九 あの人しかいない
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本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定
それでは、どうぞお楽しみください!
「……こうしてじっとしてても、師匠は戻ってこない。僕がしっかりしないと」
リタはまず、エウラリオに助けを求めようと思ったが、おそらく彼にも司直の手が伸びていることだろう。他に誰か、マルコの窮地を救ってくれる人物はいないだろうか……。
涙を拭いて立ち上がったリタは、旅の準備を始めた。
(いま僕が頼れるのは、あの人しかいない――)
マントを羽織り、鞄を肩から掛け、足ごしらえをし、腰に父の形見の剣を吊る。
少し迷ったが、フェロも連れて行くことにした。
なるべく早く戻るつもりだったが、フェロを放っておくわけにはいかない。
「悪いけど、君も旅に付き合ってもらうよ」
「ふにゃぁ……」
あまり乗り気でなさそうなフェロを懐に押し込め、リタは表へ出た。
家の戸締まりをしていると、後ろから声を掛けられた。
「夜逃げですか、リタ」
振り返ると、トッテンポットが立っていた。
「……何の用ですか」
「約束を果たしてもらいに来ました」
「いま忙しいんで、後にしてもらえます? 僕、急ぐので――」
戸締まりを終え、歩き出す。
「待ちなさい」
「何ですか、もう!」
リタはイライラしながら立ち止まった。
(一刻も早く師匠を助けたいのに、何だってこの人は――)
「半年後にお金を支払うという約束でしたが」
「だから僕、それどころじゃないんですって!」
「マルコが逮捕されたそうですね?」
(師匠が連れて行かれたのは、今朝のことなのに――)
「どうして知ってるんですか!?」
「私の情報網を甘く見てもらっては困ります」
「だったら僕を行かせてください! お金のことはまた後で話しますから!」
歩き出そうとするリタの手をトッテンポットが掴んだ。
「親切心から教えてあげますけど、あなたの借金はもう、銀貨三十枚を越えているんですよ」
「いい加減なことを言わないでください。支払うのは銀貨五枚だったはずです」
「たしかに、元金は五枚ですが、利息というものがあります」
「利息って……十日で一割でしょ?」
「そうです。あれから半年と少し経ちましたから、返済額は銀貨三十枚以上になっているのです」
「そんなバカな!」
そんなはずはない。
トッテンポットは嘘を言っているとリタは思った。
「複利とはそういうものです」
「だっておかしいじゃないですか! 銀貨五枚が三十枚になるなんて!」
「計算してみればわかりますが、おかしくありません。リタ、あなたも鍛冶屋の端くれならば、鎚合の重みは知っているはず」
鍛冶屋にとって、鎚合の約束は絶対だ。
だが、銀貨三十枚はいくら何でも高すぎる。
「だけど――」
「まぁ待ちなさい。払えないときには、どうするか決めていましたよね」
トッテンポットは、ずるそうな笑みを浮かべた。
「……僕の剣ですか」
「正解」
マルコの言っていた通り、それがトッテンポットの狙いだったのだ。
「……剣を渡せば、借金は帳消しなんですね」
「そのとおり」
「わかりました」
リタは腰に吊っていた剣を外すと、トッテンポットに差し出した。
「……いやにあっさりと渡してくれるんですね」
「これ以上、あなたに拘わってる暇はないんです」
「そうですか、では遠慮なく」
受け取った剣を両手に抱き、恍惚の表情を浮かべているトッテンポットに一瞥をくれ、リタはそそくさと歩き出した。
念のため、リタは街を出る前に〈カーシマ質店〉に寄ってみたが、店は閉まっていた。
近所の人に尋ねてみたが、エウラリオの行方を知っている者はいなかった。
ギルドに捕まってしまったのか、あるいは逃げだしたのか――とにかくリタはエウラリオの無事を祈るしかなかった。
フェロを抱えた腕に力を込め、リタは旅路を急いだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
ギルドに捕まったマルコは、地下にある取調室に放り込まれた——
次回、「取り調べ」 どうぞお楽しみに!