもう左手を通じて知った。それ以上の苦痛は無い。
「させないっ!」
「それは……僕のっ、台詞だっ!」
――掴む。ずっしりとした感触を右手に感じる。同時に、電撃は走り出す。脳に流れる一瞬の痛みに怯むことなく、地面に突き刺さった剣を引き抜いてはライフル目掛けて下から上に弧を描く。ライフルのほぼ中心を一刀両断し、マガジンから銃口が大きく宙を舞いながら飛ばされていく。
「バフが復活した――!?」
「……そうか。僕の力の対価は、剣に触れるという『条件』だったのか」
その条件を満たしている状態に限って、『無制限』と言っていたのか、零さんは。あの時そこも言ってほしかったな、やっぱり。
「剣に触れる……? それだけで、発揮できる力がこれなの?」
「うん……そう、だね。僕も今知ったばかりだからはっきりとは言えないけど……この『強制覚醒』はその条件を満たしている間に限り、無制限にあらゆる能力を限界まで引き出す」
今度は僕があゆさんの喉元に切っ先を向ける。それでもあゆさんは動じない。この時点で既に僕とあゆさんの差は歴然だと思い知らされて若干胸が痛くなる。
「……ざっとだけど、僕の能力は理解できた。次は君の番、だよ……あゆさん」
「ふふっ、そうね。自ら能力を教えてくれたお礼に、私の能力……その身に教えてあげる。いくよ――」
刹那、空気が変わる。世界に歪みが生じた気がした。その震源は、もう目の前にいた。
「禁忌は我が力に眠り、魔術は世の数多に舞う。今此処へ数多を一つに、我が魔術は開眼する――」
「……!」
詠唱を唱えながら、あゆさんは正面に掌印を結ぶ。カメラジェスチャーの如く、両手の親指と人差し指で横長の長方形を作る。
「観者よ舞え、言葉に愛を詰め、弾幕の如く全てを埋め尽くせ。禁忌開眼――『絵界夢幻之愛信』」
<あゆちゃあああああん! 今日も決まってるね!!>
<来た来た! こっからのあゆちゃんは誰にも止められないぜ!!>
<あゆちゃん!! 今日も愛してる!!♡>
<行けええええええ!!!>
<あゆちゃん頑張れえええ!!!>
世界は幻想が塗りつぶし、密林を星空が蝕む。地は夜空に染まった海と砂浜が飲み込み、その遥か上に在る月が僅かに地を照らす。配信の視聴者数がだんだん増えていくのと比例して、星の数が増えていく。スパチャが投げられた瞬間、流星群が瞬く間に輝いては空へ消える。
「ふふっ……これがボクの能力のヒントだよ、美尊君」