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#30「竜炎(下)」

 ――熱い、と察知する感覚は既に身体から消えていた。代わりに痛みとなって身体の奥底まで残り続ける。一か八かで火球の上を飛んでライの槍を奪おうとした挙句、この通り実現とはならなかった。


「……っ」


 それなりに強い風が肌を撫で、焼けた服がなびく。どうやらまだ僕は生きているようだ。目を開け、身体を押し潰して来る瓦礫をどかしながら立ち上がると、視界に広がるは青空と周囲を囲う竜の群れ、そして巨大な穴が開いた病院。この穴から僕はライの竜が吐いた火球で吹き飛ばされていたのだろう。



「ほぉ……世界を焼く我らが竜族の炎をもろに喰らってもなお生きているとはな」


 穴から勢いよく真上に飛び出してきたアイヴィから降り、僕に近づきながらライは口を開く。その顔はどこか嬉しそうだった。何故だか僕には理解できなかった。これだけ被害をもたらしておいてこんな笑みを浮かべられる存在など、人じゃない。いや、そもそもライ(こいつ)(ドラゴン)だ。人が人ならざる者の感情を理解しようなどと思う方が愚かだった。


「人間風情にこれを言うのは不本意だが……ミコト、お前は強い。この俺が唯一認めた人間だ。盛大に誇れ」

「……」

「強情者め。少しは口元綻ばせておけば良いものを。ならば致し方無い……我が奥義を以てお前の強さを証明してやろう――」


 右手の槍を逆手に持ち替えては思い切り地面に突き刺し、騎士は叫ぶ。



「禁忌は我が力に眠り、魔術は世の数多に舞う。今此処へ数多を一つに、我が魔術は開眼する――」

「……!」


 その呪文、聞き覚えがある。確かあゆさんと同じやつだ……!!


「禁忌解眼――」


 刹那、アイヴィを含む病院を囲う全ての竜が吠えながら炎と化し、流星の如く突き刺した槍に集まっていく。槍を中心に炎の柱が天を穿つ。灼熱の中で折れて短くなった柄は完全に姿を取り戻し、石突が禍々しい穂へと形を変える。更に両端の穂の根元から竜の翼のような刃が生えてくる。十文字槍と両刃槍が融合した、唯一無二の聖槍が今この瞬間に誕生した。


「これは……っ!!?」


 僕の想像していたものとは、全く異なっていた。禁忌魔法は能力で世界を創る魔術のはずだ。しかしライは己の能力ではなく竜を用いて、幻想世界ではなくただ一つの武器を生み出した。正確には元々の槍を進化させた、というべきなのだろうか。



「『|竜血鬼哭焔穿牙《ムスプル・シルヴェ=フィスタ》』」


 軽々と槍を回して炎を周囲に散らし、しばらくして回す手を止めて構える。僕に向けたその目は、意識が僕の息の根にしか向いていないと思わせる殺気と僅かに感じる敬意が混じっているようだった。ここにきて僕は異種族である彼の感情を微かにだが理解できた気がした。


「さぁ、受け入れる準備は出来たか? お前の強さを。そしてその強者に相応しい結末を」


 槍を纏う炎が蒼くなった。温度が上がったからか周囲が陽炎によって揺れて映り、瓦礫が段々とチョコレートの如く溶けてきている。暑さで意識が朦朧としてきた。しかしそんな暇も猶予も無い。


「……!!」


 自然と身体が前に動いた。ブレーキを踏む足は、もうここにはない。ただひたすら回転数を上げ、1にも満たない馬力数を少しでも1に近づけさせる。足と同じ速度とタイミングで振る腕は接近したタイミングで右拳を振り上げ、ライに殴りかかる。


「無駄だっ!!」


 ライの槍が左から迫ってくる。ギリギリの所でライの股下に潜って躱したものの、左脇腹から腹部にかけて一筋の赤線が描かれた。


「っ……!」


 喰らった。躱したはずなのに。当たった感触さえも無かったのに。そんな僕の疑問にライは答える。


「俺の禁忌魔法は周囲にいる対象全てにあらゆる攻撃を必中させる。たとえ攻撃が直接当たらなくとも、範囲内にいる限り俺の攻撃を躱す事は出来ない」

「必中……攻撃っ……」

 

 傷口の赤が溶けてきている床に落ちては蒸発し、黒く焦げたような痕だけを残していく。痛みと暑さでもう身体も心も限界に近付いている。同時に死も確実に訪れようとしていた。

 そんな僕の胸に突如十字の矛が貫き、身体が宙に浮く。死期が一気に近づいた。既に思考は生きる事を放棄していた。完全に僕を見放した。僕を諦めた。力が無意識に抜けていくのが何よりの証拠だ。


「がっ……」

「再度聞くぞ、ミコト。準備は出来たか? 己の強さと現実を受け入れる準備を」


 胸から溢れる深紅が黒の衣服に染みながら下に伝う。口の中が朝に飲む学校の水道水のように生温くて、鉄の味がしっかりする。これが、僕の口にする最後の食事になるのだろう。今はただ、その味を堪能する。恐怖と後悔と、全てからの解放の混じった味を。

 

「――ちょうど今、出来たとこだよ」


 ただ一言、返答する。口に入った味を零さないように空を仰ぎながら、静かに呟く。その空は黒かった。炎から上がる黒煙が青を隠すように。それは雲の白すらも無かったことにしていた。


「――そうか」


 ライの右手から炎が上がる。やがてその手に持っている槍に燃え移り、小さな渦を作る。これから起こる事はもう分かっていた。でも、何も抗えない。出来る事といえば受け入れるだけ。


「互いに万全な状態で交えられなかったのは惜しいが……さらばだ、強き人よ。お前の名は生涯忘れぬぞ、黒神美尊」


(……ごめん、零さん。こんな僕のために時間を割いて修行してくれたのに。きっとそっちで再会した時には早すぎだって、怒るだろうな。

 桐生君、奏刃君、あゆさん……1組の皆も、ごめん。もっと皆の事知りたかったし、一緒に学校生活過ごしたかったな……)


 後悔の味が濃くなってきた。少し苦い。鉄っぽい味が少し薄れてきた。もう晩餐もお開きの時間なのかもしれない。


『弟君――』

「ぉ……ねぇ、ちゃ……」


 声がした。微かに口の中が甘くなった。苦みの中に、甘みがある感覚。コーヒーに微かに入れたミルクのようだ。ゆっくりと食道に流し込み、その声の主を呼んだ。誰にも聞こえないほど小さくて、弱々しい声で、きっと今もどこかで生きてるであろう少女に、届くようにと祈りながら。



 ――ふわっと、風に乗って金木犀のような香りが僕の鼻をくすぐった。直後、肉を裂く音がしたと同時にライの右腕が斬り落とされた。


「「――!?」」 


 両者、目を見開いた。一体何が起きたのか分からない。どこからの攻撃で、何者の攻撃なのか。状況を理解出来ぬまま、ただただ脳が混乱する。


「な、何が起きてっ――」


 ライの腕が斬られた影響か、槍に吊し上げられた僕の身体が地面に引き寄せられるも、すぐ何者かに抱えられ、ふわりと着地を決める。目の前には白の鎧と仮面を見に包んだ騎士がこちらを見て微笑んでいた。


「何で……お前、が……」


 見間違いは無い。僕の脳が、細胞の全てがそうだと言っている。彼女こそ――あの妖精騎士フィリアである事を。


「前に言ったでしょ、私は君を助けるって。だって……私は君の()()()()()なんだからっ」

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