オマケ原稿『贋作鍛冶屋の押しかけ弟子 if』 + オマケのまんが『リタは雑用係ですっ!』
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本日はオマケ編として、ふたつのお話をお届けします。
ひとつは「もしも物語が違う始まり方をしていたら?」というif短編、もうひとつは師弟の日常(?)を描いた四コマ漫画です。
if短編の方は、本篇よりもギャグ寄りで、かなり自由な雰囲気のパラレルストーリー。
四コマ漫画は、マルコとリタの軽快な掛け合いを楽しめる内容になっています。
本編を読んだ方には、どちらも楽しんでいただけると思います。
お好みの方からどうぞ!
「――食い逃げなんかしませんって、何度も言ってるじゃないですか!」
〈青蛙亭〉の土間に、甲高い声が響き渡る。
声の主は、旅姿の若者。
大きすぎる帽子、鉄縁の眼鏡、小柄な身体をすっぽりと包み込む分厚いマント。
肩から大きな鞄を斜めがけにしている。
「だが、てめぇが無一文なのは事実だろ、このチビ!」
太くて良く通る声は、この宿屋の主。
青みがかった髭を顔中にはやした大男。
「僕はチビじゃありません。ちゃんと、“リタ”っていう名前があるんです」
「文無しは客じゃねぇの!」
「だから、お金はちゃんと持っているんですよ」
「金があるんなら、とっとと代金を払ったらいいだろう。文無しのくせに高いもんばかり頼みやがって」
「お金は持ってるけど、あるはずの場所に財布が見当たらないだけです」
「それを文無しっていうんだよ!」
街外れにぽつんと建っている〈青蛙亭〉は、宿屋と酒場を兼ねたような店で、二階が宿泊施設、一階が酒場というつくり。酒場では簡単な食事も出している。
リタと押し問答をしている店主は、引退した冒険者。本名はラナだが、その名前で呼ぶのは彼の年老いた母親くらいのもので、近隣の者には、店の名前でもある“青蛙”で通っている。
「おい青蛙、俺の注文はどうなってる!」
店の奥にあるテーブル席にひとり座っていた客の男が、たまりかねたように声をあげた。
歳の頃は三十前後。
細身の身体にゆったりとしたチュニック、革の足通し。足下はサンダル。
長い黒髪を無造作に後ろで束ねていた。
男は苛ついたように、指でトントンとテーブルを叩いている。
「すまんなマルコ、もう料理はできてるんだ。すぐに持って行くから――」
答えた青蛙が、小走りで厨房へと入ってゆく。
マルコと呼ばれた男から険しい目でジロリと睨まれたリタは、その場に居たたまれず、青蛙を追って厨房へ入っていった。
「あの……まだ話が終わってないんですけど」
「おいチビ、厨房に入るんじゃない!」
「だからチビじゃないって――あ、これおいしそう! どうやって食べるんだろ……わかった、網で焼くんですね?」
「売り物に触るな!」
「いいでしょ、触るくらい。それとも、僕の手が汚いと思っているんですか? ちゃんと洗ってるから心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも、あなたの手よりは、よほど清潔かと――」
「いいから厨房から出ろって!」
「じゃぁ、お代は結構っていうことですか?」
「なにがじゃぁ、だ! そんなわけねぇだろ!」
「なんだ……そうだ! 僕、財布がみつかるまで、ここで働きます!」
「なにっ……お、おい待て!」
青蛙が止める間もなく、リタはできあがっていた料理の皿を手にして厨房を出て行く。
「このチビ、なに勝手に――」
「はい、おまちどおさま」
運んできた料理の大皿を、マルコの前にドンと置く。
「……ま、いいけどな」
うろんな目でリタを一瞥すると、マルコの関心はすぐに目前の料理へと移った。
皿の上では、出来たばかりの料理が湯気を上げている。衣をまぶした川魚を丸ごと油で揚げて、そこへ甘辛いソースをたっぷりとかけまわした、この店の名物料理だ。
添えられた香草の強い匂いが食欲を刺激する。
マルコの腹がぐぅっと鳴いた。
手に取ったフォークをざぶり、と魚の身に突き刺し、大口を開けてかぶりつく。
パリパリの皮の下には、ホクホクとした白身の淡泊な味。絡めたソースは、はじめは甘く、すぐにピリッとした辛みが追いかけてくる。
飲み込むのももどかしく、次のひとくちをほおばりたくなる。
「……それ、おいしいですか?」
よだれを垂らさんばかりに見つめるリタと、モグモグと口を動かしているマルコの目が合う。
料理を飲み込んだマルコが、何か答えようと口を開くと――
「騒がせてすまんな、マルコ」
黒ビールのジョッキをマルコの前に置いた青蛙が、リタの襟首をつかんでカウンターの方へと引きずっていく。
「ちょっ……ま、待って下さい!」
「まったく……面倒なチビと関わっちまったもんだ」
「僕はただ、お手伝いをしようと――」
「やかましい!」
遠のいてゆく騒動を眺めながら、マルコはぐいっとビールをあおった。
一方、青蛙とリタは、カウンターのあたりで言い争いを再開していた。
「――食い逃げをしようって奴は、いつだって見え透いた嘘をつく」
「僕はそんなことしません」
「だったら、財布を見せてみろ」
「だから、鞄の中に――」
「そいつは魔法の鞄なのか?」
「違いますけど……何を言ってるんですか? 急に頭がおかしくなったとか?」
「馬鹿野郎! 頭がおかしいのお前だ、チビ!」
「またチビって……言っておきますけどね、僕の年齢だと、背の高さはこのくらいが普通なんです」
「……お前が十歳なら、そうかもしれないな」
「失敬な。僕は今年十五歳になります。もう成人といってもいい。ちゃんとした大人に向かって、その暴言は何ですか。直ちに謝って下さい。」
「話をそらすな。魔法の鞄かと聞いたのは、底なしに物が入る魔法の鞄でもなければ、中に入るものなんて、たかがしれてるからだ。だったら、このカウンターに鞄の中身を全部ぶちまければ済む話じゃねぇか。そうすれば財布のあるなしが、はっきりする」
「…………えっ?」
「な、なんだよ……」
「そうか! 中身を全部出せばいいのか!」
「……お前……本当に十五歳か?」
「正確には十四歳ですが、もう少しで十五歳になります」
「……まぁいい……歳のことはいいから、はやく財布を出してみろ」
「ええと……布か何か、敷くものはありますか?」
「何故だ」
「このカウンター、清潔かどうかわからないんですよね……なんだかベトベトしてるし」
「つべこべ言わずに、早く出せ!」
「……わかりましたよ。そんなに青筋立てて怒らなくてもいいじゃないですか」
「このクソチビが……財布が出てこなかったら、只じゃおかねぇからな」
「いいですよ。でも、財布があったらどうします?」
「どうもしねぇよ! 飲み食いの代金を払ってもらうだけだ」
「でも、人を泥棒呼ばわりした罪が残りますよ?」
「お前がさっさと金を払わないから悪いんだろうが!」
「だから、ちゃんと払うって――」
どさっ!
店の奥から、鈍い音が聞こえた。
見れば、マルコが床に倒れ伏している。
一瞬、顔を見合わせた青蛙とリタが、マルコの元に駆け寄った。
「おっ、おい! マルコ、どうした! しっかりしろ! なんだってんだ、いったい!」
白目を剥いて全身を痙攣させているマルコを前にして、青蛙はおろおろするばかり。
マルコの肌がみるみる土気色に変わってゆく。
「……毒にやられましたね」青蛙の肩越しに、リタがつぶやく。
「なにっ!?」
「おそらく、“貴婦人の涙”という植物性の毒です……おじさん、どうしてこんな毒を――」
「ばか言うな! なぜ俺がマルコに毒を盛るんだよ!」
「それはわかりませんが……マルコさんが食事の代金を払ってくれないとか」
「そりゃ、おまえのことだ!」
「だからちゃんと払いますって――おっと、言い争っている場合じゃありません。とりあえずマルコさんを助けないと――」
「た、助けるったってよぉ……どうすんだ……俺は毒消しなんて持ってねぇぞ」
「僕が持ってます」
「なにっ!?」
「たしかここの隠しに……ありました」
リタは鞄の中から小さな革の袋を取り出した。
「それが毒消しだと?」と、青蛙。
「はい」
「貸せっ!」
青蛙はリタから小袋を取り上げると、中を確かめる。
小指の先ほどの赤い丸薬のようなものが十粒ばかり入っていた。
「本当にこれを飲ませれば、マルコは助かるんだな」
「たぶん」
「たぶんとは何だ、たぶんとは!」
「早く飲ませた方が良いですよ。即効性の毒だから、時間がたつと助かるものも助からなくなる」
「なんだとぉ……」
顔からどんどん血の気が引いていくマルコを見て、青蛙は腹を決めた。
「何粒飲ませりゃいい」
「一粒で大丈夫」
「よし!」
青蛙は、ほとんど意識のないマルコの口をこじ開け、丸薬を喉の奥に放り込む。
「毒消しの薬だ、飲めマルコ!」
マルコの喉仏が上下し、薬を飲み込んだことがわかった。
一瞬の間を置いて、マルコの身体がびくん! と跳ね上がる。
「あ……が……」
マルコの痙攣が酷くなった。
「お、おい……大丈夫なのか、これ?」
「あ……間違えました」
「なにっ!?」
「すみません、それ毒です」
「なっ……」
つり上げたばかりの魚のように、マルコの身体がびくん、びくんと大きく跳ねる。
「馬鹿野郎! 毒飲ませてどうすんだよ!」
「こっちが正しい毒消しです。さっき間違えた毒も一緒に中和するはずです」
リタは再び鞄から小袋を取り出す。
さっきと似たような袋と中身で、青蛙には違いがわからない。
「くそ……今度こそ大丈夫なんだろうな! また毒と間違えた、なんてことは本当にねぇんだな?」
「たぶん」
「おい、ふざけんな! たぶんとはなんだ、たぶんとは」
「大丈夫、九割方毒ではありませんから」
「一割の確率で毒じゃねぇか!」
「早く飲ませないと、本当に死んじゃいますよ?」
「くそ……なんだってんだ、まったく!」
青蛙は、リタの手から小袋をひったくると、痙攣を続けるマルコの身体を押さえつけ、こじ開けた口の中に丸薬をざらざらと流し込む。
「マルコ、飲み込め! 飲まねぇと死んじまうぞ!」
「……そんなにたくさん飲ませなくても薬は効くのに……過ぎたるは及ばざるがごとし。薬には副作用というものが――」
「うるせぇ! マルコが死んだらチビ、覚悟しとけよ!」
「大丈夫ですって……あぁ、やっぱり鞄の中身はちゃんと整理しないといけないですね……わかってはいるんですけど、苦手なんですよねぇ……薬だって、ちゃんとラベルを貼るなりして一目でなんの薬かわかるようにしておかないと――」
ほどなくして、マルコの顔に血の気が戻りはじめた。呼吸も安定し、苦しげだった表情もやわらいでいる。
「……もう大丈夫です。しばらくしたら意識も戻るでしょう」
「そうか……良かったなマルコ、死なずに済んでよ」
「危ないところでしたね。もう少し毒消しを飲むのが遅れていたら、マルコさんは帰らぬ人となるところでした」
「……言いたいことは山ほどあるが……まぁ、とりあえずマルコに代わって礼は言っておく。ありがとうよ」
「どういたしまして」
「しかしリタ……おまえ、薬はともかく、どうして毒なんか持ち歩いている」
「趣味なんです」
「趣味だぁ?」
「毒や薬の材料というのは、意外と身近に存在しているんです」
「ああ……俺も冒険者だったから、傷に効く薬草くらいは知ってるよ」
「僕は、旅の途中でみつけた薬草などを加工して、薬を作るのが趣味でして」
「薬はともかく、毒まで作ることはねぇだろ」
「毒も薬の一種なんです。僕はそこを区別したくない」
「……わからねぇな」
「旅の途中に立ち寄った薬屋さんで、僕の作った薬を買ってもらったりもします。それを路銀の足しにしているんです」
「ふぅん……旅と言うが、リタはどこへ向かってるんだ」
「この街を目指して旅をしてきたんですけど……なんだかお役人の取り調べみたいですね」
「気を悪くしないでくれ。たんなる好奇心だ」
「別に隠す気はありませんが……青蛙さんは、フィデルさんという鍛冶士をご存じではありませんか」
「フィデルねぇ……フィデル、フィデル……どっかで聞いたような気がしないでもないが……すぐには思い出せねぇな。そいつがどうした」
「じつは僕、そのフィデルさんに弟子入りしたくて、この街まで旅をしてきたんです」
「へぇ……弟子入りねぇ」
「さほど有名というわけではないのですが、知る人ぞ知るという名人らしくて」
「お前さん、鍛冶屋になりたいのか」
「はい! 鍛冶屋というよりも、武具士になりたいんですけど」
「武具士というと、鎧だの剣だのを作るあれか」
「そうです」
「薬師になるんじゃないのか」
「そちらは趣味です」
「なるほど……そういえば、そこに伸びてるマルコも鍛冶屋だぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「うちの鍋釜の面倒を見てもらってる。俺が昔、冒険者だった頃の縁でな。当時は剣を打ってもらっていた。腕はなかなかのものだぞ」
「ははぁ……」
「ひょっとしたら、マルコがその何とかって鍛冶屋のことを知ってるかもしれねぇな」
「もしフィデルさんとお知り合いだったら、紹介してもらえるでしょうか」
「それは、マルコに聞いてみねぇと――」
「うぅ……」
うめき声を漏らしながら、マルコがうっすらと目を開けた。
のろのろと身を起こすのを、青蛙が支えてやる。
「気がついたか、マルコ。気分はどうだ」
「……最悪だ」
「待ってろ、いま水を持ってきてやる」
「水よりも酒が欲しいね」
「酒か……リタ、飲ませても大丈夫か?」
「本当は良くないのですが……少しなら大丈夫だと思いますよ」
「よしきた、待ってろ」
青蛙が厨房へと駆けだしてゆく。
「ふぅ……ひでぇ目に遭った」
「マルコさんは、何者かに毒を盛られたようです」
「……そのようだな」
「幸い、毒消しが効いたみたいですが、しばらくの間は動悸がすると思います。それもじきに収まりますから、心配しないでください」
「リタと言ったか……おまえが毒消しを?」
「はい! 危ないところでした。けど、いったい誰がマルコさんに毒を……先ほどの食事に毒を盛られたとすると、誰が何の目的で……店内にはマルコさんと青蛙さんしか居なかったはずなのに」
「……もうひとりいただろう」
「え……じゃぁ、そいつが犯人?」
マルコの鳶色の目が、リタの顔にじっと据えられる。
「えっ……まさか僕が犯人だとか思ってませんよね」
「……消去法でおまえしかいないだろう」
「まさか……どうして僕が、初対面のマルコさんに毒を盛らなくちゃならないんですか!」
「そいつは自分の胸に訊いてみるんだな」
「だって……僕はマルコさんの命を救ったんですよ……それをよくも――」
「おいマルコ、子どもをからかうのも大概にしろ!」
厨房から青蛙が怒鳴り声を上げる。
「かっ、からかって……たんですか?」
「ぷっ……はははっ」こらえきれず、吹き出すマルコ。
「ひどいです……僕はただマルコさんを助けたい一心で――」
「わははっ……わ、悪かったよ……ぷぷっ……ぷはははっ……はぁ……スマン……おまえのポカンとした顔を見てたらつい、な」
「たちの悪い冗談です」
「ははっ、死の淵から生還した時ってのは、気分が高揚するもんだ」
「まったく……それにしても、どうしてマルコさんが命を狙われるんでしょうか」
「さぁな……あちこちで恨みを買っているのは間違いないが……」
「鍛冶屋さんなのに、そんなにたくさん敵がいるんですか?」
「まぁ、いろいろあんだよ」
「はぁ……」
納得いかないリタは、なおもマルコに質問しようと口を開く。
そこへ、火酒の入った小樽と陶器のカップを抱えた青蛙が戻ってきた。
「ほらマルコ、酒だ。金は取らねぇから、飲んでくれ」
「ああ、すまんな」
「なに、おめぇには世話になってるからよ」
樽の栓を抜いた青蛙は、持ってきたカップ三つに火酒をなみなみと注いだ。
リタの前にも杯が置かれる。
「マルコが命拾いした祝いだ。大いに飲もうじゃねぇか」
「あの……これは……」
リタは、戸惑い顔で青蛙の顔を見る。
「僕、お酒なんて飲んだことないから……」
「もう十五で立派な大人なんだろ? だったら酒くらい飲めるようにならないと駄目だぞ」青蛙がリタの方にカップを押しやる。
「正確には十四歳ですが……」
「いいからグッといけ、グッと!」
「でも……」
「フィデルのこと、知りたいんだろ? さっき、うっすらと聞こえてたよ」と、マルコ。
「えっ……ご存じなんですか、マルコさん!?」
「まぁな」
「だったら僕をフィデルさんに――」
「ま、話は飲んでからだ」
「……わかりました、飲みます」
カップを手に取ると、リタは中身を一気に飲み干した。
途端に激しくむせかえる。
喉から胃の腑までが焼けるように熱い。
「こ、これがお酒……げほっ、げほっ……こんな毒みたいなもの……皆さんよく……げほっ、げほっ……」
「ははっ、いい飲みっぷりだぞ、リタ!」満足げな青蛙。
「止める間もなく一気に飲みやがって……大丈夫か?」
マルコが背中をさすってくれる。
細身の身体に似合わぬ、大きくてごつごつした手――鍛冶屋の手だ。
リタの世界がグルグル回る。視界がどんどん狭くなり、やがて点になって消えた。
『贋作鍛冶屋の押しかけ弟子 if』終
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オマケのまんが『リタは雑用係ですっ!』
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これで、本当におしまいです。
最後の最後まで、おつきあいくださりありがとうございました。
この物語に、ほんの少しでも何かを感じていただけたなら幸いです。




