十五 師弟の対面
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本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定
それでは、どうぞお楽しみください!
ギルドの中は混乱を極めていた。
大勢の職員が、バタバタと慌ただしくそこら中を走り回っていた。
ベルナルドとリタは存在を無視され、誰からも咎められることはなかった。
「大師匠、師匠はどこにいるんでしょうか」
「おそらく取調室のある地下だろう」
ベルナルドは、はぐれないようにリタの手を引きながら、地下へ至る階段を目指した。
「大師匠……道はわかるんですか」
「ここへは何度も来ているからな」
「師匠、ヒドいことされてないといいけど……」
「そうだな」
地下通路を進んでいくうちに、上の騒ぎが嘘のように聞こえなくなっていった。
通路のよどんだ空気はじっとりと湿っていて、呼吸するだけで病気になりそうだった。
「その角を曲がると、取調室がある」
「じゃぁ、早く行きましょう――」
「シッ……まずは様子を窺ってからだ」
ベルナルドは、曲がり角からそっと頭を出して覗いてみた。
少し先に取調室の扉があって、その前に見張り役と思われるギルド員の男がひとり、所在なげに立っている。
「見張りがいるな……ということは、中に人がいるということだ」
「大師匠、どうしましょうか」
「ふむ……」
腕組みをして思案した後、ベルナルドはリタに作戦を耳打ちした。
「……わかりました、やってみます」
「頼むぞ、リタ」
「はい」
通路の角を曲がったリタは、身体をブルブルと震わせ、よろめきながら、見張りの職員がいる方へと近づいていった。
「む……ここは立ち入り禁止だぞ」
誰何しながら、見張りの男がリタに近づいてくる。
「うぅ……ま、魔剣が……」
苦しげに胸をかきむしって、リタはその場にドサリと倒れた。
「おっ、おい……大丈夫か、おい!」
「動くなよ……動くとケガをするぞ」
リタを助け起こそうとかがんだ職員の喉元に、ベルナルドが剣を突きつけた。
「うまくいきましたね、大師匠」
起き上がったリタが、にっと笑う。
「なかなか演技が上手いじゃないか、リタ」
「な、なんだ……これはいったいどういうことだ……」
剣を突きつけられて涙目になった職員が、うわずった声をあげる。
「我々は、そこにある取調室に用があるのだ……君、鍵を開けてくれないか?」
「し、しかし……」
ベルナルドが、剣先をわずかに動かす。
「君は剣で斬られたことはあるかね? この剣は刃に細工がしてあって、斬られたところの皮膚がずたずたになってしまうのだよ。そうなると治りも遅いし、醜い傷跡だって残ってしまう。そうやって君を動けなくしてから、ゆっくりと鍵を奪ってもいいのだが?」
「うぅ……」
「おとなしく鍵を開けてくれた方が、得だと思うがね」
職員は、ファルツォから受けるであろう叱責と、ベルナルドの脅しを天秤に掛けて、鍵を開ける方を選択した。
◇
がちゃり
鍵の開く音がして、扉が開いた。
だらしなく椅子に座り、机の上に足を投げ出していたたマルコは、入ってきた人物を見て椅子から転げ落ちた。
「し、師匠!?」
「愚か者め……手間を掛けさせおって」
部屋へ飛び込んできたリタが、床に転がったまま呆然としているマルコの首っ玉へかじりつく。
「リタ!?」
「うわあああん……師匠、無事だったんですね……よかったぁ……本当によかったあぁ……」
いままでずっと溜め込んでいた不安が一気に吹き出したように、リタは大声をあげて泣き続けた。
しばらく経っても、まだ鼻をグズグズいわせているリタに、エウラリオはハンカチを渡してやった。
「まさかリタが、ベルナルド・ローザ先生を連れてくるなんてね」
「エウラリオさんも捕まっちゃってたみたいだし、僕が頼ることができたのは大師匠だけだったんです」
「……余計なことを」マルコがぼそりとつぶやく。
「何か言ったか、マルコ」と、ベルナルド。
「……いいえ、何も言ってません」
「そうだ、師匠これ」
リタは、市場で手に入れたサンダルをマルコに手渡した。
「おぅ、悪いな。石畳は冷たくてかなわねぇ……ファルツォの野郎、裸足のまんま引っ立てやがって……オレを馬か牛だとでも思ってんのか」
「リタは気が利くわね」
エウラリオが感心したように言う。
「えへへ……弟子として当然のことをしたまでです。あ、でもそのサンダル、ペリノさんが代金を受け取ってくれなくて——」
「なに、ペリノが? やれやれ……またタダ働きさせられそうだぜ……」
サンダルを履きながら、マルコはぼやいた。
「さて、これからのことだが……ここで逃げ出してしまうと、我々は全員お尋ね者になってしまう。ファルツォ氏をどうにかして説得するなり、彼と交渉するなりして、マルコたちの罪を消してもらうしかない」
ベルナルドの言葉に、エウラリオが反論する。
「だけど先生、私もマルコも贋作がらみで捕まってるんですよ。あのファルツォという男は、規則や規律の乱れを許さないし、とりわけ“贋作鍛冶屋”であるマルコのことを嫌っている……そう簡単に見逃してくれるとは思えないんですけどねぇ」
「それに関しては、儂に考えがある――そこの君、名を何という?」
ベルナルドが、見張り役だったギルド員に声をかける。
男は手足を縛られて、床の上に転がされていた。
「ヤスティンです」
「ヤスティン、君に頼みたいことがあるのだが」
「どんなことでしょうか」
一行の話を聞き、目の前にいる小柄な老人が“神の手”であることを知ったヤスティンは、肝を潰した。
ヤスティンがギルドに入った頃には、すでにベルナルドは一線を退いていたが、その名はよく知っていた。
さらに、“贋作鍛冶屋”のマルコがベルナルドの弟子だと知るに至って、ヤスティンの頭は混乱した。
(なぜ、“神の手”の弟子が贋作づくりなど……)
とにかく、ベルナルド・ローザは最大級の敬意を払うべき相手であることだけは確かだった。
「頼みというのはヤスティンくん、ここへ君の上司であるファルツォ殿を呼んできて欲しいのだ。話し合いたいことがあると言ってな」
「承知しました」
返事をしたものの、縛られて床に転がったままでは身動きが取れない。
「あの……縄を――」
「おお、スマンスマン……マルコ、彼の縄を解いてやってくれ」
「……リタ、頼む」
「儂はお前に命じたのだ、マルコ」
「大丈夫です、大師匠。僕がやります」
かがみ込んだリタが、ヤスティンの縄を解きにかかるのだが、結び目が固くてなかなか縄がほどけない。
リタはポケットからナイフを取り出して、ヤスティンの縄を切った。
「――では、ファルツォ様を呼んでまいります」
手足が自由になったヤスティンは、ベルナルドに向かって一礼すると、部屋を飛び出していった。
それを見送ったマルコが、
「リタ、見慣れねぇナイフを使ってるな」
「あっ……」
内緒で打ったナイフをマルコに見つかってしまい、リタは狼狽した。
「師匠、これはその――」
「見せてみろ」
「は、はい……」
ベルナルドに見せた時と同じように、マルコもまた、手にしたリタのナイフをあちこち角度をかえながら丹念に検分した。
「オレに黙って打ったな?」
「ごめんなさい、師匠……大掃除の時に集めた鉄くずを見てたら、どうしても打ってみたくなって――」
「マルコ……リタの気持ちも汲んでやれ。お前だって若い頃は――」
取りなすようにベルナルドが言う。
「師匠は黙っていてください」
「む……」
マルコを差し置いて、孫弟子——正確には雑用係だが——の教育に口を挟むわけにもいかない。
ベルナルドは、しぶしぶ口をつぐんだ。
「リタ、良くこれを打ったな」
ナイフをリタに返しながら、マルコはニヤリと笑った。
「は、はい……あの……師匠、怒らないんですか?」
「怒るどころか、オレは感心してるんだよ」
「感心、ですか……」
てっきり叱られるものとばかり思って身構えていたリタは、拍子抜けしてしまった。
「リタ、お前は沸き上がる衝動に突き動かされて、このナイフを鍛え始めた。そして、最後までやり遂げ、完成させた。これはひとつの才能なんだ」
「そんなに大層なことじゃないように思いますけど……」
「あのな、リタ……仕事でもなく、誰かに強制されたのでもなく、自分からやりたいと思って何かを始めて、それを最後までやり遂げることができるってのは、立派な才能なんだよ」
「そんなものですかね……」
リタは釈然としなかった。
マルコが言っていることは、あたりまえのことだとしか思えなかった。
「そいつは不格好で見てくれは悪いが、道具としてちゃんと使い物になる。切れ味だって、なかなかのものだ」
「ホントですか!?」
かつて、マルコがこれほどリタのことを褒めてくれたことがあっただろうか。
リタは、自分の耳が信じられなかった。
「上手に研げば、もっと切れるようになるはずだ」
(師匠が褒めてくれた――)
自分で打った不格好なナイフを、リタは初めて見るような目で見つめた。
嬉しさがこみ上げてきた。
「――そして、リタの打ったナイフは誰の模倣でもない。リタのオリジナルだ」
ベルナルドが言い添える。
「弟子に先を越されたな、マルコ」
「……うるせぇな」
痛いところ突かれたマルコは、むくれ顔でベルナルドから目をそらした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
マルコたちを救うべく、ベルナルドはファルツォと談合する——
次回、「腹芸」 どうぞお楽しみに!




