#42「罪とこれから」
――――異種族を恨む者の望む未来へ世界は動いている。『異種族』と定めた人間を火刑に処した事で、これから確実にそうなると、伊弉冉照は高笑いを発しながら思い切っていた。
しかし、彼は同時に見くびっていた。ただの人間を。誰もが自分の敵ではないと思っている自分の甘さを。
◇
爆発から約1時間後――
「んっ……」
瞼が開く。そこに映るは黒煙が少し籠る岩盤に覆われた小さな一室だった。そして、僕の顔を覗き込む凛々しい女性の顔が。
「……お目覚めかしら?」
「え……」
優しい声で僕に問う。突然の登場で驚きながらも小さく頷くと、彼女は右手を口元に当てて笑った。
「ふふっ、ごめんなさい。貴方の反応が何だか可愛くって。それより身体の方は大丈夫かしら?」
「は、はい……」
ふと意識が身体に向く。どこを見ても傷一つない。血塗られた手も綺麗な白肌を取り戻している。最初から暴走した時なんて無かったかのように。
「良かったわ、何とか上手くいったようね。私は飛翔学園3年の鳳天花。これでもこの学園の生徒会長をやってる者よ」
「……鳳、さん」
肩にかかる程度の金髪に赤のメッシュ、その下には生徒会長専用の白ブレザーにウルトラマリンブルーのスカートを纏っている。ブレザー以外は全員共通のデザインだが、やはり放たれるオーラが……覇気が違う。力の差なんてこの程度でも十分理解できてしまう。
「それでね、さっき貴方に蘇生の魔術をかけたの。ちょっと煙たいのは色々あってね。でも失敗したわけじゃないから安心なさい。こうして貴方は息を吹き返したのだから」
この時、僕は自覚した。この身体は一度死んだという事を。あの時僕は確かに奏刃君に殺されたという事実を。
「……何で僕を、生き返らせたのですか?」
だから問う。人間の敵である異種族のスパイだと非難され、罵倒され、絶望に陥ったが故に暴走し、一人の幼馴染を殺めた僕をこうして蘇らせた意図を。生徒会長である以上、彼女がこれまでの僕の行為を知らないなんて事はあり得ないはず。その上で僕に手を差し伸べる理由は何なのか――と。
その答えは、微かに微笑む天花さんの口からすぐに出た。
「――神禎病院で起きたあの襲撃で、たった一人でその場にいた全員の命を救った貴方を、こんな理不尽な理由で見殺しにするわけにはいかないからよ。それに……」
(彩芽のためにも……彼は何としてでも守らないといけないのよ。たとえこの学園の子を殺めてしまった事実があったとしても、ね)
幼い頃から友として隣にいてくれた彼女がずっと大切にしていた弟で、恋の一つもしたことの無かった彼女が恋をした、唯一の少年なのだ。
今も行方不明の彼女の友として、再会の時が来るまで守り抜くという使命が天花にはある。生徒会なんかよりも、何においても優先される使命が。
「……鳳会長?」
何やら思い詰めたかのような難しい表情を浮かべる天花さんに、僕は一度呼びかける。天花さんは居眠りからはっと目覚めるように目を見開き、こちらを向く。
「はっ……! ご、ごめんなさい! つい考え事をしてしまったわ。安心して、大した事ではないわ。
それと、私が3年だからとか生徒会長だからって別に身構えなくても大丈夫よ。私、あんまり堅苦しいの好きじゃないのよ……」
「は、はい……では、鳳さんで」
「天花でいいわよ、美尊君」
「そ、それは流石に恐れ入ります……」
「むぅ……別にいいのに」
年上かつ天花さんから無意識に放たれる覇気に圧倒されながら身体を起こす僕を、天花さんは頬を膨らませながら支える。
「さて、これからの事だけど、当分は私の家の別荘を貸してあげるからそこで暮らしてもらうわ。安心して、この学園では私しか場所は知らないから。
当然学校に通うのも禁止するわ。何より貴方の命を守るためよ。代わりに私と代理の人がつきっきりで貴方に勉学と訓練を行うわ。期限はこの事態がきっちり収まるまで。いいわね?」
「……はい」
断るなんて出来るはずがなかった。何せ相手が相手だ。変に言い訳つけて断っても彼女には通用しないだろう。そして何より現状僕があの学園にいるのは危険だ。それは誰より僕が一番よく分かっている。学園に誰も頼れる人がいない今、彼女に従うのが利口というものだ。
「素直でいい子ね。さて、ここに車を手配するようメイドさんに今頼んだから、来るまで此処に待って頂戴。来たらすぐに乗って構わないわ。その後はメイドさんの指示に従って頂戴。そろそろ私も授業に行かないと先生に怒られちゃうから、今日はここまでね」
「……はい、色々とありがとうございました」
「お礼なんて必要ないわ。可愛い後輩を守るのは先輩の義務みたいなものよ。じゃあ、また後でね!」
にこっと微笑みながらこちら側に手を振り、天花さんは走り去っていった。どんどんその姿が小さくなっていき、消えていった。
「……はぁ」
一人になった途端、どっと罪悪感と己への憎悪が僕に襲い掛かった。どんな理由を並べても、僕が……僕の力があゆさんを殺した事実には変わりない。僕はもう犯罪者に変わりない。一度ついてしまった返り血は拭いきることなんて出来ない。
「僕が『強制覚醒』なんて力を最初から持ってなければ、あゆさんが死ぬなんてこと、無かったのに……」
初めて、自分に宿る力を呪った。元より僕はこの力を望んで手に入れたものじゃない。いわば生まれつき神が僕に与えた力なのだ。この世界も、それを取り巻く環境も呪いの歯車が回っている。そんな中で生まれ、戦い、何かを失っている。忌み子という言葉が、今の僕にはぴったりだった。
「……レグノ。どんなに僕自身が憎くても、お前だけはっ……絶対この手で殺してやる」
ふつふつと復讐心に燃えていたその直後、左の方から黒い車が止まる音が聞こえた。
「……お待たせ致しました。お話はお嬢様から聞いております。ではこちらへ」
黒スーツに身を纏った女性に手を引っ張られながら、僕は車に乗り込む。その左隣に女性が座る。中には彼女を含む4人の黒スーツの人がいた。
「狭い空間ですが、到着するまでの間……ごゆっくりおやすみください」
彼女が僕の左肩にぽんと手を置いた刹那、一気に睡魔のようなものが僕に襲い掛かった。
「は……ぇ……」
意識はここで途切れてしまった。肩に置かれてから、僅か3秒も経っていなかった。




