五 嫌な奴が来た
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本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定
それでは、どうぞお楽しみください!
エウラリオの依頼を受けて、マルコは張り切った。
なにせ、銀貨三百枚の仕事だ。
それに金額もさることながら、ギルドを欺くという痛快さもある。
贋作鍛冶屋として、これほどやりがいのある仕事はない。
「リタ、瓶に水がなくなるぞ……言われる前に汲んでおけ」
「はいっ!」
水桶をひっつかんで、リタが駆けだしてゆく。
相変わらず、リタには雑用以上のことはさせていないマルコだった。
(リタはよくやってるし、飲み込みも早い。鍛冶屋の血筋ってやつか……そろそろ簡単な民具でも打たせてやってもいい頃かもしれねぇな――)
マルコの目の端でフェロが大きく伸びをした。
マルコに向かって「フスン……」と鼻を鳴らすと、そのままフラリとどこかへ消えてしまった。
(フェロの奴……いつもなら仕事が終わるまでオレの側を離れねぇのに……)
怪訝な顔をしていると、通りから甲高い声が聞こえてきた。
「なんとまぁ、汚い場所だろう……それにこの悪臭ときたら……」
高価そうな光沢のある生地の服を着た中肉中背の男が、マルコの鍛冶場をのぞき込んでいた。
レースで縁取りしたハンカチを口元に当てながら、目をすがめるようにして、あちこちを見渡している。
男は炉の側にマルコの姿をみとめると、ズカズカと中に踏み込んできた。
「……よぉ、トッテンポット。久しぶりだな」
「マルコ、あなたの家は汚すぎますよ。いまにも病気になりそうな不潔さじゃないですか」
「へぇ、だったら回れ右して帰ったらどうだい」
「用があるから来たんですよ。私だって、好きこのんでこんな場所まで来たわけじゃない」
「だったら、とっとと用件を言えよ」
食いしばった歯の隙間から、マルコが言葉を漏らす。
「まったく、あなたって人は……どうしてそう、けんか腰なんですか」
「けんか腰なのは、てめぇのほうじゃねぇか。人の家を見るなり、不潔だ病気になるだといちゃもんつけやがって」
「いちゃもんじゃありません。見たままを述べたまでです」
「――そう思うのは自由ですが、口に出すのは失礼だと思います」
トッテンポットの背後に、水の入った桶を持ったリタが立っていた。
「リタ、やはりここにいたのですね」
「トッテンポットさん……先日はとつぜん押しかけたうえに、弟子にしてくれなんてお願いをしてしまって、たいへん失礼しました。でも僕、こちらにお世話になることになったので――」
「困るんですよね、そういうの」
トッテンポットが、リタの言葉を遮る。
「え……困る……?」
「君がどうしても弟子になりたいというから、私はその熱意に負けて君を受け入れることにしたんです」
「ケッ、熱意が聞いて呆れらぁ。銀貨を十枚も要求したくせに」
かみつくようにマルコが言う。
「……弟子を受け入れるに際して色々と準備があるんですよ。寝床を用意したり、道具も一式揃えたり……それ以外にも諸々の費用がかかるんです」
「その程度の準備に銀貨十枚もかかるかっての」
「はぁ……あのね、弟子を取るとなったら、その子が一人前になるまでの面倒を見る責任が、受け入れる側には生じるんですよ?」
やれやれといった調子で、トッテンポットが肩をすくめ、かぶりを振る。
「毎日の食事に健康管理……教えることだって鍛冶の技術だけじゃない。材料の仕入れや目利き、拵え職人とのやりとりから品物の売り込み方まで、独り立ちできるまでに教えなければならいことは山ほどあるんです。十年修行して独立できるかどうか……あなただって経験してきたことでしょうに――」
マルコは痛いところを突かれた思いがした。
確かに、トッテンポットの言うとおりだ。
独立するまで十年かかるとして、その間は弟子の生活に責任を持つ必要がある。
自分の修業時代を思い起こしてみた――
(師匠に弟子入りして以来、オレは一度だってひもじい思いをしたことはない。たまの休日には小遣いだってもらっていたし、名品を見て勉強するようにと様々な場所へ連れて行ってもくれた……。不注意からオレが大やけどを負ったときだって、師匠は魔道医を呼んでまでオレの治療をしてくれた。あのときは、さぞ金がかかったことだろう……)
(オレはいままで弟子の立場でしか物事を考えていなかった……師匠はオレ以外にも多くの弟子を抱えていて、そのひとりひとりに責任を負っていたはずだ。なんてこった……リタを預かることに対して、オレは軽く考えすぎていたのかもしれねぇ……)
「黙っているところをみると、私の言っていることが正しいと理解したようですね」
「……まぁ、わからんでもない」
「意地っ張りですね」
「フン……で、どうして欲しいんだよ、トッテンポット」
挑みかかるようにマルコが言う。
「弟子を受け入れるために無駄にした費用をお返し願いたい」
「費用だぁ……いくらだ?」
「本来なら銀貨十枚のところですが、五枚にまけておいてあげます。先走った私にも責任の一端はあるのでね」
銀貨十枚と言えば、腕の良い鍛冶屋が二月か三月を懸命に働いて、ようやく手にできるかどうかという額だ。その半分の五枚でも、充分すぎるほどの大金である。
「あぁ? ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。なんでテメェに銀貨五枚も払わなくちゃならねぇんだよ」
「あなたに言っているわけじゃありませんよ」
「じゃぁ、誰に言ってんだよ!」噛みつきそうな勢いのマルコ。
「リタ、私はあなたに請求しているんです」
「ぼ、僕に……」
突然、矛先を向けられて、リタは狼狽した。
手にした水桶を落とさぬよう、そっと地面に下ろす。
「自分のお尻は自分で拭かないといけません」
「てめぇ、リタが金持ってねぇことくらい知ってんだろ?」
「剣を質に入れてお金を作ると言っていましたが、それをしなかったようですね」
トッテンポットは、エウラリオの店で起きたことまで把握しているような口ぶりだった。
「どうして知ってんだよ」
「教える義理はありません」
「この野郎――」
「馬鹿は放っておいて……リタ、質屋を介して金を作らずとも、現物を渡してくれればいいんですよ」
「現物って……剣のことですか?」
「そう、いまは持っていないようですが……仕事中のようですからね」
「でもあの剣は――」
リタが口ごもる。
「ベルナルド・ローザの作でしょう」
「え……と……そ、それは……」
「どうしてあなたみたいな子供が持っているのかはわかりませんが、所有者としてあなたがふさわしいとはとても思えません」
トッテンポットが、じりっとリタに詰め寄る。
それから逃げるように、リタは後退る。
「で、でも……」
「その剣、私のような一流の人物の元にあったほうが有意義なことは間違いありません。さぁ、剣を渡しなさい。それとも銀貨五枚、今すぐ支払いますか?」
「ま、待ってください……そんな急に言われても――」
畳みかけるように言いつのるトッテンポットの剣幕に、リタはどうすることもできなかった。
「おいクソ野郎!」
たまりかねたように、マルコが吠える。
「……なんですか、馬鹿野郎。部外者は口を挟まないでください」
「部外者じゃねぇよ、リタは俺の弟子だ。弟子の不始末は、師匠のオレがケリをつける」
「ほぅ……あなたがお金を払ってくれると?」
トッテンポットの目がすっと細められ、口元には冷たい笑みが浮かぶ。
「払ってやるよ」
売り言葉に買い言葉。
しまった——と思ったマルコだったが、もう後へは引けない。
「銀貨五枚ですよ? これはギルドの裁定を仰いでも認められる額でしょう。実際、道具を揃えたり寝具をあつらえたり、方々に根回ししたりとかなりの準備をしているのですからね。かかった費用の領収書だってあります」
「抜け目のないテメェのことだ。金を要求するからには、そのくらいの用意はしてるだろうさ」
「では……」
トッテンポットが手を差し出した。
鍛冶屋にしては小さくて華奢な手だった——傷ひとつ、火傷ひとつ無いのは、ちかごろ鎚を振るっていないせいか、それとも卓越した技術のためか。
「いまちょっと、持ち合わせがねぇんだよ」
「大口を叩いた割には、情けない。まぁ、仕事場がこの様子では、さもありなん……それで、いつ支払ってもらえるのですか」
「そうだな……半年後ってところかな」
半年あれば、ラファエロの贋作剣が打ち上がる。
「冗談でしょう? 話になりません。三日のうちには支払ってもらいます」
「なんだよ……テメェのところも、あんがい懐事情が厳しいらしいな」
「けじめの問題です」
人気の鍛冶師であるトッテンポットが、金に困っているはずがない。
あきらかにマルコを困らせようとして、トッテンポットは無理難題をふっかけている様子だった。
「いま、仕掛かり中の大仕事があるんだよ。だから、金が入るまで待ってくれ」
「大仕事ね……どうせうさんくさい仕事でしょう。ダメですね、あてになりません」
「大丈夫だって」
「その自信はどこからくるのやら……わかりました、返すのはいつでも結構です」
大きくため息をつくと、トッテンポットは態度を軟化させた。
「なんだよ急に……気持ち悪ぃな」
「銀貨五枚、いつ返してもらっても結構ですが、十日ごとに一割の利息を付けていただきます」
トッテンポット唇の端が、わずかに上がった。
「利息を取るのか」
「当たり前です。たとえば、十日後に返すなら銀貨五枚半、二十日後なら銀貨六枚と少し……といった具合に、返済が遅れるほど返す金額が増えていきます」
「そんなもんか……なら、それでいいよ」
マルコは安心した。
少しばかり金額が増えたところでどうということはない——なにせ、銀貨三百枚の大仕事が控えているのだ。
「どうしても払えないとなったら、リタの剣をもらい受けますからね」
「ああ、かまわねぇ」
「ちょっと待ってください、師匠!」
「リタ、お前は黙ってろ」
「……はい」
「マルコ、約束は守ってくださいよ」
疑いの眼差しを向けられて、マルコはイライラした。
「そんなに心配なら、鎚合をしておくか?」
「いいでしょう」
鎚合とは、鍛冶屋どうしが誓いを立てるために行う、小さな儀式である。
それは鍛冶に携わる者たちのあいだで名誉をかけて交わされるものであり、この鎚合によって結ばれた約束が破られることは、まずなかった。
「よし……こっちへ来な、トッテンポット」
マルコが手招きし、トッテンポットがそれに応じる。
「ほら」
マルコは、鍛冶に使う鎚をトッテンポットに差し出した。
トッテンポットは、汚いものでもつまむように、柄をハンカチで包んでから受け取った。
「…………」
トッテンポットは、手にした鎚をじっと見つめ、バランスを確かめるように軽く振ったりしている。
トッテンポットとて鍛冶師であり、他の職人の道具にはそれなりに関心があるようだった。
「――いくぞ」別の鎚を手にしたマルコが言う
「いいでしょう」
向かい合わせに立つマルコとトッテンポット。
二人の声が厳かに唱和する
「「鍛に生きる者の誓いとして、いま一槌を交わす。我、火を汚さず、約を違えず。破れば、炉を閉じ、鎚を封ず」」
言い終わると同時に、互いに手にした鎚を打ち鳴らす。
ぴぃん……という澄んだ音が、マルコの工房に響きわたった。
リタの心が震えた。
トッテンポットは嫌な奴だけど、この瞬間だけは二人の姿が美しいと感じた。
「……では、わたしはこれで」
手にした鎚を作業台に放り投げると、トッテンポットはマルコの工房を後にした。
慌てて駆け寄ったリタが、鎚を取り上げる。
「あいつ……鎚をぞんざいに――」
「道具を大切にしねぇ奴は二流だよ」
「ですよね! ですよね!」
日頃、マルコがどんなに道具を大切に扱っているかを見ているリタは、我が意を得たりと勢い込んだ。
「僕、本当にあの人の弟子にならなくて良かったです」
「同感だな」
「それであの……師匠、ごめんなさい!」
リタが、マルコに向かって勢いよく頭を下げる。
「何が?」
「僕のせいで、師匠に迷惑をかけちゃって……」
「仕方ねぇさ……だがトッテンポットの狙いは、お前の持ってるあの剣だろうな」
「あの剣は父の形見なんです」
「わかってるよ……オレが昔、おまえの親父にやったんだ」
「えぇっ!」
リタが驚くのも無理はなかった。
マルコとリタの父親――イエロ・マレウスとの間に繋がりがあったなんて……。
「リタ……お前のその直情的な性格――あけすけで、まっすぐで……こうと決めたら後先考えずに突っ走っちまうその性格――親父にそっくりだぜ」
「師匠とお父さんが……どうして……」
頭の中にわき出る疑問符に溺れそうなリタを手近な椅子に座らせると、マルコはその向かいに腰掛けた。
「いい機会だから話しておくか……あれは、そう……オレがまだ師匠の元で修行をしていた頃――」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
若い頃のマルコは、リタの父親と遭っていた!
マルコの思いは過去へと遡る——
次回、「邂逅」 どうぞお楽しみに!