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六 邂逅

ご訪問ありがとうございます。

本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。


※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定


それでは、どうぞお楽しみください!


「お頼み申す! お頼み申す!」


 ベルナルドの工房の入口で、誰かが大声で(おとな)いを入れていた。

 時刻はまだ、夜が明けたばかり――


 訪問客の取り次ぎは、弟子の中でもいちばん年の若いマルコの役目だった。

 眠い目を擦りながら身支度を整え、工房の入口へと向かう。


「ふぁ~あ……ぁ……なんだってんだ、朝っぱらから……」


 昨晩も遅くまで工房の雑用をこなし、自分の勉強を終えてから寝床に入ったのだ。

 それから幾らもたたぬうちにたたき起こされて、マルコは少々機嫌が悪かった。


 工房の扉を開けると、旅姿の男がぬっと立っていた。

 マルコよりも頭ひとつ分、背が高い。

 がっちりとした身体を包むくたびれたマントとブーツ。

 肩から斜掛けにした革鞄がずっしりと重そうだ。

 マルコを見下ろす顔には深い皺が刻まれており、皮膚はまるでなめし革のようだった。


「……ご用件は?」と、マルコ

「ベルナルド・ローザ殿にお目にかかりたい」太く、かすれた声。


「師匠はいま、他行中ですが……どちら様ですか」

「イエロ・マレウスと申す、鍛冶士でござる」

「……師匠とはどのようなご関係で?」

「面識はござらぬが、鍛冶のことについて少々お話を伺いたく――」

「……師匠はあと一月ばかりしないと戻りませんので、またその頃にでも訪ねてきてくだい。では――」


「おっ……お待ちくだされ!」

 予想外に素っ気ないマルコの対応に、イエロは狼狽した。

 同時に、それまで取り繕っていたイエロの重々しげな仮面が外れた。


「……まだ、何か?」

「拙者、ベルナルド殿に会わんがため、遥かポンタレアの村より旅してまいった次第で――」

「けど、師匠が戻るのは早くて一月後なんですよね……ひょっとしたら二月後かも……それまで待ちます?」

「いや……さような時間は……」

「では、またの機会に――」


「お待ち……お待ちを!」

「何なんですか……朝っぱらから人をたたき起こしておいて、ああでもないこうでもないと。少しは常識ってものをわきまえたらどうですか」


 怒ってみせたものの、マルコはこのやりとりが楽しくなってきていた。

 このイエロ・マレウスという男、威張って自分を大きく見せようとはしているが、根は真面目で小心者と見える。

 その証拠に、マルコに強く出られた途端、しどろもどろになってしまったじゃないか。身体が大きいので、なおさらそれが滑稽に思えた。


「いったいどうしろって言うんですか」

「ベルナルド殿にお目にかかれないとなれば、せめて……せめてベルナルド殿の工房なりとも、拝見できないだろうか……」

「まいったな……そういうことは、師匠の許可が無いと――」

「頼みます……これ、この通り……」


 膝を折ったイエロは、地面に額をこすりつけて繰り返し懇願する。

 大の男が必死になって頭を下げる姿に、マルコは当惑した。


「ちょ、ちょっ……頭を上げてください……ええと――」

「イエロでござる。イエロ・マレウスでござる」

「わかった、わかりましたよ。兄弟子たちが起きてくるまでの間だったら、見学していっていいですから」


「おぉ! かたじけない……かたじけないっ……」

 感極まってマルコの手を握ったイエロの両手が、ごつごつと大きくて、節くれ立って、力強い――鍛冶屋の手だ。


「ほら、早くしないと時間がどんどん過ぎていきますよ」

「はっ!」


 イエロを伴って、マルコはベルナルドの工房を案内した。


「ははぁ……えらくたくさんの道具類がありますなぁ……このまっつぐな棒は、はぁ、いったい何につかうもんですかね?」

 イエロは先ほどまでの古風でいかめしい言葉遣いをすっかり忘れてしまったようで、田舎なまり丸出しでマルコにあれこれ質問してくる。

 マルコは笑いをかみ殺しながら、イエロの質問に丁寧に答えてやった。

 熱心で、素直で、まっすぐなイエロという男をマルコは好きになってしまった。


「マルコさん、お願いがあるんだけど……」

「何ですか」

「できれば、その……ベルナルド殿の打った剣を一振りなりとも見せてもらえないだろうか?」

「……残念ながら、それはできません」

「どうしてだ?」

「見せたくても、ここには師匠の打った剣がないんです」

「一振りもかね?」

「一振りもです」

「そうかぁ……残念だが、仕方ねぇ……」


 がっくりと肩を落とし、身体まで縮んでしまったように見えるイエロの姿をマルコは哀れに思った。

 なんとか力になってやりたかったが、本当にここにはベルナルドの打った剣は一振りたりともないのだ。

 だが――


「イエロさん、師匠の写しでよかったらオレが持ってます」

「写し……」

「ちょっと待っててください」


 足音を忍ばせて部屋に戻ったマルコは、自分の持ち物の入った行李から布にくるまれた剣を持ち出した。

 工房へ戻ると、隅の方でそわそわとマルコの戻りを待っていたイエロの顔がぱっと輝いた。


「これはオレが打った剣で、師匠の剣の写しです。銘も師匠そっくりに切ってあります」

「ははぁ……これが、ベルナルド・ローザ殿の……」

 布を広げて剣を目にしたイエロの目が、キラキラと輝いている。


「修行のために、師匠には内緒で打ちました。出来は……師匠には及びませんが、なかなかのものだと思っています」

「いや、たいしたもんだ……素晴らしい剣ですよ、これは……俺なぞはとてもじゃないが、生きてる間にこの域までは……」

 食い入るようにマルコの打った剣を見つめるイエロの姿に、マルコは鬼気迫るものを感じた。

 やがてイエロはふっと息を吐くと、

「よかった……思い切ってここを訪ねてきて、本当に良かった……ありがとう、マルコさん……良いものを見せてもらいました……」


 深々と頭を下げる。


「イエロさん、よかったらその剣、差し上げますよ」

「へ……」


 イエロはポカンと口を開けたまま、固まってしまった。

 言われたことが理解できない様子だ。


「さっきも言いましたけど、師匠に内緒で打っちゃった剣なので、見つかるとマズイんですよね……だから、証拠隠滅のためにもこの剣、イエロさんが持って行ってくれると助かるんですが――」

「あ……こ、この剣を……俺にくれるっていうのかい……」

「はい」

「本当に……本当にくれるんだね?」

「差し上げます。ただし、贋作になってしまうので、誰かほかの人に譲ったりはしないで欲しいんです」

「譲るって……ばかな! そんなことするはずねぇよ。安心してくれ! この剣は誰にも見せねぇし、誰にも譲らねぇ……鎚合(つちあわせ)の誓いをしたっていい」

「イエロさんを信じてますよ」

「そうか……ありがとう、ありがとう……」

 イエロは剣を押し戴くようにして、マルコに向かって何度も何度も頭を下げた。



 ◇   ◇   ◇



「――結局、イエロさんはこの剣をお前に譲り渡したわけだが……考えようによっちゃ、譲ったのがお前で良かったとも言える。なにせ、この剣が世に出たら、オレは師匠に締め殺されちまうだろうから」

「お父さんが師匠の打った剣を持っていたのは、そういうわけだったんですね……」

「驚いたか」

「……驚きました。師匠は、エウラリオさんのお店で僕の剣を見た時から、気づいてたんですか」

「このことはすっかり忘れてたんだが、剣を見たらいっぺんに思い出した」

「師匠から頂いた剣を手にしながら、お父さんはいつも言ってました……この剣には未来がある、って」

「そりゃ、どういう意味だ」

「僕にもよくわからないんですけど……お父さんはあの剣に“変化の芽”みたいなものを感じてたんじゃないでしょうか」

「…………」


「そういえば、師匠! ついに僕のこと、弟子として認めてくれたんですね!」満面の笑みを浮かべながら、リタが言う。


「はぁ? お前は弟子じゃなくて、雑用係だ」

「でもさっき、トッテンポットさんに啖呵を切ったじゃないですか」

「どんな」

「“——リタはオレの弟子だ! 弟子の不始末は、師匠のオレがケリをつける!”って……師匠がかばってくれて僕、すごく嬉しかったんです」

「……よく覚えていゃがるな。あれは物の弾みだ、口が滑ったんだ」

「えぇ〜っ……師匠、嘘ついたんですか?」

「そうじゃねぇ。あの場合、〈雑用係〉じゃ格好がつかねぇだろ?」

「そうですか?」

「とにかく、お前はオレの弟子じゃなくて雑用係、よく肝に銘じておけ」

「はぁい……」

「わかったところでリタ、仕事に戻るぞ」

「はい!」

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


【次回予告】

贋作に使う材料を仕入れるために、マルコは短い旅に出ることになった。

ひとりで留守番することになったリタは、我慢できずに……


次回、「師匠に内緒で」 どうぞお楽しみに!


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