十四 閉め出された!?
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本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定
それでは、どうぞお楽しみください!
シルヴァナの丘からマルコやリタの住むフォルナの街までは、馬に乗って半日ほどの行程だった。
街に着いた一行は、その足で鍛冶ギルドへと向かった。
リタもよく知っている市場のあたりに差し掛かったとき、肩掛け鞄に入っていたフェロがぴょんと飛び出した。
「あ……フェロ、どこへ行くの」
「にゃぁ」
先に帰ってる、とでもいうようにひと鳴きした後、フェロはするりと路地裏へ消えてしまった。
「フェロなら心配ないだろう……先を急ごう」
「は、はい」
リタは後ろ髪を引かれたが、このあたりはフェロもよく知っている場所のはず
(大師匠の言うとおり、心配いらないよね……)
——と、リタはあることを思い出した。
「大師匠、市場で履き物を買っていきましょう」
「なに、履き物?」
マルコが逮捕されたとき、裸足のまま連行されていったのをリタは思い出したのだ。
靴を取りに家へ戻る時間はない。
サンダルでもいいから、リタはマルコに持って行ってやりたかった。
市場の馴染みの履き物屋に立ち寄ると、いつもは明るい店主が、珍しく浮かない顔でリタを迎えた。
「リタちゃん、マルコが捕まっちまったんだってね。かわいそうに……あいつは意外と小足だからな、このサンダルがピッタリ合うはずだ」
「ペリノさん、ありがとう。幾らですか?」
「いいよ、金なんて。マルコには世話になってるからさ」
「そんな……困ります」
「いいって、いいって」
押し問答の末、結局リタは代金を受け取ってもらえなかった。
「……マルコもリタも、この街でうまくやっているらしいな」と、ベルナルド。
「みんな、いい人ばかりです」
鍛冶ギルドの建物が見えてくると、リタの頭の中はマルコの心配で一杯になった。
ベルナルドが厩番に馬の世話を頼んでいる横をすり抜けて、リタはギルドの入口に向かって突進した。
しかし、ギルドの正門はピッタリと閉ざされていた。
門の両側には、斧槍を手にした門番が二人立っていた。
リタが門に近づくと、二本の斧槍が交差するように下ろされて、リタは行く手を阻まれた。
「ここを通してください!」
「だめだ」
「僕はギルドに用があるんです」」
「いまは取込中で、関係者以外は立ち入り禁止だ」
「僕は、リタ・マレウス――鍛冶士マルコ・イグナシオ・フィデルの弟子です。ほら、僕は鍛冶ギルドの関係者なんだから、入れてもらえますよね」
「……だめだ」
「いったい中で何が起きてるというんですか!?」
「部外者に答える必要はない」
「僕は部外者じゃありません!」
そこへ、馬を預け終えたベルナルドがやってきた。
「どうした、リタ……なにやら中が騒がしいようだが?」
「大師匠! この人達が中に入れてくれないんです」
「どういうことかね?」
ベルナルドが改めて門番に尋ねる。
「ただいま取込中です、ご老体。日を改めてお越しください」
「困ったな……急ぎの用件なのだが」
「お帰りください」
「ちょっと、あなた! この方を誰だと思ってるんですか!」
リタが門番にくってかかる。
「誰であろうと、通すなと厳命されています」
「この方は、ベルナルド・ローザですよ?」
「お帰りください」
「え……もしかして知らないんですか? ベルナルド・ローザですよ? “神の手”といったほうが、わかりやすいとか?」
これでどうだ、と言わんばかりに、リタは胸を張ってベルナルドの正体を明かした。
「お帰りください」
門番は姿勢を崩さず、二人を通そうとはしなかった。
「あなた、本当に鍛冶ギルドの人?」
「お帰りください」
「リタ、このままでは埒があかない。いったん、出直すとしよう」
「でも大師匠――」
「いいから、いいから」
ベルナルドはリタの手を引いて、門の前から引き離した。
「大師匠、このまま引き下がってしまったら、師匠はどうなるんですか!」
「落ち着きなさい。何も引き下がるとは言っておらん」
「じゃぁ、どうするんですか」
「大手がだめなら搦手から行くまでよ」
「他にも入口があるんですか」
「ま、ちょいとした抜け道を知っておるのさ」
鍛冶ギルドの敷地には、石造りの建物を取り囲むように多数の木々が植えられており、ちょっとした森の様相を呈している。
リタを従えたベルナルドは、うっそうと生い茂る草木の間をあっちへ曲がり、こっちへ曲がりしながら、ずんずんと進んでゆく。
「大師匠……いったいどこへ向かってるんですか」
「たしかこの辺りだったはずだが……お、見えてきた、見えてきた」
ベルナルドが指差す方向には、小さな木造の小屋があった。
切妻屋根のそれは、物置小屋のようにも見えるが、どうやら人が住んでいる様子だった。
ベルナルドが訪いを入れると、すぐに中から声が帰ってきた。
「はいはい、今開けますからね」
扉が開くと、そこに立っていたのは年老いた白髪の男だった。
草色の上着に青色の吊りズボン、腰に巻いた革のベルトには鋏やナイフ、鎌、スコップ、熊手、麻紐など、庭仕事に使うような道具がぶら下がっている。
「ルノ、久しいな」
ベルナルドが声を掛けると、男は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、それはすぐに驚きへとかわった。
「お師匠様……お師匠様じゃございませんか!」
「わっはっは! ルノ、お前ちっとも変わらぬな」
「お師匠様こそ、お元気そうで……ささ、立ち話もなんですから、どうぞ中へ。お連れのお嬢さんもご一緒に……さあどうぞ、どうぞ!」
女の子と間違えられて、リタはとっさに抗議しようと思ったのだが、ベルナルドが茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせたので、そのまま黙っておくことにした。
「ルノはな、儂の古い古い弟子なのだよ」ベルナルドがリタに説明する。
「ははぁ……」
ルノはこの小屋に寝泊まりしているようだった。ベッドや戸棚といった家具の類はすべて壁際にまとめられていて、部屋の大部分は庭仕事の道具やら肥料やら植物の苗やらに占領されていた。
リタの目を引いたのは、壁の目立つ場所に掛けられている鍛冶用の鎚だった。
「鍛冶の仕事が忘れられねぇのですよ、お嬢さん」
リタの視線に気づいたルノが寂しそうに言った。
「あの頃は楽しかったなぁ、ルノ」
「はい、お師匠様。工房で働いていた頃は、とても楽しい毎日でございました」
「それなのに、お前があれほど早く鍛冶の修行に見切りをつけてしまうとはなぁ……」
「いやぁ……お師匠様の元で修行して、つくづく私は鍛冶に向いていないということを思い知りました」
ルノは照れくさそうに頭をかく。
「ルノよ、お前はこだわりが過ぎるのだ。儂の工房にいた間、お前は一振りの剣も打ち終えることができなかったではないか」
「完成間近になると、あちこちにアラが見えてきてしまうのです――それで、あっちを直しこっちを直ししている間に、もういっそのこと打ち直してしまえ――と、こうなってしまうのです」
茶の用意をしながら、ルノはほろ苦く笑った。
「ヘタでも何でも良いから、とにかく完成させることが大事だ。そのためには、どこかで妥協しなければならないのだよ」
「身に染みて学びました」
「それにどうやらお前の手は、鎚よりも鍬や鋤を握るように出来ているらしい」
「そのとおりで……好きなことと得意なことが違うというのは、つまらねぇものでございますねぇ……」
盆に載せた茶を運んできたルノが、しみじみとつぶやいた。
「いただきます……」手渡された茶碗から一口飲んだリタが、
「あ、このお茶――」
黄緑色に透き通った茶は、今まで飲んだことのない味だった。
口に含むとかすかな渋みがあって、飲み込んだ後に、すっきりとした甘みと旨みを感じる。
「わかりますか、お嬢さん」
ルノが、リタに向かってにっこりと微笑みかける。
「とてもおいしいです」
「ルノ、この茶は?」
「はい、お師匠様。遠国の珍しいお茶でございます。ギルドの食堂で働いている知り合いから分けてもらいました。お師匠様にも味わっていただきたいと思いまして」
「ふむ……なんとも不思議な味がして、うまいな」
「ありがとう存じます」
「ルノさんは鍛冶ギルドで働いているんですか?」と、リタ。
「そうですよ、お嬢さん。なんですかね……未練があるんですな。少しでも鍛冶に関わっていたいと思って、住み込みでギルドの庭師をさせてもらっているんです」
「あの……僕、リタといいます」
“お嬢さん”と呼ばれるのがくすぐったくなって、リタは自分の名を告げた。
「ははぁ……リタさんは、お師匠様のお弟子さんで?」
「いえ、僕は大師匠の弟子の弟子なんです」
「では、孫弟子というわけですね」
「そうです」
「ルノ、リタはマルコの弟子なのだよ」
「なんと……マルコが弟子を……あのマルコが……へぇ……マルコが弟子を、ねぇ……」
ルノは、空が落ちてきたんじゃないかというくらいに驚いていた。
「そういえば、お師匠様……マルコはギルドに捕まってしまいましたよ」
「そのことだよ、ルノ。引退した儂が出張ってきたのは、マルコのことをリタに頼まれたからなのだ」
「そうですか……それはようございました。マルコもやっと、お師匠様と仲直りできそうですな」
「だけどルノさん、師匠を助けようにもギルドの中に入れてもらえなくて困ってるんです」
ここぞとばかり、リタが訴える。
「いま、中は大騒ぎですからね」
「いったい何が起こってるのだ、ルノ」
「それが……中の騒動は、お師匠様にもまんざら無関係とは言えないことでして……」
「なに、儂が関係してるのか? ルノ、どういうことだ」
「お師匠様、こういうことでございます――」
ルノは、ギルド内で起きている“魔剣”騒動について二人に説明した。
「——ええっ! 大師匠がその“魔剣”を打ったんですか!?」
「ああ……儂はあの剣を“マディドゥーム”と名付けたんだが、いまでは“魔剣”という呼び名の方が有名になってしまったな」
「どうしてそんなことに……」
目の前にいる好々爺がそんな恐ろしい剣を生み出したなんて——リタにはなかなか信じられなかった。
「持ち主が次々と災厄に見舞われたからだよ。剣を巡って争いが起こり、とある小国が滅びてもいる」
ベルナルドがむっつりと言った。
「それで、“魔剣”……」
「お師匠様、マディドゥームは双子の剣。真打ち同様、影打ちにも魅入られた者を狂わせる何かがあるようでございますな」
「……お前の言う通りかもしれぬな、ルノ」
「大師匠、早く中へ入りましょう。師匠が心配です」
「うむ……マディドゥームの影打ちが暴れているとなると、儂も当事者ということになってしまったわい……そこでルノ、お前の力を借りたいのだ」
「何なりと、お申し付けください」
ルノが胸を叩く。
「儂とリタをギルドの中へ入れてくれれば、それで良いのだが」
「お安い御用でございます」
請け合ったルノは、ベルナルドとリタを連れてギルドの裏手へ向かった。
そこで顔なじみの料理人に頼んで、食材の搬入口を開けてもらう。
「すまぬな、ルノ。この礼は騒動が収まった後、きっとするから」
「そんな……滅相もございません。お師匠様のお力になれただけでも、恩返しになるのですよ」
「ありがとうございました、ルノさん」
リタはペコリと頭を下げる。
「リタさん、マルコを頼みますよ」
「はい!」
搬入口から厨房を通り抜け、リタとベルナルドはギルドの中へと侵入した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
庭師ルノの協力を得てギルドに潜入したリタとベルナルド。
マルコの捕らえられている地下室には見張りがいたが、ベルナルドは一計を案じる——
次回、「師弟の対面」 どうぞお楽しみに!




