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#5「覚醒の正体」

 同時刻――僕はYシャツの袖に何とか腕を通しながら、零さんに腕を引っ張られては連行されられていた。玄関前の扉を開けたその先に映ったのは、青空が広がる下で視界の果てまで流れる運河であった。


「ここは……」

「北海道小樽市にある小樽運河だぜ。俺の記憶だと小樽といえばここのイメージが強いんだけどな」


 全長約1140メートルの運河。その緩やかなカーブに沿って立ち並ぶ石造倉庫や古代の建物が。その河は絵画の如く青空と建造物らを反射させる形で彩られ、その上を一隻の小さなクルーズが通っていく。


「……い、今家出たばかり、ですよね?」

「俺の結界術は『俺がいる地域内に魔物とか怪獣が襲来した際はドア開けたらすぐにその現場に向かう事が出来る』ものだぜ。すげぇだろ? でもこの前の訓練用に使ったやつを除いて、あくまで異種族が現れた時にしか効果を発揮しねぇ。どんな大きな事件や事故が起きようと、人同士で起こったものは使えねぇんだよ」

「そ、そうなんですね……魔物が襲来した時に限って、家出たらすぐに現場に着く……か」


 ほんと、何もかもが現代の理から乖離してるな……と思いつつも、魔術や異種族が実際存在しているのが現実となった以上、そういうものだと機械的に受け入れなければならない。時代の適応――そう割り切って僕はそんな零さんの家に秘められた能力を聞き取ると同時に、僕は気づいてしまった。


「……! もしかして今日の修行って……その魔物討伐とか、言いませんよね?」

「察しが良くて何よりだ。今日は早速あのドラゴン達の討伐をしてもらうぜ」

「え、えぇ……!? ど、どうやって倒すんですか! あんなの!! しかも1体だけじゃないですよ!?」

「心配すんな! 既に一人あそこで戦ってる人がいる。そいつがたまたま撮影した映像が拡散されて俺の元にも来たってわけだ。さ、お前さんも加勢してこいっ!」

「あ、ちょっと……武器はっ!?」


 「そこにあるぞ」と言うかのように零さんは無言で僕の左腰に指を指す。左下を向くと、そこにはいつの間にか鞘に納められた刀が差してあった。


(いつからこんなの僕に仕込んだんだ……!? 何か零さんの事段々怖くなってきたんだけど……)

「じゃ、俺はこの辺散策してくるから。終わったら迎えに行くから呼べよ~」

「あ、ちょっと零さんっ!?」


 僕の呼びかけに応じることも無く、零さんはその場から消え去ってしまった。今はただ、運河が奏でる水の流れる音色と僕のため息、そしてドラゴン達が街を破壊する音がこの空間を満たしていた。


「はぁ……もう、何なんだよこれぇ……僕ともう一人であのドラゴン達を倒すとか……いくらなんでも数が多いよ……もう一人の方も既にやられてるかもしれないのに」


 突然やるはずのない仕事を丸投げされた気分に陥りながら、仕方なく僕は例のドラゴンがいる場所へ足を動かし始めた――その瞬間。


「そこの君! 逃げてえええええっ!!」

「っ……!?」


 突如群れていたドラゴンの1体が建物を破壊しながらこちらに迫る少女を追いかける。凄まじい勢いで突進してくるドラゴンに身体が恐怖を覚え、一向に動こうとしない。全身の震えが止まらない。もうとっくに、『(その時)』は目の前に見えていた。


 ――そう悟ったのも束の間、何故か身体が勝手に後ろに引っ張られた。同時にドラゴンは前まで僕がいた場所を滑るように突進しては華麗に空へ舞い上がる。


「えっ……!?」

 

 見知らぬ誰かに押し倒され、何とかドラゴンの突進を免れた僕の目の前にいるのは、逃げていた自撮り棒を持った青髪の少女だった。


「君、ボクが逃げてって言ったのに何突っ立ってるのよ! もしボクが少しでも来るの遅れてたら死んでたよ!」

「……!」


 そうだ。あの子は怯えてた僕をドラゴンの突進から守ってくれた。自分がやられるのを覚悟で、僕を逃がすチャンスをくれたのだ。


「す、すみません……助けてくれて、ありがとうございます……」

「お礼とかいいから、さっさと君は逃げて! こいつらはボクが何とかするから!」 

「でも……君一人であの数は……」

「足手まといが付くくらいならずっとマシだから。ほらさっさと行って!!」

「――!」


 妥当だ。たかがドラゴン1体に怯えてちゃ、10体近くいる群れなんて倒せるはずもない。それどころか命を賭けて戦っている彼女の足を引っ張るだけだ。


「というか、武器持っておいて何も出来ないなんて情けないと思わないの? その刀はおもちゃか何か? 悪いけど、これはゲームじゃないの。立派な『戦争』なの。この戦いに私達人類の未来が懸かっているの。もしこれ以上私の足を引っ張っるなら、容赦なく殺すから」

「っ……!」


 何も言い返せなかった。武器があってもそれを使いこなさなければただの一般人に過ぎない。何もかも、彼女の言う通りだ。



「……ぼ、僕は……」

「ほら早く! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと逃げろ――がっ……!!」

「――!?」


<ゆなちゃんっ!!>

<やばい、ゆなちゃんが攻撃喰らった!>

<画面揺れが酷いっ……相当吹き飛ばされたぞこれ>

<ちょこっと画面に映ってたけど、あの臆病男のせいでゆなちゃんが傷を負う事になったじゃねぇかふざけんなよ>

<そこのガキ、ゆなちゃん死なせたら生きて帰れると思うなよ>



 刹那、竜の尻尾が彼女と共に地を薙いだ。少女は大きく吹き飛ばされ、道路に激しく身体をぶつけては転がる。


『あとは貴様だけだ、人間』

「っ……!!」


 次第に僕の存在に気づくドラゴンの数が増え、僕の周囲を囲う。もう後がない。このままドラゴンの餌にされる結末なのだろうか。


『貴様の臆病さが、他者を殺した。仲間を見殺しにしておいて己のみでは何も出来ぬ貧弱者め。実に外道極まりない。その苦痛と無力さに溺れて焼き尽くされよ――』


 一斉にドラゴン達が口から炎を集め出す。ブレスが来る。計10体によるブレス……そんなの、原形を留める事すら許さない地獄の炎だ。実にあの配信者の足を引っ張った今の僕を処すには妥当どころか、もっと足りないだろう。


「ぼ、僕は……」


 震える右手にありったけの力を籠めて左腰に差してある刀の柄へ持っていく。決して離さぬよう、しっかり掴んでは左手を鞘に添える。


「あの子の、君達の言う通り……臆病者だよ。何の才能も技術も取り柄も無い、ただの人間の一人に過ぎないよ。だから怖くて身体が震えて言う事聞かなかったり、それで足を引っ張るし、あの子が背負うはずのない負担を背負わせてしまって……そんな迷惑ばかりかけちゃう自分が、僕は嫌いだ。大嫌いだ」


 同じく震える両足で身体をしっかり支え、「落ち着け」と心の中で呟く。そしてゆっくりと右手を前に引っ張り、黒い鞘から刀を抜く。刀身が鞘から露わになった瞬間、蛍色の稲妻が刀身を纏う。


「――でも、だからって……それは逃げる理由には、ならないっ!!」


 ――抜刀。甲高い音と共に脳に一瞬電撃が走る。右目に血が流れるのを頬で感じ取る。そして一つ深呼吸を置いて――開眼する。


『っ――!! 何だ、この力は……っ!』

『感じたことのない力だ……あの人間に何が起こったというのだっ……!』



 周囲に稲妻が迸る。その風圧に、覇気に、覚悟に今度はドラゴン達が怯えだす。大きく吹き飛ばされた配信者も、彼の姿に目を丸くして驚く。


「何……あれ……」


<あれさっきの臆病者か?>

<なわけねぇだろw絶対『派閥』の人間が来たんだろ>

<でもどっちにしろあれだけのドラゴンをビビらせるとかやばいだろあれ>

<こりゃあの人の独壇場になりそうだな……>


 正面に刀を横にして構える。銀色に煌めく刀身の峰が光に反射し、右目から血が流れているのが見えた。決して痛みなどは無い。()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてそんな時に限って、異常なほど力が(みなぎ)る。あらゆる感覚が研ぎ澄まされる。恐怖なんてとっくに吹き飛んでしまった。


 ――今なら、全員()れる。


「――僕は戦う。全ては彩芽(お姉ちゃん)を助けるために……!」




 正面で蛍色の稲妻を纏う刀を構え、一瞬残像が見えるほどの凄まじい速さで突進する。1体目の翼竜が縦に真っ二つに断ち斬られたのに1秒も要しなかった。


「……」

『なっ……!』


 派手に血しぶきが宙に舞っては地に降りかかる。その間にも1体……また1体と竜の肉体をそれぞれ一振りで裂く。そこに、さっきまで怖がっていた面影は無い。もはや別人とも読み取れる目をしていた。


「い、一体何が起きてるの……?」


<何かいつの間にかドラゴンが一体斬られとる>

<え、今攻撃見えなかったんだけど……>

<俺も何が起きてんのか分かんねぇよ……>

<一時期流行ったチートに目覚めたってやつ? んなの起こるわけないやろw>


 一瞬すぎる事態に現場も画面も現状把握が困難に陥った。ただ竜の群れを真っ二つに斬り裂きながら自在に迸る閃光を目で追う事しか出来なかった。いや、それすらも途中から出来なくなった。


「……あ」


 竜を1匹残らず斬り伏せ、蛍色のオーラが静まった瞬間、硝子が砕け散るような音と共に刀が根元から折れてしまった。また柄だけになってしまった。


「刀……折れちゃ……った…………」


 よろめきながら少女の元へ向かおうとするも、僕は一歩目を踏み出す寸前に意識が途切れた。そのまま地面に顔面から倒れる。


「え、ちょっと君っ……!」


 またもや突然の事態に少女は倒れる僕の傍らへ向かおうと立ち上がるも、先程の攻撃による痛みが腹部に激しく襲い掛かる。


「っ……あれだけ、ビビッて動けなかった、のにっ……こんなの、隠してたなんて……絶対、ボクの……配信、でっ……吐いてもらうっ……から、ねっ……!」


 あまりの痛みに思わず膝から崩れ落ちる。それでもひたすら前へ進むために立ちあがる。全ては自分の配信を独壇場にした彼に一言突きつけるために。臆病になってたのは演技だったのかを知るために。


 彼に秘められた力を、知るために。


「何も、言わずにお陀仏なんてっ……許さない、んだからっ!」


 しかし、倒れるその手に右手を伸ばしても触れる事さえ叶わないまま、少女も同じように地面に倒れた。


 こうして、僕の初めての実戦修行は実質相討ちという結果に終わり、少女のこの配信は瞬時にSNSで拡散され、大きな話題を呼ぶこととなった。

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