#7「本気同士の配信《戦い》」
あゆさんが部屋を出てしばらくして、僕はソファの上にいつの間にか置かれていた衣服一式が視界に入った。
(そういえば、せっかく両親が買ってくれた制服も、こんなボロボロにしちゃったな……あの兵器の自爆で焼き焦げた跡が酷いや……ごめんなさい)
原形を何とか留めているもボロボロになった制服とYシャツを脱いで、畳んだ状態でソファに置き、その隣に畳まれた衣服一式に着替える。堂々と「5キロも太ってます」の黒文字がプリントされた白のTシャツと黒にピンクの縦ラインが入ったシンプルなズボンを身に纏った僕は、このおふざけTシャツに困惑する。
「か、貸してくれるものに文句は言えないけど……これを選んだ人のセンスは問いたいよ……」
それでも仕方ないと割り切って、僕もまた部屋を後にした。
◇
家の扉を開け、右足を一歩踏み出した先に見えたのは、何の変哲もないただの密林だった。折れ曲がった標識柱に酷く地割れた道路、空を覆う木々……もはやここは異界なのかと思うレベルだ。
そんな僕の目の前には零さんと、どういう状況か分からない様子のあゆさんの姿があった。
「お、着替えたか。んじゃあ修行始めるぜ。今日は――」
「ちょっと、どういう事っ!? 何で私も一緒にする前提になってるの!? そもそも貴方初対面だよね!?」
……何やら揉めていた。
「その通りだけど一旦俺の話を聞いてくれよ配信者さん。こないだの配信、俺も見てたけどさ……お前さん、今の実力でよくあのドラゴン達を倒そうなんて思ったよな。あんなんじゃドラゴン1匹倒すどころか傷一つさえつけられねぇだろ」
「なっ――!?」
「俺の弟子が来てなかったら、お前今頃ドラゴン達の餌になってたところだぜ。そうならねぇようにお前さんも一緒に鍛えてやるっつってんだ。ちょうどいい機会だしな」
「いや……まだ私、貴方達の仲間になったつもりじゃないんだけど……」
「アーカイブも全部目を通したけど、標的はあいつとほぼ同じなんだ。なら仲間みてぇなもんだろ」
「キッショ、勝手な事言うなオッサン!」
この二人をどうするべきかの策は、無論僕には持ち合わせていない。ただこれが収まるまで待つ事しか出来ない。
「え……えっと……」
(何だ……この今にも殴り合いが始まりそうな展開は……)
そう思っていた最中に、僕にもその火種が飛んできた。
「ねぇ! このオッサン誰っ!? 何かいきなり修行に参加させられたんだけど!?」
「え、えっと……あの人は紅零さん。僕の師匠……だよ」
「師匠っ!? え、あのサラリーマンみたいな、あいつがっ!?」
「戦う時は、また違う姿になるから……ね。でも、零さんは強いよ。前にも僕が『力』を発揮して戦ったけど敵わなかったよ」
「えっ、あの数のドラゴン相手に無双してた君でも負けたの!? ほんとに何者なのよ……」
一見、あのスーツ姿の状態ではその強さは感じられない。能ある鷹は爪を隠すように、真なる強者は刃を潜めるのだ。しかし、彼の心中が跡形も無く吹き荒れた時、見る者全ては思い知る。その圧倒的な力を。
「おーい、盛り上がってるとこ悪いが本題に入らせてもらうぜ。今日はお前達同士でのタイマンだ。あゆちゃんは雑魚だけど元から実戦経験あるし、美尊もだいぶ戦闘自体には慣れてきたからな。今度は『敵の能力を理解し、その綻びを瞬時に見抜く』修行だ」
「こいつっ……今さらっと雑魚って言ったな私の事っ……!」
「ま、まぁ落ち着いて……まだ僕も零さんもあゆさんの実力分かってないからさ」
「てことで、お互い向き合って頂戴。あ、美尊にはこれ――」
「うわっ……!?」
言われた通りあゆさんと僕は距離を取って向かい合う。その直後に零さんは僕に向かって剣を投げた。しっかりと両手で受け止めたそれは、これまでの剣とは段違いに重くのしかかってきた。
「『双陽剣カストル』。こいつは他のと違ってロボット兵器の武装とかに使われてる特殊な素材を使ってるからな。お前さんが『力』を発揮しても、しっかり耐えてくれると思うぜ? ま、そいつを使いこなせればの話だけどな」
「……!」
ロボット。兵器。この言葉だけであの日の光景がフラッシュバックされる。突如僕の前に現れては、彩芽を攫った奴らの乗っていたあの兵器が鮮明に浮かんでくる。そして悟る。今僕は、実質その兵器で造られた剣を手に持っているのだ。自らその鞘から解き放ち、自在に振るうのだ。
「――僕からしたら、この剣はトラウマで出来ているようなものだ。皮肉だよ。僕の全てを奪った悪魔が、全てを取り戻すと決めた僕の武器になるんだから。でも……躊躇ってる暇は無い。彩芽を救うためなら、トラウマだろうと使いこなしてみせる」
(まぁ、零さんはどこからこれを持って来たのかは気になるけどね……)
黒と金で彩られた鞘を左手で持ち、視線を正面にいるあゆさんに向ける。一つ深呼吸を挟んでから、その柄を右手で掴む。
「ほんとは『ずるいっ! 私にもそれくらいの良い武器欲しい!!』って言いたいところだけど、生憎私は配信の方が性に合ってるからさ――」
そう言いながら、あゆさんは自撮り棒にスマホを取り付け、画面の撮影ボタンを押す。刹那、あゆさんが青白い光に包まれた。ショートパンツにTシャツ1枚の姿から一変――サファイア色の長髪に青と黒の混ざった衣装を身に纏う。右手からは自撮り棒が消え、代わりにサファイア色のアサルトライフルを持つ。その隣には、カメラにプロペラの付いた物体が宙に浮いていた。
この姿こそが、海月あゆ。配信者としての、遠野歩夢のもう一つの顔。しかし、前に見たのとは一味違う。
「――覚悟しておきなよ。本気のボクは……強いよ?」
その余裕に満ちた笑みを浮かべるあゆさんを前に、僕は僅かな躊躇を振り払うように勢いよく抜刀する。電撃が脳を走り、同時に覚醒のトリガーが引かれる。
「……これでも僕はこの3ヶ月間、零さんとひたすら修行を積んできたんだ。簡単に負ける気は無いよ」
「そう来なくちゃ。じゃあ……ボクとの配信、始めよっか」
数秒間、両者共に視線を合わせる。直後、両足を蹴る。それと同時に海月あゆの配信が始まった――