#3「前へ進む力、背後の真実」
その姿は、正しくヒーローの象徴だった。幼い頃に必ず一度は目にする、画面越しに映る怪獣と戦う人類の救世主。
――そう、それは子供の憧れ。大人になっても決して消えない炎を灯してくれる、永遠のヒーローだった。
「その目つき……いいじゃねぇか。戦う男の顔してるぜ! 大事な人を助けるためにここで負けられないっていう意思が伝わってくるぜ!!」
アルティメット・ゼロヴィオン。それが、零さんが貫いてきたヒーロー像であり、僕が彩芽を救うために目指すべき到達点であった。
「そうだっ……僕は、強くならなきゃっ……いけないんだ。今も彩芽はずっと苦しんでいる……だからこんなところで、弱音なんか吐いてられないっ!」
両足に力を籠め、思い切り後ろに蹴る。同時に零さんは両手から二振りの短剣を召喚し、左右に投げ飛ばす。すると短剣が回転しながら僕に迫ってきた。まるで意志があるかのように。
「っ……!」
背後に一つ。足元にもう一つ。そして頭上から零さんが拳を振りかざす。見える。いや、それ以前に身体が理解している。明らかに脳より動くのが速い。身体が勝手に動く感覚が全身に伝わる。
「ふっ……!」
足元から迫る短剣を左足で踏みつけて止め、背後の短剣を左手でその持ち手を掴み、そして頭上の零さんの右拳が迫るより速く右手で抑える。
「全て防ぐか……さっきとは大違いだなっ!」
「ぐぅっ……!!」
突如左手からまたあの電撃が脳を走る。一瞬意識が揺らいだ直後、あらゆる感覚が取っ払われる。同じ感覚だ。あの兵器に立ち向かった時と、全く。
「はああああっ!!!」
「っ……!」
コンマ0.25秒。僕が左足で瞬時に零さんの右頬に回し蹴りを繰り出し、地面に叩きつけるまでにかかった時間である。そして瞬く間に零さんの右足が僕の腹に命中する。
「まだまだだな……この俺を倒そうなんざ3万年早いぜ。だがこれだけは言っとくぜ。お前さんはとびきりの逸材だ。だが立派な英雄になるか闇に堕ちて悲劇の英雄となるかは……お前さん自身だけど、な!」
「なっ――」
いつの間にか僕の背後に現れた零さんが、右手の手刀で僕の首をトンッと叩く――
「ぁ――」
(まずい、意識が……)
「……今日はこの辺にしてやる。しっかり休めよ少年」
零さんに担がれている事も分からずに、力が一気に抜けると共に意識が失せていく。永遠に天高くから地上に向けて落ちていくような感覚だけを脳が感じながら。
(一体何なんだ……こいつの力は。あんだけボコボコにされてたのに、突然別人のような動きをしてきた……後で有村さんに聞いてみるとしよう)
ちなみに僕が目を覚ましたのは、約1週間後の事だった。
◇
その日の夜、零のスマホに一着の電話が鳴りだす。そこには『有村さん』と表示された画面が零の目に留まった。
「相変わらず速いな……もしもし、紅です」
『やぁ、零君。尊君の件、色々と分かったから共有しようと思ってね』
「流石は元魔術研究科の有村さん……速いっすね」
『まぁ、貴方の奥さん……じゃなくて、うちの元先輩がバリバリの仕事主義人間なもので。こほんっ、それで、美尊君の件なんだけど……』
「――へぇ」
その時、電話越しの有村さんから放たれた言葉に、零はニヤリと笑った。まるで最初から知っていたかのような、予知者の笑みに近いものだった。しかし後に彼も知る。ただの一般人であるはずの『逸材』黒神美尊の真実を。
「あぁ、思い出した。あとそれともう一つお願いしたい事がありましてね――」
◇
修行が始まってから約3か月。零さんとの厳しい戦闘に打ちのめされながらも、僕もそれなりに動けるようになった。
「はぁ、はぁ……もう、足が……」
「甘ったれるな! あと10周だ!」
この3ヶ月はずっと北海道江差町にある、かもめ島と呼ばれる小島でひたすら基礎体力を鍛えてきた。例えば約200段ほどある階段をひたすら昇り降りされたり……
「ひゃくっ……はぁっ……じゅうっ、はちぃっ……!」
「ほらもっと踏ん張れ! 200回出来たら終わりにしてやる!」
その後に頂上の芝生で腕立て伏せや柔軟をさせられたり、反射神経を鍛えるための訓練として、零さん(ゼロヴィオン)の全方向から迫る猛攻をひたすら避けたり、アクロバットの練習とかもさせられた。それに加えていつもの日課であるタイマンも行って……
(こ、これ……ほんとに意味あるのかなぁ……)
そんな日課を弱音を吐きながら毎日欠かさず取り組んできた事もあり、明らかに基礎体力は上がってるし、単純な攻撃なら簡単に躱すことが出来るようになった。
少しずつ成長を感じてきた、そんなある日の朝――僕は何故か零さんの腹パンを喰らった。真上から繰り出された鉄拳は、容赦なく僕の身体に悲鳴を上げさせた。
「グッドモーニングッ!!!」
「ふぐぅえっ!!?」
「ふぅ……いつまで経っても起きてこねぇから強制モーニングコールしに来たぜ、少年。いいか! 戦士たるもの、如何なる時も油断は禁物だ。今みてぇに寝てるところを襲ってくる事もあるからな。こいつはそんな時にも対応できるよう、常に脳の片隅を覚ましつつ睡眠をとる修行だ」
「えぇ……そ、そんなの出来るわけ……」
「言っとくが、これから毎日やるからな。朝の4時だろうと深夜2時だろうと、俺が部屋に入ってきたらすぐに起きれるようにな」
「ひぇ……」
(これじゃ毎日どころか1週間も経たないうちに死んじゃうよ……)
これから迫る日々に対する絶望を顔に滲み出しながらボロボロの制服を脱いでいる僕の左腕を零さんが突然掴んでは引っ張って起こす。身体が無理矢理誘導され、無意識に足がカーペット越しに床に着く。
「そらっ、いつまでも話してる暇ねぇぞ。起きたなら早速修行行くぞ!」
「あ、あの……まだ着替えてる途中で――」
「知らねぇ! 服くらい後でどうにでもしてやるからさっさと来い!」
羽織っただけのYシャツの袖に腕を通そうとした僕を容赦なく引っ張りながら、零さんは部屋の扉の先にある地獄の修行へ足を踏み入れたのであった――