#24「騎士襲来(下)」
「――『妖精之翼』」
この時点における勝利の確信は、まだ浅はかな考えに過ぎなかったと悟ったのはこの言葉が放たれた直後に起きてからだ。突如フィリアの背から金色の蝶の羽のようなものを広げ、僕の目の前から一瞬にして消えた。故に振るった刃は空を斬るのみ。
(『月之咬眼』が外れたっ……!?)
……奴はどこだ。どこを飛んでいる。この狭い一部屋を、どのように舞っている。
「――!」
刹那、僅かに見えた一筋の影。視界を左下から右上に駆けていく。その後もあらゆる方向へ駆けていく。あの格好でこれだけ飛んでも部屋に被害が無い。きっと身体を小さくして飛んでいるのだろう。妖精らしく。
(まだだ……まだ来ないはずだ。僕が反撃をしてくると読んでいるなら……)
「――零式魔刀技」
剣を正面に構え、目を瞑る。身体を小さくされたのであれば、視覚はほぼ力にならない。飛ぶ際の羽音を聞き取る聴覚と、目の前を横切る際に微かに香る金木犀の香りを察知する嗅覚、そして機会を逃さずすぐさま攻撃するための反射神経の3つの感覚を研ぎ澄ませる。
(構えた……反撃のつもりかな。それでも私の剣には通用しないっ……!)
そんな僕に対し、フィリアもまた技を仕掛けるべく剣を構えながら飛行する。1ミリたりとも動かない対象に目を逸らす事なく、絶好の機会を伺う。その最中に一度僕の目の前を横切ろうとしたその時――
(――今っ!)
「っ……!?」
(反撃じゃ……ないっ!?)
目をかっと大きく開き、目の前を横切る瞬間を捉えては突進する。同時に一回転して助走をつけ、構えた剣を研ぎ澄ました反射神経を頼りに左斜め上に振り上げる。
「『秦月恐燐』!」
青黒い炎のような光が刀身を纏い、半月を描く。その軌道上を飛行するフィリアは予想外な動きに歯を食いしばりながらも技を放つ。
「金風妖犀剣・五式『鱗花散斬』!!」
フィリアの剣の刀身が金色の光となって消え、螺旋状に無数の花弁と化した刃が刀身を作っては僕の剣と衝突する。更に花弁は剣を覆いつくしながら、僕の身体を蝕むように流れ込んでは身体に傷を生やす。
「ちっ……!」
(刃を分散させての攻撃……無限の銃弾を弾いているような感覚だ。刃の一撃が重い。これじゃすぐに弾かれるっ! それに刃がこっちに纏わりついてきた。このままじゃやられる……!)
しかし、同時に青黒い炎がフィリアの身に流れ込んではその身を焼き尽くしていた。
「ぐっ……!」
(熱いっ……鎧が溶けてきてる。このままじゃ丸焦げにされちゃうっ!)
戦況は既に互角。後はどちらが先に限界が来るかの持久戦となった。
「離っ、して……!」
「離す、ものかっ……! お前はここで倒すっ! たとえこの身が散り散りになろうとも!!」
「だったら……やああああ!!!」
フィリアが叫んだ途端、花弁達が僕を蝕む速度を上げた。身体の至る所に傷が生まれ、血が床に落ちる。それでも歯を食いしばりながら、僕は剣を持つ両手に力を抜くことはしなかった。徐々に炎もフィリアの鎧を溶かしてはその身を焼く。
「ぐっ……まだ終わらせてたまるかぁ!!」
カストルの剣から左手だけを離し、左腰に帯刀していた剣を引き抜き、フィリアの顔を覆う仮面に刃を振りかぶる。金属同時の甲高い音と共に刃が仮面の端を捉えた。
「させないっ! 私はっ……君を助けるっ!」
左手の剣から放った『月之咬眼』がフィリアの仮面に命中する。炎の熱で溶けてきているのか、徐々に仮面を一直線に刃が通る。
「君を囚う怒りを、悲しみを……まとめて私が斬るっ!!」
「このまま……お前を仮面ごと斬るっ!」
花弁で僕の右腕がボロボロになっていき、徐々に服も破けては身体に無数の傷が生まれ、それと並行してフィリアの仮面が横一直線に左手の剣が斬り、青い炎がフィリアを焼き尽くす。
「うおおおおお!!!」
「はあああああ!!!」
――その決着は、一瞬だった。空に分断された仮面が舞い、僕の右手で持ったカストルの剣が床に転がり落ち、やがて両者共に血を流しながら倒れた。
(ごめん、彩芽……零さん。敵は……取れなかったよ)
床に流れる二つの血が、混じり合って一つとなっていく。その色は不思議にも似た深紅だった。
「お……うと……く…………」
フィリアが力の限り僕の左手に向けて右手を伸ばすも、力尽きて意識を失った。ほんの少し、指先に感じた温度を感じながら――




