#50「証明が為の戦い・弐」
凍える身体を縮こませながら、彼女――星野愛菜は見守る。両者の交える刃の行く末を。彼女は信じる。彼――黒神美尊の勝利を。彼が、異種族のスパイなんかじゃないことを。
まだ彼との学園生活は長く過ごしてきたわけではないし、さっきまで周りの空気に洗脳されちゃったけれど、彼女は知っている。彼の優しさを。その優しさの温かさを。
「君とは長く遊んでいたいけど……今は時間が惜しいからね。巻きで行かせてもらうよ」
「そうしてくれた方が助かるよ。1秒でも早く君を斬り伏せたい気分なんだ」
でも、今の彼から放たれた言葉は刃の如く鋭く、氷の如く冷たかった。だがそれより遥かに冷たい世界を、妖精騎士シャギアは右手を正面に伸ばし、人差し指を下に向ける。
「まぁまぁ、そんなに慌てなくてもいいのに……禁忌開眼――『感失悴覚』」
「……!」
禁忌魔法。各々に秘められた能力によって創られた世界の具現化。3年生が普段過ごすこの2階の廊下は完全にシャギアの世界で覆われた。一瞬で感覚が失われるほどの極寒。まるで氷の中に閉じ込められているかのようだ。
これぞ、妖精騎士シャギアの禁忌魔法『感失悴覚』。対象の範囲を絶対零度の氷獄に変化させ、あらゆる感覚を遮断させ、心身共に凍結させる。
「ふぅ……零式魔刀技っ、五式っ……『花雨海開』!」
まともに動かせない身体で無理矢理突進の構えをとり、ありったけの力を込めて氷の地を蹴る。刀身から放たれる消えかけの炎が届くように――
「へぇ……君、僕の禁忌内で動けるんだ。これでも絶対零度……マイナス273℃の極寒領域の中にいるんだよ? こんな人間、初めて見たよ。でも……」
――正面に突き出した左手に持つ剣が、呆気なく上に弾かれては天井に突き刺さる。手に力が全く入ってないと気づいたのはこの瞬間からだった。
「ここが限界かな」
「っ……!」
持つ剣を失った左手に、冷たく鋭い感覚が入り込んでくる。シャギアの右手に持つ剣が僕の左手を突き刺したのだ。痛みと同時に左手が傷口から凍っていく。少しずつ、確実に僕の肉体を蝕んでいく。
「……!」
愛菜はその光景に冷たい息を呑む。その現実に絶望する。彼もまた、皆と同じように凍ってしまう。もう氷は左半身を蝕んでいる。彼の半分は死んだ。じきにもう半分も凍らされて、死ぬだろう。
「美尊、君っ……!」
助けたい。でも身体が拒絶している。一歩踏み出せば死ぬぞと警告してくる。身体が震える原因が寒気から恐怖にシフトしてきているのが分かる。この震えを通じて肌に伝わってくる。「死」の一文字の匂いが。
「なるほどね……確かに君は人間だけど、人間じゃない。明らかに異種族の血が入っている。いわゆる『混血』ってやつだね。そうでなければ僕の禁忌内で自分の意志で身体を動かせるなんてこと、有り得ないからね」
「……」
「それだけじゃないさ。でも安心して、今も言ったけど君は確かに人間さ。ただ、生まれつき人間としての遺伝が強すぎたが故に純粋な人間だと錯覚しているだけ。でも君にはちゃんと異種族の血も入っている。
その証拠として、僕の剣にも使われてる『精光花銕』には本来人体に猛毒をもたらすんだ。でもさっき刺した君の左手にはそのような反応がない。普通の人間ならとっくに毒が全身に回って今頃息してないんだけどね」
「え……」
愛菜が思わず開いた口を手で覆い隠す。どうやらこの場では彼女しかその事実を知らないようだ。もしかしたら彼も、内心では驚いているのかもしれない。ただこの状態で顔に表す事が出来ないだけで。
「……じゃあ、ほんとに美尊君は……」
やっぱり皆の言う通り、彼は異種族の――
「――その、通りだよ……本当は、否定したいっ……んだけど、ね……」
ずっと隠していたつもりだった。もしこれを知られたら、この学園に入学どころか、もっと前から世間から命を狙われてたかもしれないから。でも、こうとなれば隠しても意味がない。いや、今に過ぎた事ではとうにないのかもしれない。
『黒神』なんて名字、僕以外に当てはまる人間なんて、あの人だけなんだから。
「……これを見ればっ……僕が何者かくらい、は……分かるでしょ……?」
まだ動く右手を正面に伸ばし、親指と中指をくっつけ、指パッチンをする構えをとる。途端、空間が歪みだす。世界が突然反転するかのような違和感がもたらされる。
「その構えっ……まさか君はっ……!」
稲妻が周囲に迸る。走る度に周囲の氷に亀裂も走る。彩のある世界にモノクロが点滅する。その脈拍は徐々に速まっていく。指先に力を加えるのと比例していく。
そして、引き金は引かれ、弾丸の如く光は放たれる。
「――『黒光無象』」
重なった。シャギアの瞳に、二つの人格が。とても良く似た、同じ構えをとる二人の青年が。
放たれた。美尊の指先から、二つの彩が。きわめて対極な、相反する白黒の光が。
蘇った。今この瞬間に、禁忌は世界を氷獄ごと飲み込んだ――




