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#29「竜炎(上)」

 北海道札幌市 神禎病院1階――


「――っ」


 僕の左胸に、槍を一突き。対して振りかぶった右拳は竜騎士に届くことは無かった。一瞬にして勝負はついた。


「遅い、あまりにも遅すぎる。その程度で我が竜族を殺せたとは思えぬ」

「……」

「秘めているのなら晒せ。無いのならこのまま時を待て」


 足元の赤が、肉体と言う名の(さかずき)から命という名の聖水を零している様を表している。皮膚を裂かれ、中を貫き、背を内側から開けられる痛みがあるうちは、まだ生きている唯一の証拠だ。


「……!」


 力の限りぶら下がった右腕を上げ、槍へと持っていく。幸いまだ身体に脳の指示が伝達されている。「動け」の一言だけの絶対指令が。


「流石に一突き程度で死なれては困るぞ、ミコト――」

「っ――!!」


 槍に中指が微かに触れた刹那、指先から脳へ電撃が迸っては全身へ駆け巡る。直後右手で槍の持ち手を掴んで折る。


「槍を素手でっ――!?」


 折られた槍を見て驚くライに僕は左胸に刺さったままの槍を掴んだまま跳び、左足でライの右頬に回転蹴りを喰らわせる。


「くっ――この程度っ!」


 ライは約10メートル先まで吹き飛ばされるも、すぐに立ち上がって突っ込んでくる。僕は右手で掴んである槍を身体から引き抜き、一回転して投げ飛ばす。しかしライはそれを瞬時に残った槍の持ち手を振り上げて弾き、投げた矛先が天井に深く突き刺さる。その衝撃で照明が数秒間点滅する。逃げる人達は悲鳴を上げながらも少しずつ出口へと足を進めていく。


「ふっ――!」


 実質鉄の棒と化した槍を僕の顔面に向けて突き出す。


(来るっ――避ける事だけに集中するんだ! その後の反撃も一切考えるな。強制覚醒(インフォース)を発動してない状態じゃまず敵わないっ!)


 意識を突き出して来る棒にのみ研ぎ澄ませ、左眼を貫かれる寸前に僕は右に躱した。そして瞬時に左手で棒を掴んで再び折る。電撃が再び身体を巡る。


「はあっ!!」


 姿勢を低くして間合いを詰め、左手で持った棒でライの顎を思い切り殴りつける。ライは殴られた勢いに乗って空中で背面跳びをしてから後ずさり、距離をとる。


「ほう……武器に触れている限り強制的に覚醒させる身体強化。それが我が竜族に一度敗北を見せた貴様の力か。実に面白い。だが――」


 パチンッ、と指を鳴らす音が聞こえた直後、視界が徐々に赤くなっていく。その正体が何なのかは全身に感じる熱さと痛みで分かってしまう。


「我が竜族の炎に、貴様は敵わぬ――!」


 入口の自動ドアから見える、炎を吐きながら迫ってくる黒竜の姿。逃げ行く人達も、突進してくる竜を前に思わず引き返す。その間にも黒竜は1階フロアを破壊する勢いでドアに突っ込んで僕めがけて炎を吐く。一瞬にしてエントランスホールが火の海と化した。


「くっ……!」


 ここでライと竜を同時に相手に出来ないと判断し、僕は黒竜の炎を天井に当たるギリギリまで跳んで躱し、火の手が回ってない場所に着地してすぐ黒竜の左眼に持っていた棒を投げる。今度は見事に命中し、悲鳴を上げるが如く黒竜が叫ぶ。


「アイヴィっ……!!」


 恐らくあの黒竜の名と思われる言葉を叫びながら、ライがアイヴィに駆け寄る。その隙を狙って僕は後ろにあったエスカレーターに向かう。


「ちっ、逃がすものか! ……少しだけ我慢してくれよっ!」


 ライはアイヴィの左眼に刺さった棒を引き抜き、痛みに苦しむアイヴィの頭を撫でる。そしてすぐに天井に刺さってある先端部分の槍をジャンプしながら抜き、アイヴィの背に乗る。


「アイヴィ! 奴を追うぞ!!」

「――――!!!」

 

 大きく叫びながらアイヴィは少し助走をつけてから低空飛行を始め、エスカレーターの上を飛ぶ。あっという間に僕との差が詰められてしまった。


「見えたぞ! アイヴィ!!」

「――!!!」


 エスカレーターから2階の診察室前に足を踏み入れたタイミングで、アイヴィが背後から口から再び炎を吐き出す。ここにいる人達は皆エスカレーターから突然炎が出る光景に驚き、アイヴィが現れた瞬間に各々必死になって逃げていく。


「うっ……!」


 咄嗟に踏み出した右足を右に蹴りながらエスカレーターの手すりを掴んで側転する。幸い炎は当たらなかったが、一瞬でも遅かったら焼かれていた。

しかしまだ安堵してはならない。何とかして武器になりそうなもの……『強制覚醒(インフォース)』を発動させられる武器を、探さなくては。


「くそっ……!」


 ライが竜に乗ってる以上、これまでみたいに槍を折って一部を奪ったりは出来ない。しかし早く何とかしないとこの病院にいる皆がどうなるか、なんて言うまでもないだろう。


「このフロアには無いかっ……!」


 2階は諦め、再びエスカレーターで3階へ――と思い、診療室や検査室付近を逃げ回るが、その昇りエスカレーターが無かった。更に階段も見つからなかった。これで上る手段はエスカレーターの近くにあるエレベーターに限られた。


「観念しろ、ミコト! 貴様は既に竜の炎に焼かれ、敗北する未来が約束されているのだ!」

「ちっ……こうなったら一か八かだっ!」


 途中まで逃げていた足を止め、逆方向――ライとアイヴィが迫る方向へ走り出す。


「ようやく逃げ道は無いと悟ったか――アイヴィ! 焼き払え!!」

「――!!!!」


 ライが指示した直後にアイヴィが巨大な火球を吐き放つ。太陽の如く燃え上がるそれを躱そうと上に跳んだと同時に目の前で巨大爆発を起こし、2階のみならず、建物全体を獄炎と爆風が包んだ。窓ガラスが全て割れ、1階が完全に潰れてしまった。僕を含む爆風に巻き込まれた人達は、割れた窓から落ちたり上に大きく吹き飛ばされたりしていた。

 その様子はしっかりと各テレビ局のライブ配信カメラに映っていた。


<うわっ、爆発した! 建物の中で爆発が上に登ってくみたいに起きてる!>

<今ので1階が潰れたぞ……もう皆逃げた、よなっ!?>

<窓の方から人吹っ飛んでるぞ。それも何人も>

<外のドラゴン達も皆ついに動いたね……何故か皆屋上へ飛んでったけど……>

<きっと屋上で助けを求めるのを防ぐためだろ。マジで皆殺しする気満々じゃん……>

<防衛派の奴ら早く来いよ。東京で戦ってる場合ちゃうぞ>



「弟君……」


 爆発が巻き起こる病院から離れた場所で空中からその光景を眺めながら、少女はただ一人の無事を祈っていた。


 白い仮面から、微かな涙を零しながら――

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