#26「心配」
後日、妖精騎士が陽翔学園の男子寮を襲撃し、謹慎処分を受けていた男子生徒が病院に搬送されたこの事件はたちまち学園内全てに広まった。
「妖精騎士が? てことはもう北海道ももうかなり侵略されてるって事かよ!」
「それは流石にねぇだろ。だって今んとこ北海道で異種族が発見されたのって、小樽の竜と函館のオークだけだぜ? まだ小妖精すら来てねぇのにいきなり妖精騎士が来るわけねぇって」
「妖精騎士って……あの異種族最強の軍団だよね!?」
「正確にはその最強の一角だけどね。でも話によるとその男子生徒の命に別状は無いらしいよ。私達でもあれには手も足も出ないというのに、よく死なずに済んだよねぇ」
至る教室、各々のグループで固まる生徒達よあらゆる会話全てがその事件で盛り上がる。それもそのはず。日本で唯一本来の都市として機能している北海道で、突如異種族最強の一角を担う妖精騎士が現れたのだから。
無論その話題に、例の男子生徒を知る人達――1年1組の生徒達は驚きを隠せずにいた。
「おいおい、妖精騎士ってマジかよ!」
「何でそんなのが……いきなり美尊君を狙ったの!?」
「目的は分からないけど、彼に何かしらの因縁が無いと、わざわざ誰もいないはずの学生寮になんて来ないよ」
歩夢と桐生、そして奏刃が彼女のスマホ画面に映されたニュース記事を眺める。そこには『妖精騎士 北海道の学生寮に奇襲』というタイトルの下に長々と小さな文字で記事がぎっしりと詰まっていた。
「……お見舞い、学校終わったら行こうかな」
「そうだね。僕も一緒に行くよ、歩夢ちゃん。桐生君は……そういえば今日は部活だったかな。どうやら夏の大会控えてるらしいじゃないか」
「きっ、今日はたまたま休みだっての! 仕方ねぇから俺も行ってやってもいいぜ。今頃あいつは一人寂しくしてるだろうしなっ!」
桐生が強がりながら彼女らに同行すると言い放つと、奏刃と歩夢はふわりと微笑む。これにより、三人でのお見舞いが確定した。
「よし、それじゃあ――」
授業の準備しようか、と奏刃が口を開こうとした瞬間だった。
「――おい5分前だ、静かにしろ」
各教室のスピーカー越しから響く生徒指導の先生の怒号により、学校内の熱が瞬時に冷めきった。
この日の授業は何故か廊下からの先生の監視が厳しかった気がした。
◇
――気づけばもう夕方になっていた。この病室で寝込んでいただけなのに、時だけが進んでいく。
「……フィリア」
それは、あの日僕を襲った妖精騎士の名。彩芽を攫い、故郷を焼いたあの異種族の仲間。僕がこの命に代えてでも討つべき敵。
「待ってろ……お前は必ず、僕がっ……!」
彩芽を攫ったあの連中と一緒に、地獄の底に叩きつけてやる。
そう決意し、ようやく動かせるようになった右手を天井に向けて伸ばし、強く握る。その覚悟を、神に誓うように。
――その時だった。誰かが病室の扉をゆっくりと開けた。室外の空気が流れ込んでは肌をほんの少しひんやりとさせた。
「美尊君っ……!」
姿を現したのは三人。あゆさんと桐生君、そして奏刃君であった。放課後すぐに来てくれたのか、全員が制服のままだ。
「皆……何でここに――」
「んなのお前が心配だからに決まってんだろ! あの妖精騎士に襲われたんなら尚更だ!!」
桐生君が僕の胸ぐらを掴む。上半身が急速に引っ張られる。しかしすぐにベッドに引き戻される。奏刃君が咄嗟に桐生君を止めたからだ。
「桐生君、気持ちは分かるけど病人にそれは良くないよ」
「あ、あぁ……悪りぃ、その……状況読めて、無かったわ」
「ううん、気にしないで。心配かけちゃった僕が悪いから……」
桐生君の言ってる事が全てだ。誰だって妖精騎士なんかに襲われたら心配くらいする。あの時僕は初めてその存在を目にしたけど、今回は運良く一命を取り留めたと言って良い。本来僕は死んでいてもおかしくなかったのだから。
「な、なぁ……美尊」
「……?」
桐生君が僕を呼ぶ。振り向くと、桐生君は四つ折りにした紙を僕に渡してきた。
「……退院したら開けろ。じきに学校からも言われるだろうけどな」
そう言い残すと、桐生君は病室を後にした。取り残された二人は苦笑いを浮かべながら僕の方へ歩み寄る。
「ごめんね、あいつは不器用だから。でも君の事、ほんとに心配してるんだよ。まぁ、学校前に現れたドラゴン退治を一緒にした仲だからねぇ」
「そうだね。でも心配なのは僕達も同じだよ、美尊君。だから、もうこんな事は起こさないでね?」
「……ごめん、迷惑かけちゃって。もうあんな事はしないように気をつけるよ」
「ううん、元気そうで良かったよ。早く退院できる事を願ってるよ。あ、明日差し入れ持って行くからね」
「うん、ありがとう奏刃君」
桐生君に続いて部屋を後にする二人に僕は軽く手を振る。また元気に会えるように……と、心から願って。
◇
――それから奏刃と桐生とも別れ、一人帰り道。突然心から何かが熱くこみ上げてくるのを感じた。
「……っ」
両目から溢れる雫。言葉にならない声。考える事を放棄した脳内。ただ私に泣けと叫んでいるかのように。
「良かった……無事でっ……!」
『海月あゆ』のこんな姿、あいつには見せられないから。だから、頑張って我慢できた。でも、彼に何も言葉をかけてあげられなかった。一言でも口を開けば、すぐこうやって泣きそうだったから。
「ぐすっ……もうっ、ばかぁああっ……!」
日は沈み、月夜が照らす空の下で、海月の涙は乾いた地を僅かに湿らせた。




