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#49「証明が為の戦い・壱」

 陽翔学園 学園長室――


「――始まったか。始まって……しまったか」


 陽翔学園学園長――伊弉諾天(いざなぎあまつ)は絶望の悟りを口にする。『裏切り者』による、叛逆という名の革命の始まりを。


「フィリア……異種族でありながら同種に刃を向けた妖精騎士、か」


 その眼には小型のタブレットから流れる、神禎病院でのテレビ中継。この『異種族スパイ事件』における全ての元凶である。院内にいる者を守るべく、美尊が竜騎士ライと死闘を繰り広げている。その最中に現れた、白金の騎士。ライの攻撃から美尊を守り、抱きかかえながら着地する彼女は、紛う事なく妖精騎士フィリアであった。


「……皮を被っているのは、一体どちらなのだろうか。美尊君か、フィリアか――」


 独り言を呟きながらそっとタブレットを閉じ、席を立って正面を向いたその先に視えたのは――


「……それとも、我々か」


 銃口を突きつける、狂ったような笑みを浮かべる副学長だった。


「……くひひっ」



 パァンッ――――――――




 ――――乾いた銃声を響かせながら、放たれた銃弾はその皮を抉るように剥がしていった。




 陽翔学園 玄関前――


「はぁ、はぁ……」


 僕の前に、とうに敵はいなかった。総勢33名に及ぶ2年1組の生徒は全員倒した。至る所に血が流れているも、全員死んではいない。殺さないように倒しているのだから、そうでないと困る。


「……っ」


 至る箇所の傷を空気が撫でる。身体の痛みが平常を蝕む。それでも止まっている猶予など無い。己の足に鞭を打ち、僕は2階へと駆け上がった。


「何だ、これ……」


 思わず階段を上り切る一歩前で踏みとどまる。その先は地獄と化していた。2階の廊下はまるごと凍結させられており、肺を引き裂くような冷気が襲う。眼を開いたまま、この場にいる生徒達全員が氷漬けにされていた。その光景に目を見開いていた最中――


「うぅっ……ぐずっ、うぁぁっ……!」

「……!」


 冷え切った鳴き声が右から聞こえた。叫ぶ力すら無い、弱り切ってしまった少女の悲鳴。その声を、今確かに聞き取った。そう確信した時にはもう身体が動いていた。その声の主は――


「――愛菜さんっ!」

「……美尊、君……」

「何があったの……? 逃げないの……?」

「……殺すなら、殺しなよ。最初から……こうするつもりだったんでしょ?」

「……!」


 思わず息を呑んだ。元気いっぱいで、僕に対しても太陽のような笑顔を振りまく彼女から出てくるとは思えなかったからだ。確かにまだ関係は浅いのかもしれないけど、それでも彼女からその言葉を聞きたくなかった自分がいた。


「僕は絶対愛菜さんを殺したりなんかしない! 今ならまだ間に合う、僕と逃げよう?」

「嫌よっ……裏切り者(スパイ)と逃げるくらいなら、ここで死んだ方が……っ」

「どうしてっ……!」


 よっぽど僕を敵視している。それも無理はない。今はこの学園の大半が僕を異種族のスパイと認識しているのだから。

 ……でも。だとしても。同じクラスで隣の席で、僕と仲良くしようと言ってくれた彼女を、殺すなんて選択肢は僕には無い。たとえ僕が本当のスパイだとしてもだ。


「私はもういいの……友達も先輩も、皆ここで氷漬けになったの……私の目の前で死んじゃったのっ! 怖くて、辛くて、身体が動かないまま何もかも奪われて……私には、もう……ぐすっ」


 ――悟った。この子は僕と同じだと。突然目の前の大事なものを奪われて、その現実に恐怖し、絶望し、生きる意味を失っていた僕と……同じだと。


「――だから、いいの。どうせ死ぬんだから、せめて死に方くらい選ばせてよ……ぐすっ」

「愛菜さん……」

 

 感情も心も、凍りきっていた。前に視た彼女の笑顔はもう沈み切っていた。あとはもう目を瞑りさえすれば、永久の夢に堕ちるだけ。


「……あー、もう来たんだ。速いね」

「――!」


 絶望の中、ふと正面に何者かが現れた。二刀を持った黒ジャンバーを纏う仮面の男。見ているだけで内臓まで凍り付きそうだ。実に、最悪のタイミングだ。



「……! お前が愛菜さんを……皆をっ……!」

「ん……? あー、まだ生き残ってた人いたんだ。全員殺しきったつもりだったんだけどなぁ。まぁいいや。本当はもう帰ろうかなって思ったけど、君が来てくれたことだし、予定変更だね。私はシャギア。フィリアと同じ妖精騎士なんだ。彼女を知る者同士、少し私と遊ぼうよ、『弟君』」


 その呼び方を耳にした途端、面影が浮かびそうになった頭を左右に振って払い落し、かじかんできた両手で持つ剣を強く握る。抑えていた『強制覚醒(インフォース)』の力を再び解放させる。


「――愛菜さん」

「……何?」

「愛菜さんがどう死ぬかなんて、僕には知ったことじゃない。でも、今の愛菜さんがそれを選ぶのは僕が許さない。僕が死んでいいって言うまで、死ぬことを考えないで」


 ゆっくりと、前に進む。二刀を構えるシャギアを睨みながら、右手の剣――カストルを正面に構える。


「――どうせ死ぬからこそ、生き方を選んで。どう生きてくかを考えて。生きる事を諦めないで。先の絶望とか不安とか、しなくていい。僕が前に立って全部守るから」

「――!!」


 ……凍てついた心に、灯がついた気がした。段々と、溶けていく。その溶け水が、いつしか頬を伝っていた。


「――――ほんと、優しいんだからっ」


 また彼の優しさに、覚悟に救われた。これほど他人の背中を頼もしいと思う事は、生涯きっとない。後にも先にも、きっと。


「……待たせてしまったね。始めようか」

「……ふふっ、どうりであの子が惹かれるわけだよ」


 氷獄と化した廊下で、二人の双剣使いが刃を交える。その様子を見つめながら、愛菜は冷え切った心を溶かしていった――

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