#36「止めるための配信(上)」
「はぁ、はぁ……」
私は――遠野歩夢は走っている。彼を探すために。
私は――海月あゆは探している。彼を助けるために。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
どこを探しても、彼の姿が無い。彼の入院していた病院にも足を運んだが、私が来た頃にはもうその病院は原型を留めていなかった。最初はもう彼は死んだのかと思っていた。だけど、絶対どこかにいるっていう根拠のない確信が心の奥底にあった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
探し始めてからもう2週間を目前としていたこの日も、私はめげずに彼を探す。昨今学園内及び世間で広がっている噂を知ってなお、私の感情は……彼に対する思いは変わらない。少なくとも学園内なら、誰よりも彼を知っているつもりだ。何せよ唯一完璧な人間の彼を見たのだから。恐怖に怯え、殺める事に躊躇い、逃げる事すら出来なかった弱い彼を知っているのだから。
「私が、助けなきゃ……早く助け――」
空にひらめく稲妻のごとく一瞬、突如目に映った現実に思考と足が強制的に停止した。晴天の中にも関わらず、黒を纏った巨大な雷が建物を叩き潰すように降っては、瞬く間に黒煙を上げていた。
「……っ!?」
凄まじい雷の威力と痺れるような魔力の気配。私は無意識に身体が震えた。恐怖と、また一つ別の感情によって。
「……っ!!」
両頬を勢いよく叩き、覚悟を決めて走り出す。スマホを取り付けた自撮り棒を、右手でしっかりと握りしめて。
◇
「――!!?」
駆け抜けた先に在ったのは、焼け焦げた男子寮と、黒い魔力を纏った彼――黒神美尊であった。右手には前に私と対峙した際に使っていたカストルの剣を収め、背中には右側にだけ黒い竜の翼が生えていた。
「……美尊、君」
違う。私の知ってる美尊君じゃない。でも、残念ながら彼は紛れもなく美尊君だ。右眼が黒に潰され、目尻から炎の如く漆黒のオーラが揺れる。右半身だけ人ではない何かに支配されているように見える。それともこれが本来の彼の姿なのだろうか。
「……」
瞬間、風が切る。彼が右手に持つ剣を水平に薙いだと同時に。間一髪で私はその場から両足で跳んで躱す。不可視の斬撃は一直線を裂き、射程内の建物や木々が真っ二つになっては崩れ落ちていく。
「……!」
(たった一振りでなんて威力なのっ!? こんな力、いつから美尊君は……)
考える隙すら与えることなく、斬撃は迫る。私はすぐにスマホの電源を入れ、カメラアイコンをタップしてすぐに配信を開始する。
「みんなっ! 今日も始まるよ! 『海月あゆ』の配信が!」
一人、また一人と同時接続者数――いわゆる同接数が重なっていく。現時点での私のHPは元の肉体――遠野歩夢の体力×この同接数に依存している。今現在の同接数は約500人。私本来の体力を50と仮定すると、海月あゆの現HPは25000。当然この数は増減する。場合によっては同接数でHPが0になって死ぬこともあり得るのだ。
<お、あゆちゃんの配信始まった!>
<こんあゆ~!! 今日も応援してるよっ!!>
<来た来た! 待ってました!!>
<今日の相手結構やばくね……?>
「うん、やばい……それも、前にボクが小樽で一緒に戦ったあの少年だからね! 油断は一切できないね」
<マジか、裏切り展開か!?>
<にしてはあまりにも前と姿変わりすぎだろ。似てるだけの別人じゃね?>
<どっちにしろやばい敵である事には間違いない>
「……今回は、負けないからね! ここでの負けは、全ての終わりを意味すると思うから」
同接数約2500人。ハート数約1400。この数を武器に、私は彼と再び戦う。右手で画面をタップし、一振りの蒼い直剣を召喚する。黒に染まった持ち手をしっかり掴んだその刃は、バチバチと蒼い稲妻を放ちながら光る。正面に立つ彼を照らしながら。
「『蒼電剣ジクサヴェルン』。今ここで――本邦初公開だよっ!」
剣を地面と平行に構え、両足に体重を乗せる。足元に蒼い稲妻が走る。対して彼も剣を垂直に構える。漆黒が刃を纏い、禍々しい覇気を放つ。
「はぁああああ!!」
それでも私は怖気る事は無かった。ただ目の前の彼を止めるために、私は地を思い切り蹴った。




