#6「画面裏の素顔」
あの一件から時は過ぎ、4日後。目が覚めるとすぐに見えたのは、あの時と同じ天井。そしてしばらくしてから響くノックの音。直後に入ってくる零さん。何もかもが一致していた。
「お疲れ、少年! あれから配信で君の様子見てたけど、まさか群れごと討伐するなんて思わなかったから流石に驚いたぜ」
寝起きの僕の両肩を叩きながら零さんは喜びを見せた。対して僕はそれとは対極に重いため息を吐きながら落ち込んでいた。
「……すみません、また剣を折ってしまいました」
「そんくらいどうってことねぇよ。形あるもんは壊れちまうのが世の理なんだからしょうがねぇじゃねぇか。んな事より、昨日のあの配信でお前さんの活躍が絶賛話題沸騰中だぜ? 良かったな、お前さんの活躍が人類に希望の火を灯したんだぜ!」
「……そう、ですか」
まぁ、そうだろうなとは思った。あの配信者と出会った際、ふと彼女の自撮り棒に取り付けられていたスマホ画面が目に入ってしまった。そこに映った凄まじいコメントの波、スパチャの数、高評価の量……何もかもが一瞬ですごいと言い切れるほどのものだった。
「……? どうした、浮かねぇ顔だな。まさかの大バズりに言葉を失ったのか?」
「……いえ、今は……そうではなく……」
躊躇いながらも、僕は俯いたまま呟く。
「……怖いんです。僕の身に宿された、力が。刀を抜いた途端に頭が痛くなって……その後すぐに身体がすごく、軽くなるんです。そして気づいたら周りのドラゴン達を全部倒していて……何が何だか、分かんないんです。いつこの力を得たのか、自覚もきっかけもありません。だからこそ怖いんです。いつ力が暴走して、取り返しのつかない事になってもおかしくないのに……」
「う~ん……」
零さんは俯きながら頭を悩ませる。
(果たしてこれを今の彼に伝えて良いのだろうか。有村さんはそこについて何も言わなかったが……いや、いずれ知ることになるだろう。ならば早めに知っておいたほうが今後のためだ)
部屋の周りをぐるぐると歩き回りながら考えているうちに、零さんはふと僕の方を向いて答えた。
「俺も仕事の関係者に聞いた情報だから、信じるかどうかはお前さん次第だけどよ。お前さんのその力――『強制覚醒』は生まれつきで得たもんだ。その力はその関係者曰く『無制限身体強化』とかいうとんでもねぇ能力だ」
「え……そんな、力が……」
「今のお前さんは、そのチートすぎる力に依存しきってる状態だ。どうしてもそれが怖いってなら、ひたすら己の心身を鍛えて、能力に適応できる状態にする以外手段はねぇぞ」
「……そうです、よね」
僕はその言葉しか吐けなかった。力に依存する自分が怖いなら、自分が力に適応すればいい。置いていかれる前に、追い付けばいい。ただそれだけの事だ。
「……ありがとうございます。また一つ、強くなる理由が出来ました」
「お、少しはマシな顔になったな。んじゃ早速修行するんだけど……悪い、その子起こしてくれないか?」
「……?」
突然僕の隣に指を指す零さんに、僕はふと後ろを向く。そこには想像だにしない事態が起こっていた――
「えっ……き、君はあの時の……配信者、さんっ!?」
「悪りぃな、うち客用のベッドこれしかねぇからお前さんと添い寝させる形になっちまった。片方をソファーに寝かせるのも良くねぇしさ」
「え、えぇ……???」
そう言いながら零さんは部屋を後にした。一人になった僕はただ頭を混乱させていた。僕の隣ですやすやと寝息をたてて眠る、黒髪の少女。幸い彼女のスマホは電源が切られており、この事態が世間に知らされるのだけは防がれた。
「……とりあえず、ベッドから抜けよう」
この事を本人に悟られぬよう、静かに布団から抜け出し、綺麗に整えた。
――その途中での事だった。
「っ――!!?」
突如左手首を掴まれる。振り向くと、そこには僕を真っ直ぐ見つめながらいやらしい笑みを浮かべる少女の姿が。
「ねぇ、今……何をしようとしてたのかしらねぇ……?」
「ひっ……!? こ、これはそのっ……痛てっ」
思わずベッドから転げ落ちながら僕は必死に彼女が抱いているであろう誤解を解こうと脳を回転させる。その反応にくすっと笑いながら少女は口を開く。
「まぁ、あのドラゴン退治に協力してくれた事に免じて今回は『えっち』の一言で許してあげる」
「……以後気を付けます」
「そんなにかしこまらないでよ。私、堅苦しいの好きじゃないし。それに見た感じ……君、私と年齢近そうだしタメ口でいいよ。あ、私は遠野歩夢。配信者としては『海月あゆ』っていう名前で活動してるから、『あゆ』って呼んだ方がリアルと配信での呼び方分けなくていいし楽だよ~?」
「あゆ……さん」
「あゆでいいのに……まぁいいや。じゃあ美尊君、以後その呼び方でよろしく~」
「え、何で僕の名前っ……ちょ、あゆさんっ!?」
ゆったりとした声で話しながら、あゆさんはベッドから起き上がって部屋を後にした。一方僕はあゆさんとの添い寝がバレずに済んだ事による安堵のため息をつきながら床に座り込んだ。
「はぁ……まだ名乗ってないのに知ってるなんて……あの人怖いなぁ」