#38「派王」
――プリマステラ。イタリア語で『一番星』を意味するその単語は、正に今の海月あゆに相応しい。数多の命の頂点で輝きを放つ存在。誰も超えられず、故に憧れ、標とし、夢の終着点とされる者。
その地に彼女は今、この瞬間に辿り着いた。最強や無敵なんて言葉を超越した、唯一無二の権化へと。
彼女――海月あゆは僅か1分に限り、無敵の生命体となった。
「……『乱光斬星』」
黒神美尊は両足に体重を乗せてすぐ地を蹴る。剣を右に構えながら一直線に突進し、更に一筆で星を描くように駆ける。しかしあゆに何一つ傷がつかない。まるで不可視の壁に受け流されているかのような感覚だ。確かに当たってはいるのに、斬った心地がしない。
「痒いよ、美尊君」
<すげぇ……今の攻撃あゆちゃんに全く効いてない!>
<これならいける! 勝てるぞあゆちゃん!>
<俺達もひたすらスパチャし続けたら永遠に無敵なるんじゃね?>
<それであゆちゃんは勝つかもしれないけど俺らは生活に敗北するぞ>
余裕に満ちた笑みであゆは美尊の攻撃を評価する。その顔を見て彼はちっ、と舌打ちをして再度攻撃を仕掛けるべく剣を構える。
が、しかし。
「――だーめ、次はボクの番だよ」
「っ!」
(カストルを素手でっ……!?)
刃を直接素手で掴むあゆに目を見開く。空いた右手は頭上に振り上げ、拳を固く握る。今この瞬間、彼女に何の攻撃も抵抗も通用しないことを悟る。
「『愛故之鉄槌』」
目の前で勢いよく拳が振り下ろされる。脳天から凄まじい衝撃と共に視界が歪む。
「――!!」
大地は一瞬にして割れ、巨大なクレーターが誕生する。周囲の木々や建物はそれらの残骸に混ざりながら、突き放されるかのように吹き飛んでいく。
今ここに残るは、正真正銘あゆと美尊だけ。風景などとうに消え去った。もはや役者のみで劇を行なっているに等しい。
「ただ呑気な配信者ではないようだな」
「ふふんっ、ようやく気付いた?」
「ふっ……だが結末は変わらない」
強がりを完全に隠すように余裕に満ちた笑みを浮かべるあゆに、美尊もつられるように口元を綻ばせる。
「配信者風情が俺の上に立てると思っているのか?」
「君の上に立てるかは分からない。でも、君には負けられないんだよ。今は絶対負けちゃ、いけないんだ」
あゆは地面に突き刺さった剣を右手で抜いて持ち直し、瞬く間に美尊との距離を詰める。彼女の答えに、美尊は再び口元を綻ばせる。
「大した度胸だ、気に入った。その度胸に免じて貴様に教えてやろう――」
――『派王』の力というものを。
剣を背中の鞘に収め、両手の指を交差するように組み、四文字を口にする。その四文字は彼女に息を呑ませるには十分だった。
「――禁忌開眼」
「……!!」
その刹那、風景に斬撃の爪痕が刻まれる。その数が増えるとともに刻まれる速度も上がり、漆黒の世界が姿を現す。
「『斬空穿雨界』」
<あれ、急に何も見えなくなった>
<あゆちゃ~ん、コメント見れてる?>
<聞こえてたら返事してー!>
<あ、再生止まった>
やがて闇が星空を完全に覆い、禁忌が上書きされる。そして0.01秒毎に放たれる斬撃と天から降り注ぐ闇の雨があゆを襲う。しかし彼女には傷一つつかない。
「っ……」
(圏外……もうっ、配信が出来なくなっちゃったじゃない!)
「1分くれてやる。耐え抜いて見せろ」
「……ふふっ、それだけでいいの?」
「過度な傲慢は死滅への近道だぞ、配信者」
『斬空穿雨界』開眼時間――約1分。
『現幻皆致唯固天愛』解除まで――約30秒。
『派王』を名乗る人間と、『配信者』の人間による、1分間の最終局面が今、幕を開いた。




