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七 師匠に内緒で

ご訪問ありがとうございます。

本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。


※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定


それでは、どうぞお楽しみください!


 マルコの今回の仕事――ラファエロ・デ・マーレの贋作づくりには、装飾のための錆付(さびつ)けの行程が必要だった。


 錆には赤さびと黒錆があって、赤さびは鉄を腐食させてしまうが、黒錆は鉄の表面を保護するとともに、渋く重厚な色合いを表現することができる。


 良い錆を付けるためには様々な工夫が必要となるが、その中のひとつに“錆液”と呼ばれるものがある。

 錆を付けたいところに錆液を塗り、良質な錆を育てる。

 錆液にもそれを作る専門の職人がいて、マルコはその職人から錆液を分けてもらうため、三日ほど家を空けることにした。


 マルコの旅装は、普段の格好にマントを羽織って護身用の剣を腰に吊るくらいのごく簡単なものだった。


「オレがいない間、留守を頼むぞリタ」

「任せてください!」

「勝手に依頼を受けたりするんじゃねぇぞ」

「そんなことはしません」

「……釘一本だって勝手に打ったら承知しねぇからな」

「わかってますよ!」


 リタは心外だという表情。

 ジト目で睨むマルコ。


「……ま、フェロもいるし大丈夫か」

「師匠! 僕はフェロより信用がないんですか!?」

「ないね」

「ぐっ……」

「じゃ、行ってくる」

「……行ってらっしゃい」


 遠ざかってゆくマルコの姿を、リタが手を振って見送る。

 マルコの姿が路地の角を曲がって見えなくなった――と思ったら、ひょいと顔を出して


「リタ、勝手なことをするんじゃねぇぞ!」

「早く行ってください!」


 今度こそ、マルコは行ってしまったようだ。

 リタは、大きく息を吸って、吐いた。


「フェロ、どうして師匠は僕のことをああも疑うんだろね……」通りかかったフェロにこぼす。

「……にゃぅ」


 同意とも不同意ともとれる曖昧な返事を残し、フェロは歩み去った。



 マルコが家を出てから程なくして、ひとりの男がマルコの家にやってきた。


 歳は三十代半ば~四十代前半くらい。背はマルコよりも少し高かった。暑いくらいの陽気にもかかわらず、カッチリとした仕立ての外套を着込んでおり、手には染みひとつない白の手袋をはめていた。

 切れ長の目、薄い唇、黒い髪をなでつけている油からは、熟れきった果実のような甘ったるい香りが漂ってくる。


「――マルコ・イグナシオ・フィデルはいるか」

 切りつけるような声に、リタは良い印象を抱かなかった。


「……師匠は出かけちゃいましたけど」

「いつ帰ってくる?」

「三日後くらいって言っていました」

「本当だろうな?」


 尊大な物言いに、リタは憤慨した。


「嘘なんか言いません。だいたい、あなた誰なんですか。ひとの家に押しかけてきておいて、名前も名乗らないなんて失礼ですよ……あ、僕はリタ・マレウスっていいます」


「ふ……」

 小馬鹿にしたように、男は唇の端を歪めた。


「何がおかしいんですか」

「なに……マルコも酔狂なものだと思ったのでね」

「???」


「君がマルコを師匠と呼ぶからには、奴め、弟子を取ったのだな?」

 リタの頭のてっぺんからつま先まで、無遠慮な視線で男はリタを観察する。


「はい(ホントはまだ雑用係だけど……)」


「その弟子というのが、女の子とは傑作だ。女の鍛冶屋など、聞いたことがない。ククク……偽物の鍛冶屋に偽物の弟子――まさにお似合いというやつだな」

 おかしくてたまらないというように、笑いをかみ殺しながら男は言う。


「女性が鍛冶屋をしてなにが悪いんですか……それに、僕は男です!」


「なに……男なら、どうしてそんな格好をしている。頭にリボンなぞ巻いてからに」

 リタの性別を聞いて、男の笑いが引っ込んだ。


「いいじゃないですか、別に」

「良くないな。男なら男らしい格好をするものだ」

「誰が決めたんですか、そんなこと」


「決まりなどない。常識というものだ」

 と、男が決めつける。


「僕が可愛い格好をすることで、誰かに迷惑をかけましたか?」

「私が不快な思いをしている」

「僕だって、あなたの態度が不快です。それからその髪油の臭いも」


「このガキ――」


 かっとなった男は外套の前を跳ね上げると、腰に吊った長剣を引き抜いた。

 その剣先をリタの喉元にピタリと突きつける。


 リタは怯まなかった。

 こういう場面は、今までに何度も経験している。

 見かけが男らしくないというだけで、罵られ、時には暴力まで振るわれる。

 こんな奴の脅しに屈するくらいだったら、リタは斬られる方を選ぶつもりだった。


「どこを斬られたい……鼻か、耳か……いっそのこと、腕を切り落としてやろうか、ええ?」

「……大人のくせに子供に腹を立てて、街中で剣まで振り回して……かっこ悪いですよ、そういうの」

「生意気な! いいだろう、望み通り痛い目を見せてやる!」


 男が剣を振り上げたそのとき――


「フ~ッ……」

 いつの間にかリタの隣に現れたフェロが、全身の毛を逆立てて男を威嚇している。

 足を踏ん張り今にも飛びかからんばかりのフェロを見て、男は怯んだようだ。


「……ちっ」

 忌々しげに、剣を納める。


「お前なぞ斬ったところで、あとあと剣の手入れが面倒になるだけだ」

 地面に唾を吐くと、男はきびすを返し去って行った。



「はぁ~っ、こ、怖かったぁ……」


 男が見えなくなってから、リタはその場にへたり込んだ。

 フェロはまだ、男が去った方角を睨んでいる。


「君があいつを追っ払ってくれたんだね……ありがとう、フェロ」


 フェロは〈お安い御用だ〉とばかりにひと鳴きすると、悠々とした足取りで去って行った。


「さて……気を取り直して、師匠がいない間に大掃除でもしちゃおうかな!」


 嫌な気分を振り払うように、リタは大きく伸びをした。



 大掃除をすることに決めたリタは、日々の忙しさにかまけて掃除がおろそかになりがちだった場所を、徹底的に綺麗にすることにした。


 とくに鍛冶場は、外に面しているので汚れがたまりやすい。

 道具類の置かれている場所は常に塵ひとつなく磨き抜かれているのだが、部屋の隅や高い場所には煤や塵、埃が積もっている。


 徹底的に鍛冶場の掃除をした結果、両手のひらいっぱいに乗るほどの鉄くずが集まった。

 その鉄くずを見ているうちに、リタはむらむらと高まる気持ちを抑えられなくなった――



 カン、カンカン、コンコンコン、キンキン……カキン、キン……


 夜が来て、朝になって、また次の夜が来ても、マルコの鍛冶場から鎚の音が消えることはなかった。



 ◇   ◇   ◇



 予告通り、出発してから三日後にマルコが帰ってきた――


「はぁ……まいったぜ」

 引き(むし)るようにマントを脱いだマルコは、食堂の椅子にドサリと身体を投げ出した。


「師匠、お帰りなさい。だいぶお疲れのようですね」

「ああ……ルッカの野郎、ずいぶんとふっかけてきやがってよ……あんまり値切って、質の悪いモン掴まされても困るし……値段の折り合いを付けるのに苦労したよ」


「良い錆液は手に入りましたか」

 冷たい茶を出しながら、リタがたずねる。


「ああ、ルッカはごうつくばりだが、最高の錆液職人だからな……留守中、何か変わったことは?」

「そういえば、男の人が師匠を訪ねてきました」

「誰だ?」

「それが……聞いたんですけど、答えてくれなくて」

「どんな奴だった?」


 リタは、失礼な男とのいきさつをマルコに説明した。


「そいつはファルツォに違いない」

「誰なんですか、そいつ」

「ファルツォ・ディ・コルトーネ……ギルドの職員さ。オレを贋作づくりの罪で捕まえようと、しつこく付け狙ってる……いわばオレの天敵だな」


 それを聞いて、リタはあの男——ファルツォの態度が腑に落ちた。

 ファルツォがマルコの天敵なら、リタにとっても天敵だ。


「そいつ、悪い奴ですね」

「ははっ、そりゃいいな」

「何がおかしいんですか?」


 マルコが差し出したカップに、リタが茶のおかわりを注ぐ。


「だって、普通は贋作づくりのほうが“悪い奴”じゃねぇか」

「あ、そっか……だけど、あいつは絶対に悪い奴です。師匠を捕まえるだなんて、許せない!」

「規則や秩序を絶対視してるファルツォにとっては、オレみたいな曖昧な存在が許せないんだろうよ……ま、ファルツォのことは放っておけ。用があるなら、また来るだろう」

「はい」


「それよりリタ、今日はなんだか機嫌がいいみたいだな」

「そ、そうですか……いつもと同じだと思いますけど……あ、マントのお手入れしておきますね」


 畳んだマントを手に持って、リタが食堂を出ようとする。


「……おいリタ、ちょっと待て!」

「はっ、はひ!」


 リタの足がぴたりと止まった。


「お前……」

「な、何でしょう……」

「そのリボン、なかなか似合ってるぞ」

「えっ……あ……は、はい……ありがとうございます!」


 その日のリタは、市場で買い求めた可愛いリボンを使って髪の毛をまとめていた。

 マルコに褒められて、いつもなら飛び上がるほど喜んだだろうが、今日のリタはそれどころではない。

 マントを持つ手が震えているのを悟られないように、リタは急いで台所から逃げ出した。


 店先に出たリタは、なんとか心を落ち着かせようと深呼吸をくり返した。


(よかった……師匠にはバレてないみたいだ……)


 ポケットの膨らみをそっと撫でる。

 そこにはマルコが留守の間に打ったナイフが入っていた。


 周囲を見回して誰もいないことを確かめると、リタはポケットの中身をそっと取り出した。

 手のひらほどの長さのナイフは、歪んでいて厚みも均等でなく、市場の金物屋に売っている安物よりも不格好だった。


(それでも、僕が初めて打ったナイフだ――)


 うっとりとナイフをながめ、撫で擦りながら、リタは緩む頬を押さえられなかった。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


【次回予告】

 完成した贋作剣がギルドの鑑定に持ち込まれた。

 絶対に真作だと認められるはずだったが——


 次回、「逮捕」「あの人しかいない」 どうぞお楽しみに!

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