#45「救いの裏」
陽翔学園 正門――
『――と、いうことで美尊君は生きてますよ。今は私の別荘で当分の間身を潜めてもらうつもりです』
「良かった〜! ありがとね〜天花ちゃん〜」
『いえいえ、彼の事をとても心配してたそうでしたので。安心してくださって何よりです、ミスリア先生』
少しずつ肌寒くなり、月が昇ろうとしていた時。天花からの連絡を聞いて先生はほっと一息をつく。
「えぇ……彼の居場所は守るって言ったのに、その持ち主が死んじゃったら守る意味も無いからね〜」
『そうですね。そうならないためにも、ここからは私達で出来るだけの事をしましょう。まずは生徒の皆さんにこの事態の説明と誤解の解消……そして事態を招いた原因を探らないといけませんね』
「主にその2つだね〜。原因の方はあれだけど、皆に美尊君が敵じゃないってどう説明すれば……」
『そこはまだ考える必要はありませんよ。居場所がバレない限り、処刑も争いも起きませんから。私がそっちに戻って来てからにしましょう。
その方が万一最悪な事態に陥ったとしても、絶対何とかなりますから』
余裕に満ちた声がスマホ越しに右耳に響く。その声に先生の口元が綻ぶ。確かなる希望を持った笑みだ。
「……ありがとね、天花」
『どういたしまして。じゃあ私は少し彼らの面倒を見てきますね』
「えぇ……よろしくね」
『ふふっ、いつものだらけた口調が抜けていますよ、先生』
「……だっ、だらけてなんかないから〜! もう切るね!」
勢いに任せて通話を切る。途端に冷気を纏った風が右から吹いては体温を下げてくる。
「……早く帰らないと〜、風邪引いちゃうな〜」
風で飛ばされそうになるフードを左手で抑えながら、先生は学園を後にした。
「――いくら時が流れようとも、一つ道を違えば諍いは起こる。そしてその傷は決して消えない。もう二度と起こすまいと何度心の髄に誓ったとしても」
帰路を歩く先生の遥か後ろに、一人の男が姿を現す。肩まで伸びた黒髪に左目には黒の眼帯、そして全身を黒のローブで覆うその姿は、今は誰も知らぬ謎そのもの。
「その真実を知ってしまうが故に……人間とは実に恐ろしく、面白い生き物だ」
男は笑みを浮かべる。先生が浮かべたものとは違う、全く以て異なる意味を持った笑み。闇に満ちた、悪魔のような笑顔だった。
「君はどう思う、ミスリア・セリウス。『黒き英雄』による叛逆を経験した者同士、同じ気持ちを持っていると嬉しいのだがね」
◇
陽翔学園 屋上――
「……弟君」
時は既に夜中。雲の隙間から照らす月の光を眺めながら、妖精騎士フィリアは救うべき者を呟く。
「もし弟君に何か危害を加えようとするなら……容赦しないから。ここにいる人間達、全員消してあげるから。私は弟君さえいてくれれば……弟君さえ助けられれば、それでいい。
私は弟君だけの味方。他の誰の敵でも味方でもない。たとえ同じ妖精でも……弟君に手を出せば、この刃を向けるわ」
背中に右手を移し、ジャリンッ、と甲高い音と共に剣が鞘から放たれる。その刀身を月の光に反射させながら、彼女はこの目でじっと見つめる。
「絶対……弟君は私が助ける」
口にすると同時に改めて肝に銘じ、立ち上がった、その瞬間だった。
「もうそろそろ『弟君』探し、諦めたら?」
「……」
黒のジャンバーを身に纏い、両手に包帯を巻き、妖精騎士を象徴する仮面をつけた青髪の男がフィリアの目の前に立つ。両手には白と青に煌めく双剣を持つ、彼の名は――
「……シャギア、何故貴方がここに」
「レグノ様からのご命令。フィリアを東京に連れ戻して来いとね。君には人間と共闘した罪が課せられた」
「……!」
罪……あぁそうか、あの時か。竜族から弟君を守った、あの時か。
「家族が心配な気持ちは分かるとも。でももうレグノ様も痺れ切らしちゃってね。これ以上怒らせたら君、裁判無用で殺されるよ? 取り返しのつかなくなる前に、弟君を諦めた方が今後のためだよ」
「……」
ゆっくり立ち上がり、シャギアの方へ剣を向ける。仮面越しからでも、その怒りと悲しみに満ちた目を向けながら。
「――私、これでも諦め悪い性格なの。そう簡単に弟君を諦めるほど、伊達にお姉ちゃんをやってないわ」
「おやおや……弟愛が強いこと。ならいいさ。最初からこうなる事など分かりきっていたからね」
構える双剣から殺気が伝わってくる。足が震えそうになる。でもそんなの関係ない。私は彼のために戦う。たとえ妖精騎士を裏切る事になったとしても。
「なら判決を下す前に……君の人生をここで断つとしよう」
「……何を言われようとも、私は弟君を探し続ける。見つけるまで、ただひたすらに」
剣を正面に構えるだけで一歩も動じないフィリアに、両腕を左右に振りかぶったシャギアが着実に間合いを詰めていく。
皆が眠るこの頃に、新たな戦乱が始まろうとしていた――




