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#32「安堵の裏の起点」

 後に『神禎病院襲撃事件』と呼ばれるこの事態は、約200名が重軽傷を負い、内従業者を含む64名が意識不明の重体となった。しかし幸いな事に死者は現時点で無く、意識不明の64名全員も命に別状は無いとの事だ。


 ……という記事を朝8時の教室内にて、僕は机にうつ伏せになりながらスマホで眺めていた。


「良かった……皆無事だったんだ……」


 心の奥底から安堵のため息をつく。身体に纏わりついてた重りを取っ払ったような解放感で満たされる。不安はもう無い。そう思っていた。


「……でも、僕はフィリア(あいつ)に助けられた。助けられてしまった」


 解き放たれても、解消されても、またすぐに纏わりついてくる。敵に助けられたという事実……現実が。その怒りがスマホを持つ手に伝い、力が加わる。


 僕はあの日――男子寮の僕の部屋に襲撃した時から、フィリアを敵として認知している。しかし今回の事件では、同じ異種族であるはずのライに刃を向けた。

 異種族間で内戦でも起きてるのだろうか。それとも僕を庇う何かしらの大きな理由があるのか。向こうの事情なんて分からないが、何にしろ事実として残っている。それが何より悔しくて、情けなくて仕方がない。


(おまけにトドメだけ僕が刺して美味しいとこだけ貰ってしまって何か気味が悪いというか、罪悪感が残ってるし……)


 でも、借りを作ってしまった以上は返すのが道理というもの。いくら憎むべき敵であろうと、そこは一人の人間として、すべきことをするまでの事。


「――借りを返したらすぐにお前を討ってやる。僕が……この手で」


 スマホをフィリアに見立てるように睨み、僕は誓った。緩んだ心の帯を、今一度引き締めた。


 しかしこの時、もう一つ何かが起ころうとしていた。それがもう既に裏で動いていることなど、僕は知る筈も無かった。



 飛翔学園 学園長室――


「――()()()()、か」


 飛翔学園学園長の伊弉諾天(いざなぎあまつ)が放った一言は、これから起こる出来事の全てを現していた。それを火種に更なる火の手を回すように副学長の伊弉冉照(いざなみてらす)が答える。


「はい。先日の事件で彼は竜騎士に殺されそうになったところを妖精騎士に助けられている所が当時のテレビのライブ配信で映っていました。更にその前には当該妖精騎士が我が校の男子寮を襲撃。襲われた部屋は彼の住む部屋と全く同じでした。

 ここをピンポイントで襲った……しかもそこで死者が出てないというのも不思議でならないんですよ」

「むぅ……」 

「妖精族は異種族の中でもかなり人間に殺意を抱いている種族です。なのにそんな妖精が……それもトップの妖精騎士が、一人の人間を殺さないというのは考えられないです! ただ一つの、可能性を除けば……」


 その『可能性』を既に天は悟っていたのか、無言で頷く。早く続きを話せという無言故の圧を照に襲い掛かる。その圧を感じながらも、照は言葉を紡ぐ。


「彼……黒神美尊が()()()()()()()()()()であれば」

「……!」


 言い換えれば、妖精族――異種族のスパイ。或いは……人類の裏切り者。イザナミの名を持つ副学長は、一人の忌み子が人である事の否定を口にした。そして、イザナギに告げる。彼の『可能性』が導く結末を。


「学園長。今後彼が何を起こすかなんて計り知れません。異種族どもから生徒を……学園を守るためにも、黒神美尊をこの飛翔学園から追放しましょう。言わば――強制退学です。或いは……生徒会長鳳天花(おおとりてんか)又は彼女の委託する者を処刑人とし、黒神美尊の死刑を命ずるか」


 天は顎に手を当てて俯く。迷っているのではない。ただ副学長の言葉だけが真実だとは思えないだけ。しかし完全に嘘だとも思えない。実際に妖精騎士が美尊を庇っていたのは映像として残っている。だがまだ分からないのだ。黒神美尊そのものを知らない。だからこそ、何を起こすのか計り知れない――と言っているのかもしれない。


「……少し様子を見るべきだ。伊弉冉君、可能性だけで話を進めないでくれたまえ。いくら何でも正当かつ確実な理由無く退学させるなど、私に職権乱用しろと言っているようなものだ。君の意見を完全に否定はしないが、彼もまた我が校の生徒だ。それこそ生徒を誰一人取り零すことなく守るためにも、私は君の意見に肯定しない」

「――!」



 照は目を丸くしてすぐ小さく舌打ちをしてから校長室を後にした。天は肩の力を抜いて一息つき、自席に腰を下ろして窓から見える雨空を眺める。


「異種族同士が争うように、人もまた人と争い、落とし合う。全く、お互い様だな……」



 気をつけたまえ、黒神美尊君。絶望は既に近づいている――――



「――貴方が、桐谷奏刃君ね」


 それは突然だった。朝の予鈴が鳴る10分前の事だった。僕――桐谷奏刃は入口からひょこっと顔を出す女性に声をかけられた。


「……はい、私が桐谷ですが」

「少しお時間くれないかしら? 大事な話があるの」


 皆とは違う、白い制服に身を纏うは……この陽翔学園3年の生徒会長――鳳天花であった。

 彼女の要望に僕は「はい」と答えながら頷き、その後ろを追い歩く。変哲もない廊下の突き当たりに見えたのは生徒会室だった。


「さ、入っていいわよ。好きなところに座って頂戴」

「はい……失礼します」


 おそるおそる生徒会室へ足を踏み入れる。入って正面に見える机の左右に並ぶ椅子に天花会長が座ると、その正面に僕も腰を下ろす。


「さて、本題なのだけれど……単刀直入に言うわ」



 ――君に、黒神美尊の死刑執行を頼みたいの。



「――――――」


 身体が震えた。止まらない。呼吸なんて正常通り出来るものか。


「彼が……君の友達が異種族と手を組んで戦った事、既に君も知ってるでしょう?」

「――――」

「本来なら私が直々に執行するよう副学長から言われたけど、私が直接指名した者であれば、その者に執行を委託する事が出来るの。

だから君に……彼の友達である君に頼んでるのよ、桐谷奏刃君」


 分かってる。美尊君が異種族と手を組んだのはとっくに知ってる。でも、おかげで彼は戦場と化したあの場所にいた人達全員を助けた。

 そんな彼を『異種族と共闘した』だけの理由で殺すなんて、狂ってる。



「お願い。君にしか頼めないの。君にしか――――」


 その後に放った言葉は、僕にしか届かない。それを聞いて、僕の中で何かが変わった。もっといい終わらせ方があるはずなのに……そう思っていた僕は既に僕の中から消えた。



「――分かりました」


 そして誓った。美尊君(しんゆう)をこの手で殺める事を。これで彼の苦しみが終わるなら……皆が少しでも安心して日常を送れるのなら――


 そんな事を考えてたら、断る理由なんてものは、その選択と共に消え失せていた。


「そこまで仰るのであれば、謹んでお受けします。黒神美尊の最期は僕が閉ざし、その死を看取ります」


 どうかこの選択が、一人でも多くの救いになりますように。



 ――刑法第199条(殺人)及び魔術法第7条(魔術による殺人)及び同法第8条(魔術による建造物損壊)又は同法第15条(異種族との共闘)に基づき、陽翔学園1年1組 黒神美尊を『死刑』に処する。


 なお、当該受刑者の処刑は学園長伊弉諾天(いざなぎあまつ)代理 伊弉冉照(いざなみてらす)及び生徒会長 鳳天花の任命及び指名により、同学園1年1組 桐谷奏刃を任命する。

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