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黒き忌み子の強制覚醒《インフォース》  作者: Siranui
第一章 侵異追還戦
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#0「忌み子の誕生日」

 4月のある日の事、突如漆黒の雷が北の大地を焼き尽くした。僕――黒神美尊(くろがみみこと)がもうすぐ高校生になろうとしていた時だった。まだ咲かずに眠っている桜の木々はそのまま目覚めることなく焼け焦げ、その下は黒の稲妻が迸ってはあらゆる原形を無惨にする。無論眼前には現実という名の惨劇があるのみだった。



 それが後に『忌み子』と呼ばれる存在(ぼく)の、全ての始まりだった。



「――!」


 澄み切っていたはずの空は紅く染まり、住宅街だったここは火の海と化し、無数の火花が優しい風と共に美尊を横切っていく。空へ上っていく黒煙から一瞬姿を現す人型巨大兵器がより恐怖を加速させる。地面を赤く染めながら無数に転がる兵士の屍が、あの兵器の強さを――いや、恐ろしさを証明していると言っていい。



「何で……何でっ……」

 

 

 それだけではない。眼鏡越しに映る美尊の視界には、何故か二人の兵士に拘束されている彩芽の姿が。


「お姉ちゃんっ……!?」

「そこを動くな。この(むすめ)派王(はおう)レグノ様のご命令により強制連行する!」

「お、弟……君っ」


 誰だ。お姉ちゃんを捕えているあの二人は誰なんだ。派王レグノ様の命令……? 強制連行……? 

 何だよそれ。理由を上からの命令の一言で片づけて勝手に連れ去ると言うのか、こいつらは。そんなの納得するはずがないし、どんな理由だろうと何の罪も無い彩芽を攫おうだなんて赦す筈がない。



 隣で足を震わせながら怯える彩芽の両腕を、黒の戦闘服に身を纏う謎の男二人に抑えられている。捕らわれた彼女の瞳に光は無く、絶望に塗れていた。


「っ……!」


 助けたいけど、身体が言う事を聞かない。怖い。もし立ち向かえば死ぬと理解しているからだ。二人の男がそれぞれホルスターに収められている銃で撃たれるか、或いはその後ろに(そび)え立つ兵器に殺される未来しか見えない。

 どう考えても今の自分ではただ連行される彩芽を見ている事しか出来ない。情けないけど、無力な自分が憎い。何も出来ない僕が嫌い。でも、それしかない。意地でもこの身がその選択を強いていた。



「そういう事だ。ほら、学生はさっさと学校に行った行った!」



 ――でも。その我儘(わがまま)をこの魂が許す筈が無かった。




「うっ……うあああああああ!!!!」



 気づけば身体が勝手に震えた足に原動力を与えていた。武器なんかない。勝ち目なんてものも無い。目に見える未来なんて今周囲に広がってる火の海の如く明らかだ。


 ただ、目の前で助けを求めてる人をそのまま見捨てるなんて出来なかった。刃向かう理由はこれだけで十分だ。体格差とか年齢とか、戦闘慣れしてるとか否かとか、全部どうだっていい。手段も問わない。ただ彩芽を救えればそれでいい。


「なっ……反抗する気か! 下がれ! さもなくば撃つぞ!」

「っ……!」


 単純かつ至極当然な脅しに足が止まる。それでも叫びながら前へ進む。そして両手を伸ばし、二人の兵士から彩芽を引き剥がそうと彼女の左腕を掴んではすぐに力を振り絞って引っ張る。


「離してっ……()()()()()をっ、離してっ!!」

「んなっ、こいつ引き剥がす気か!」

「このっ――引っ込んでろ!」

「ぐっ……!!」


 彩芽の左腕を拘束する兵士から腹に直接蹴りをまともに喰らい、美尊は痛みと共に後ろに吹き飛ばされては転がる。荷物は中身が飛び出し、教科書やノートが屍の血に染まる。身に着けている制服もまた穢れては白のYシャツが深紅に滲みだす。


()()っ!!」

「あまり大人を舐めるなよ、クソガキ。これ以上抵抗するなら……」


 兵士が左手で素早くホルスターから銃を取り出し、彩芽の頭に銃口を突き付けた瞬間、恐怖と焦りで呼吸が出来なかった。絶望の歯車が動いたことによる弊害の一つがこの身を襲った。


「……!!」

「殺したっていいんだぜ。あくまで命令はこいつの身柄だけだからな!」

「やめてっ……殺さないでっ!」

「ガキ一人が喚いたって無駄なんだよ! いいから大人しくとぼとぼ学校行けっ――」

「やめろおおおおおおお!!!」


 叫ぶと同時に無意識に身体が反応し、偶然後ろに転がってた拳銃に手を伸ばし、兵士に銃口を向ける。が、しかし――突如響いた銃声と共に、握っていた銃が破壊された。撃ったのはもう一人の方……右腕を拘束している兵士だ。


「っ……!?」

「その歳で俺達を殺そうとしたその度胸は認めてやる。だが現実ってのをきちんと知っておけ。どれだけお前が足掻こうと、結果は変わらない」

「うるさいっ……動かなきゃ、変えられるものも変えられないだろ!!」

「出来るものならそうすればいい。……さて、そろそろ戻るぞ。時間が惜しい」

「じゃ、せいぜい焼かれて死なねぇように頑張れよっ」


 煽るように言い放たれ、美尊の心はズタボロにされた。そんな姿を見もせずに、二人の兵士は彩芽を連れて兵器の中に搭乗する。


「弟くっ……美尊君っ――!!!」

「あや……め、ちゃ……」


 もう遅い。今更だ。この未来は変えられない。このままあいつらに連行されて、彩芽はきっと殺される――


「……っ!」


 このまま何も出来ないなんて、絶対に嫌だ。たとえ救えなくても、口先だけの結果になったとしても。せめてあいつらに傷の一つでもつけてやりたい。そんな叛逆心に染まった美尊は破壊された銃を投げ捨て、その心のままにふと周囲を見渡す。銃があれば、あの距離から傷をつけれる、武器があれば――


「あれはっ――」


 すぐに目が入ったのは、体感2メートル先で倒れる兵士が使っていたと思われる剣だった。しかし拾える範囲の場所に銃は見つからなかった。


「……何も出来ないかも、しれないけど」


 そうしている間にも彩芽を乗せた兵器が起動し、その瞳は赤く光りだす。逃げられる。こうなればもうなりふり構ってられない。出来るだけ近づいて、この剣でどうにかするしかない。


「やってやるっ……お姉ちゃんを助けて、こんな現実なんかぶっ壊してやる!!」


 勢いのまま前へ走り、倒れる兵士の手元の剣に右手を伸ばす。


「ごめんね……後で返すから」


 数秒目を瞑って黙祷してから剣の柄に右手を掴む。しかし持ち上げようとしても中々持ち上げられない。どんなになまくらな剣でも、ただの高校生である美尊には使うどころか持つ事すら難しい。


「お、重いっ……!」


 兵器が上昇し始める。黒煙がノズルから放たれる炎によって地面に押し出され、周囲に襲い掛かる。美尊は思わず目を瞑り、左手で遮る。だがそんな時間すらない。今にも彩芽が連れ去られてしまうのだ。早く、早く剣を持ち上げないと。


 ――そう焦りながら、右手で柄を掴んだ刹那。


「っ……!!!」


 右手から脳へ電撃のように何かが走る。突然麻酔銃に撃たれたような感覚に陥る。数秒よろめき、近くの家の塀にもたれかかる。


「……」


 不思議と痛みは感じなかった。負の感覚もとっくに取り除かれていた。むしろ電撃を纏ったかのような感覚だ。身体が無意識に動く。恐怖や絶望なんていう美尊の精神状態を無視しながら、身体を起こしてはさっきの剣を両手でひょいと持ち上げる。何故かすごく軽く感じた。


「投げなくても、今なら跳べば届くかも……」



 この瞬間、美尊は目覚めた。『覚醒』という、最強の(呪い)に。



「……お姉ちゃんを、離せ」


 灰緑色の髪がふわりと揺れた直後、蛍色の閃光が闇を迸り、空を飛ぶ兵器に追い付いては、その背中のバックパック目掛けて剣を真上から突き刺す。


「っ……! 何だ今の衝撃は!」

「バックパックがやられた……いったい誰に!?」


 鋼が衝突し合う鈍い音とその衝撃による激しい揺れと共に警告音が鳴り響くコックピット内。二人の兵士が慌てる中、機動の動力源のバックパックから爆発と同時に黒煙が発生する。


「……待ってて、お姉ちゃん。すぐ助けるから」


 片手で軽々とバックパックから剣を引き抜き、両足で飛躍しては左腕目掛けて一直線に振り下ろす。豆腐の如く断ち斬られた左腕が断面から黒煙を上げ、兵器本体の断面から激しく爆発を起こし、よろめきだす。


「くそっ、左腕を持ってかれた!」

「これくらい大した事は無い! 今はとにかく標的を見つけなければ……!」

「おい、右腕もやられたぞ!」

「ちっ……人間どもも同じような兵器を……!」

「いや、違う……あれは……!」

 

 メインカメラに映る、灰緑色の短髪に紺色の制服を身に纏う美尊。顔周りが無傷にも関わらず、何故か右目にだけ血が流れている。


「さっきのクソガキっ!?」

「……」


 何一つ言葉を発さないまま、凄まじい速さで飛行し、剣を首元目掛けて突き刺しては右に振り払う。左半分が斬られた首は重力に逆らえず、繋がったままのもう半分側がブチブチッとちぎれ、頭部が地面に落ちる。同時にコックピット内のメインカメラがプツンと途切れた。


「くっ……サブカメラじゃ追いきれねぇ!」

「ちっ、こうなったら仕方ない……こいつを使ってやる!」


 そう言って兵士の一人が胸ポケットから取り出したのは、一つしかないボタンが付いたリモコン。そう――自爆ボタンである。


「……レグノ様には申し訳ないが、致し方ない……このガキを殺すためだ、この命くれてやる!」

「やめてっ……!」


 目を瞑り、深呼吸をし、覚悟を決めて親指をボタンに添える。抵抗しようとする彩芽をもう一人の兵士が強引に押さえる。


「悪いがお前も道連れだ……不運だったな」

「嫌っ……! 死にたく、ないっ……!」


 彩芽が必死に抵抗する中、機体が爆発しては黒煙を上げながら徐々に落下していく。


 この中には彩芽がいる。何としてでも助けなければ。


「……あともう少し、我慢して」


 ボロボロの剣に呟いて目線を機体に向けると、すぐに両足で再び飛び、頭から落下していく兵器の首元まで突進する。


「はあああああああ!!!」


 機体に迎え撃つ形で飛んではなぞるように機体の胴体前面をぶった斬る。すぐさま剣をコックピットすれすれの位置に突き刺した瞬間、刀身の半分が折れる。半折れの剣を持ったまま、美尊は剥き出しになったコックピット内に滑り込むように侵入する。


「くっ……このガキがっ――」


 銃を突きつけられる前に剣で兵士の首を刎ねる。緑の鮮血を散らしながらコックピットから頭が落ちていく。その兵士にずっと押さえられていた彩芽を左手で引っ張って引き寄せた直後、もう一人の兵士がにやりと笑みを浮かべた。勝利を確信した、悪魔の笑みだった。


「……言っただろ、道連れだって」

「あっ――」


 ポチッ――と、自爆ボタンが完全に押された刹那、無数の警告音の不協和音が鳴り響き――


「弟君――」


 墜落する寸前に、機体が自爆装置を作動させた。激しい爆発が僅かに空を焼いた。爆風が焼け跡を吹き飛ばし、美尊の手から彩芽の身体が離れ、ただ一人焼け野原と化した地に転がり落ちていく。


「お姉ちゃんっ――!!!」


 兵器が爆破と同時にパージされ、一機の戦闘機がはるか上空へと消えていく。その中には、美尊の方を見て泣き叫ぶ彩芽の姿が瞬く間に遠くへと消えていく。


 

「ぁ……ぁああっ……!!」


 小さくなっていく。あと一歩で助けられたのに。これまでの全部が水の泡となり、弾けた。辛い。苦しい。痛い。もはや悔しさとか、怒りなんてものは脳と感情が無かったことにしていた。


「何でっ……何でだよっ……! 何でこんな思いをしなくちゃっ……いけないんだよっ……!! 昨日までの日々はどこにいったんだよっ! お姉ちゃんが……彩芽が何したってんだよ! ふざけるなっ……ぐすっ、ふざっ……げるなあああああ!!!」



 炎海に包まれた地で、美尊は泣き叫ぶ。その目の前にはもう刃を完全に失った剣が地面に転がっていた。



 泣いて、ただ泣いて。涙が枯れ果てた後には次第に意識を失い、倒れた。このまま死んでしまっても構わないくらいには、心がボロボロになっていた。





 それからしばらくした時の事。突如スーツを纏う謎の中年男性が現れた。その場には既に過去形となった住宅街と未だ収まらない火の海、そしてその地に倒れる美尊と刀身を失った剣が転がっていた。



「――やっと見つけたぜ、この俺に相応しい『後継者(ヒーロー)』がな」


 額から血を流して意識を失っている美尊を見つめながらニヤリと笑みを浮かべ、男は美尊をひょいと肩に担ぎ、何のためらいも無く火の海をまっすぐ歩いていく。



 これは、後に最強の(呪い)を以て不可思議な戦乱(現実)に終止符を打つべく戦う少年(忌み子)の物語――

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