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#31「竜の誇り、騎士の意思」

「なっ……妖精騎士だとっ!?」


 衝撃的な光景を、竜騎士は見た。異種族である者が本来敵対しているはずの人間を守った。それもあの妖精騎士の者が、だ。一体どういう風の吹き回しなのだろうか。


「何の……つもり、だ……」

「前に言ったでしょ、私は君を助けるって」

「馬鹿を言うなっ……僕はお前の、敵だぞっ……!」

「私がそうしたくてやってるの! ほーら、いいから君は素直に私に守られてなさいっ」


 フィリアが優しく僕を寝かせては胸に刺さってある槍を抜いて投げ捨て、両手を翳す。すると僕の身体が光に包まれ、傷が癒えていく。前に僕を襲って来たとはとても思えない行動だ。


「ふふっ、よしよし。いい子だね。すぐ終わらせるから、ちょっと待っててね」


 頭から前髪へ、暖かい手が一定の速度を維持しつつ優しくなぞる。不覚にも心地良さを僅かに感じてしまったが最後、僕の意識は傷を癒す光に包まれながら夢の中へと落ちていった。


「……もう、相変わらず素直じゃないなぁ」


 すぅすぅ……と静かに眠る彼の顔を見てフィリアは微笑む。その後すぐに振り向き、背中から剣を抜いて正面に構える。


「フィリア……一体どういうつもりだ。あれだけ人間を嫌い、憎み、率先して人狩りをしてきた妖精……その中でも選ばれし騎士たる者が人間を庇うなんてな」

「これは私の意思で決めた事。敵だとか種族がどうとか関係ないわ」

「お前……それが裏切りに値する事を分かってるのか?」

「勘違いしているようだけど、私は最初から妖精騎士(彼ら)を裏切り裏切られるような関係をもった事はないわ。ただ偶然、私と()()()()()()()()()()()の騎士もどきな妖精でしかないの」

「そうか……まぁそっちの話だ、俺が直接関わる事ではない。しかし我が竜族に刃を向けるならば……問答無用で俺の敵と見なすっ!」


 ライが左手を伸ばした途端、投げ捨てられた槍が自ら意思があるかのように手元に吸い寄せられ、がっちり掴んで構える。両者それぞれ矛と剣を構えて睨み合う今、異種族同士の戦いが幕を開けるまではもはや時間の問題となっていた。

 

「ご自由にどうぞ。私はただ貫くだけだから」

「ならばその意思諸共、この矛を以てお前を貫くまでだっ!」

 

 槍が再び熱を籠らせ、矛先が燃え上がる。その先に見えるは、正面に剣を構えたまま動かない妖精騎士。唯一の変化と言えば、微かに金木犀の香りがふわりと鼻をくすぐっただけ。それも竜の炎を前にすれば消し炭も同然。


画辰焔槍(がりょうえんそう)・一式――」

金風妖犀剣(こんぷうようせいけん)・三式――」


 己に叩き込んだ流派の名を呟く。体勢を変えることなく、ただ決心する。この一撃で決める――と。


空裂飛翼(フェザーグラビティ)!!」

哀花枯黒(あいかこっこく)


 刹那、二人の騎士は残像と化し、交わる。その瞬間さえも世界は見せなかった。いや、見えなかった。一瞬で二人の立つ位置が入れ替わったようにしか見えなかった。しかし、勝負は既に決着した。


「がっ……はっ……」


 ライの上半身に突如斬撃の一閃が描かれ、直線状に彩るように鮮血が迸る。左手に持つ槍も真っ二つに折られ、矛先から半分が荒れた地面に甲高い音を響かせながら足元に転がる。


「……哀しき竜の騎士よ。竜族の誇りのために戦い、生き道を歩む貴方は……確かに強い。でも、時にそれは自らを縛り、苦しむ呪いになる」


 振り向く事は無く、フィリアは独り言のように呟く。その言葉が、ライに突き刺さる。斬られた痕から伝う痛みと、敗北による喪失感が同時に襲い掛かる。


「何が言いたいっ……竜族の誇りのために戦う俺を嗤うつもりかっ!」

「いえ、決してそれはないわ。でもその誇りは……貴方だけのものではなく、竜族として生きる全ての者のもの。当然その分期待と責任は大きくのしかかってくる。その二つが貴方を誇るべき竜騎士として強くし、同時に義務感となって苦しめる。故に一度敗北を味わえば誇りの灯火は消え、期待に応えられなかった自らへの嫌悪と喪失だけが残る。だから哀しい。生きる意味を、ただ一つの敗北で全て失うのだから」

「舐め、やがってっ……フィリアアアッ!!!」


 血を吐きながらライが全身の力を振り絞って地を蹴り、フィリアに折られた槍を突き出す。しかし眼前には頭上に剣を振りかざすフィリアの姿があった。


「お前が何と言おうと、俺は誇りのために命を捧げるっ――!!!」

「――ぁ」


 鳥が一斉に羽ばたく。鳴くことも無く、ただ羽音だけを焼け始めた空に響かせては消えていく。その原因は、突如フィリアの前に現れた一人の人間だった。


「――!」


 フィリアが思わず息を呑む。その眼前に在るのは、蛍色の光を放つ男。その両手にはフィリアが持っていたはずの剣が握られていた。その刃は深々とライの心臓に突き刺さる。最初と立場が逆転した。


「……この一突き程度で、死んだら困るよ――ライ君」

「……ははっ」


 声が漏れる。無意識に口角が緩んでしまう。身体は痛みで悲鳴を上げてるのに。


「ふはははっ……! 言い放った言葉が……そのまま、返されるとはなっ! それも……人間、風情にっ……」

「……これでおあいこだ、ライ君」

「ふっ……気に食わないな」


 感情が薄れていく。瞼が落ちていく。力が抜けていく。そして意識が、途切れていく。


(……気に食わない。人間も、そんな人間に負ける俺も、突如人間の味方になる妖精騎士も、自らの誇りさえも。全部全部全部。全部忘れたい。消し去りたい。でも、これでいい。俺の中の人間の常識を、覆してくれたのだから)


「……ミコト。俺は……もう、一度っ……お前とっ……」

「……その時は僕も、最初から本気で行くよ」

「当然、だ…………」


 静かに目を瞑る。温もりが消える。全てが終わっていく。忌み子の握る妖精騎士の剣によって。


「……それまでには、君に追いつけるくらい強くなるよ」


 突き刺した剣を抜き、刀身に付いた血を振り払って地面に飛ばし、フィリアに返す。


「……今回は助けられた。敵に言うのは不本意だけど……ありがとう」


 顔を彼女に向ける事なく、感謝を呟いてすぐにその場を後にする。確かに感謝を受け取ったフィリアは驚いてからすぐに笑顔を浮かべる。


「……! うんっ」


 またいつでも頼ってね――という言葉を込めた笑顔を彼に向け、去りゆく背を見送った。


 配信していたカメラを乗せたヘリは、とっくに上空から消えていた。

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