#10「小さな一歩の踏み出し方」
「――美尊、突然だが俺が世話を焼くのは今日で終わりだ」
「え……?」
それはいつもの朝の挨拶を交わした直後の事だった。あまりの展開で僕は思わず情けない声を出してしまう。
「あのなぁ、俺も一応仕事してる身なんだぜ。これまではやむを得ねぇから会社に有給取ったりテレワークにしてもらったりして何とかお前さんを鍛えてきたけどよ。俺はお前さんの親じゃねぇんだ。毎日ずっとお前さんの面倒なんか見てられねぇっての」
「そ、そんな突然に言われても」
「って言うだろうから、明日からお前さんにはここで寮生活してもらう事にした」
そう言われて差し出されたのは、零さんのスマホの画面に映るホームページ。『陽翔学園』――北海道石狩市にあるこの高校に、僕はこれから入学することになるのだろう。
いや、待て。僕が元々通うはずだった学校は――
「お前さんの入学するはずだった学校……札幌の英蘭高校は、異種族どもに壊されて跡形も無くなっちまったからな」
「そ、そんな……」
彩芽が攫われたあの日……きっとあの兵器に乗ってた奴らの同類がやったんだろう。そう思うと、僕はきっと世界に嫌われているんだなと感じてしまう。幼馴染は攫われ、あと一歩のところで助けられず、おまけに町は焼かれ、受験で頑張って合格した学校に1日も通えずに廃校。
『忌み子』とは、正に僕みたいな存在の事を言うんだろう。
「そこで、この高校がお前さん含む英蘭高校全生徒及び教職員を受け入れるって言っててな。これを機にここを巣立って、お前さんに青春ライフを送ってもらおうってわけだ」
「……」
僕の心に、喜びは芽生えなかった。転校が突然すぎるのもそうだが、やっぱりあの日の出来事が忘れられなくて、また起こるんじゃないかと思うと口角なんか上がらない。それにせっかく両親が買ってくれた制服が、完全に存在意義を失ってしまう事で申し訳ない気持ちでいっぱいだ。その高校を第一志望に決めてから夜遅くまで受験勉強に励み、限りある座席の一席を掴み取ったのだから尚更だ。
応援してくれた両親にも、あの時頑張った過去の自分にも、罪悪感でいっぱいだ。全部異種族とかいう奴らのせいだ。あいつらのせいで、次行く学校も街も壊されて、そこにいる人達が無慈悲に殺されて……僕はもう、炎と血に塗れたあの光景を見たくない。
――だから。
「――零さん。僕はその学校に、行きません」
「はぁ……そんな事言われても、これ以上面倒は見れねぇぞ?」
「零さんにずっとお世話になるつもりじゃないんです。これ以上零さんに迷惑かけたくない気持ちも当然あります。
でも、やっぱり僕は失うのが怖いんです。新しい高校に入って、新しい友達や仲間が出来て……そしてすぐに消えてしまうのが、嫌なんです。小さい頃から一緒だったお姉ちゃん……彩芽がそうでした。だから、行きません。友達も青春もいりません。零さんが鍛えてくださったこの心身で、僕はこれから彩芽を助けにいきます」
そもそも、初めから僕の戦う理由はこの一択だったではないか。あれは僕と彩芽に降りかかった惨劇なんだ。その惨劇を変える戦いに見知らぬ他の皆を巻き込むなんてこと、僕には出来ない。
彩芽を助ける事は、僕にしか出来ないんだ。僕がやらなきゃいけないんだ。
「はぁ……」
そんな僕の意図を汲み取ったのか、零さんは呆れたようなため息をつく。そして――僕の喉元に、刃が突きつけられた。
「――それ以上口を開いたら殺すぞ、美尊」
「――!」
思考が急停止する。これまで見たことのない、零さんの冷めきった表情で放たれる突き刺さる言葉。まるで別人かのように僕を睨むその目は、怒りを超越して別の何かの感情を抱いているようにも見えた。
「大馬鹿野郎が。俺はお前一人でも戦えるようにするために鍛えたわけじゃねぇ。いいか、出会いがありゃ別れもあるんだ。そんなもの嫌という程見るもんなんだよ。俺もそうさ。唯一の友人が敵側に寝返って刃を交えたりもした。でも生きてりゃそんなのざらにあんだよ。所詮人間だからな。
お前は人を恐れすぎだ。過去を鵜呑みにしすぎだ。そして他者を舐めすぎだ。そんな一人で全部背負おうとしてちゃいつまで経っても成長しねぇよ。命あるもの全て、一人じゃ生きられねぇんだよ」
「零さん……」
言葉が出てこない。いや、今はそれでいい。口に出したら喉元に突きつけられてる短剣が食道ごと貫くだろう。
「美尊、お前は年齢上まだ学生なんだ。大事な人を助けたい気持ちも分かるが、限りある学校生活を過ごすのは学生としての義務であり、特権だ。人を救うにはまず人を知れ。出会い別れを繰り返し、人間の……仲間の尊さを学べ。今のお前に足りないのは、他者を信じ、頼る力だ。それを実感しに行ってこい。俺なんかより丁寧に教えてくれる人が数多くいる。
心配すんな。お前は優しい男だ。多くの人がお前を快く助け、教えてくれる。お前は一人じゃねぇってことをな」
「……っ」
感情がぐちゃぐちゃになって、涙となってそれは現れた。もう大事な人がいなくなってしまうのが嫌なのに……嫌なのに。どうしてなのか……僕の中で助けを求めているような気がする。
『今はただ、この悲しみを掻き消してほしい』と。
その想いと同時に僕の意志は揺らぎ、変化を果たした。気づけばそれを口にしていた。
「零ざんっ……ぐすっ、やっぱり……学校……行ぎますっ」
「――よく言った、美尊。また一つ成長したな。小さな一歩、かもしれねぇけどな。そうやって少しずつ、奪われたもんを取り戻していけ」
涙ながらに誓った一言で開いた僕の未来に、失われたはずの青春が待ち受けていた――




