十三 説得
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本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定
それでは、どうぞお楽しみください!
小屋の中は温かかった。
水車小屋を改造したというベルナルドの住処は、それほど広くなかった。
奥の方に鍛冶の炉が据えてあり、中では炭が赤く燃えていた。
炉をを囲むように設けられた棚には、鍛冶に使う道具類が吊られている。
道具の並べ方が、マルコのそれに似ていることにリタは気づいた。
炉のそばにある石台には、リタがやってくる直前までベルナルドが打っていたと思われる、短い剣が置かれていた。
ほかに目につくものといえば、部屋の真ん中に置かれている小さなテーブルと数脚の椅子、壁際のベッドと戸棚くらいのもので、ベルナルドの隠棲が、質素なものであることが窺えた。
「リタ、旅装を解いてくつろぐといい」
「はい……」
言われたとおり、鞄を下ろしてマントを脱いだリタは、フェロを膝に乗せて椅子に腰掛けた。
ベルナルドは、戸棚から大きな黒パンの塊、拳ほどの大きさのチーズ、太いサラミソーセージを取り出すと、手際よく切り分けた。
それらを木の皿に盛りつけ、テーブルに並べる。
「リタ、それからフェロも食べなさい。急なことでこんなものしか用意できないが……ま、かんべんしてくれ」
食べ物を前にして、リタは自分がいかに空腹だったかを思い出した。
「ありがとうございます、大師匠! いただきます!」
薄切りにした黒パンにチーズとサラミソーセージを挟み込んで、大口を開けてかぶりつく。
酸味のある黒パンと濃厚なチーズのコク、そこにじゅわっとしたサラミソーセージの油が混ざって、口の中いっぱいにおいしさが広がる。
ときおり、小さくちぎったサラミやチーズをフェロに分け与えながら、リタは旺盛な食欲で皿のものを平らげていった。
「もっと欲しかったら、遠慮なく言いなさい」
「ふぁい……」
もぐもぐと口を動かしながら皿を差し出してくるリタの姿に、ベルナルドの頬は緩みっぱなしだった。
――濃く淹れたコーヒーのカップが、腹くちくなったリタの前に置かれた。
自分用のカップを持ったベルナルドが、リタの向かいに腰を下ろす。
「腹いっぱいになったかね?」
「はい、すごくおいしかったです! 大師匠、ごちそうさまでした!」
「そうか、それは良かった。フェロはどうだ?」
「にゃうにゃう……」
前足を舐めながら、フェロは満足げなうなり声をあげた。
「ふはは! そうかそうか。そいつはリタの飼い猫かね」
「いえ、フェロは師匠が飼ってるんです」
「弟子だけではなく、猫の面倒まで見ているとは……あのマルコがなぁ」
ベルナルドは感慨深げに目を閉じ、コーヒーをひとくちすする。
「ああ見えて、師匠は優しいところがあるんです」
「うむ……それで、マルコの“危険が大変”なんだって?」
「そっ、そうなんです!」
興奮のあまり、リタは思わず立ち上がってしまった。
その動きを察知したフェロは、転げ落ちる前にリタの膝の上からトンと床に飛び降りる。
「師匠の打った剣が贋作の疑いをかけられて……それで、師匠はギルドに捕まってしまったんです!」
「贋作をね……あいつはまだ、そんなことをやっているのか」
ベルナルドは、やれやれといった調子でかぶりを振った。
「だけど、師匠の打った剣はすごく美しくて……とても……とても素晴らしいものなんです!」
「いくら素晴らしい剣だとしても、贋作を打つことはギルドから禁じられているからな」
「が、贋作じゃないんです! 師匠はラファエロ・デ・マーレさんの作風を真似ただけで、銘だって切ってないし、ギルドが勝手に真作と判定する分には問題ないんです!」
「マルコがそう言ったのか」
「はい」
「屁理屈を並べおって……馬鹿者が」
「大師匠、お願いです! 師匠を助けてあげてください!」
「それはできんな」と、にべもないベルナルドの返事。
「どうしてですか! 師匠が破門されているからですか!」
「破門? 儂はマルコを破門した覚えはないぞ」
「え……でも師匠は“大師匠に破門された”って……」
「儂が破門したんじゃない、あいつが勝手に出て行ったんだ」
「師匠が……どういうことなんですか……」
椅子に座り直したリタの膝に、フェロが再び身体を落ち着ける。
リタは、ちびりとコーヒーをすすって顔をしかめた――濃くて苦い。
「マルコが若い頃――といっても、二十歳を幾つか超えていただろうか……ようやく鍛冶士として一人前と言えるまでになった頃、奴の打った剣をギルドの品評会に出したことがあったのだ」
「その剣は、オリジナルだったんですか?」
リタは、その話をマルコから聞いたことがなかった。
「そうだ。長い時間をかけて何度も鍛えては潰し鍛えては潰し……そうやって苦心して鍛え上げた剣だ。マルコはその剣に、そうとう自信を持っていた。ようやく独り立ちができる、と息巻いてたよ」
「――品評会の結果はどうだったんですか?」
マルコがオリジナルの剣を打っていたなんて……リタは意外に思った。
それでも、マルコの打った剣ならばオリジナルであろうと高評価だったはずだ。
「結果は散々だったよ……誰それの模倣だとか、オリジナリティに欠けるだとか、それはもうボロクソに叩かれた」
「そんな……ヒドイですよ、そんなの! いったい誰なんですか、そんなヒドイこと師匠に言ったの! 僕、ぜったいにそいつを許せません!」
リタは我が事のように憤った。
ベルナルドは、そんなリタの様子をおもしろがっているようだった。
「わっはっは! そうか、許せんか」
「当たり前です! 師匠の剣は最高なんです! 師匠の作品をヒドく言うなんて! そいつ、ぜんっぜん見る目がないんです!」
頭に血が上ったままコーヒーをがぶりと飲んで、リタは再び顔をしかめた。
「……マルコは幸せ者だな。リタのような弟子を持って」
真顔に戻ったベルナルドの目が、優しい。
「からかわないでください、僕は真面目に言ってるんです」
「からかってなぞおらぬよ……儂は、マルコがあれほど打たれ弱い奴だとは思っていなかった。品評会の後はいじけてしまって、名剣の写しばかり打つようになってしまった」
ベルナルドは太いため息をついた。
「写し……ですか」
「そう。手本となる名剣に似せて剣を打つのだ。あいつは写しが得意なのだよ……天才的と言ってもいい。写しに関しては、儂もあいつには敵わぬほどだ」
「大師匠が……?」
リタは驚いた。
まさか“神の手”ベルナルド・ローザが、たとえ部分的にせよ鍛冶の技術において負けを認めることがあるなんて、まったく思いも寄らぬことだった。
「――普通は、どんなに忠実に元の剣を再現しようとしても、どうしたって打ち手の癖というものは出てしまうものだ。その癖が個性となり、個性はやがてオリジナルと呼ばれる要素になってゆくわけだが」
「癖が、個性に……」
リタは本能的に、この言葉が鍛冶屋にとって重要な意味を持つと感じた。
かつて、父のイエロも同じような意味のことを言っていた気がする。
「そうだ。ところが、マルコは違う。見た目も性能も、現物とまるきり同じ――いや、たとえ写しの元となる現物がなくたって、“本物よりも本物らしい”剣を打つことができる。写し元の人間が乗り移ったとしか思えぬ出来なのだよ」
「やっぱり師匠はすごいんですね!」
リタの顔がぱっと輝く。
「ある意味ではな。それはマルコが持つ天性の才能によるものだが、模倣に優れれば優れるほど、個性というものは引っ込んでしまう。儂が何度諫めても、これは勉強だからと奴は言い張って、マルコは写しを打つことをやめなかった」
ベルナルドは、空になった自分のカップを見つめる。
「コーヒーのおかわりはどうかね?」
「いえ、まだ残っているので」
「そうかね……」
ベルナルドは、ポットから自分のカップにコーヒーを満たしながら、
「奴もいいかげん、儂の小言に嫌気がさしたのだろう……ある日、書き置きひとつ残さず工房を出て行ってしまった」
「師匠はいつも言っていました……自分は“贋作鍛冶屋”だって」
「贋作鍛冶屋は商売になるかもしれないが、それではいつまでたってもオリジナルは生まれてこない……マルコが贋作鍛冶屋である以上、儂は奴を助けられない」
「そんな……師匠を助けられるのは、大師匠しかいないんです!」
バン!
興奮したリタが、テーブルを叩く。
ひざの上で丸まっていたフェロが、わずかに身じろぎした。
「……リタ、君は何故マルコの弟子になろうと思った」
リタの目をじっと見ながら、ベルナルドがたずねる。
その目に、リタは心の奥底まで見透かされる思いだった。
「鍛冶屋だった父が目指したのが、師匠の打った剣だからです。僕は父のような鍛冶屋になりたい」
リタは正直な思いを語った。
「マルコの元にいては、贋作鍛冶屋にしかなれぬぞ?」
「僕は贋作鍛冶屋にはなりません」
リタの言葉に、ベルナルドはつかの間言葉を失った。
「——君はオリジナルを打ったことがあるのか」
「……それは」
リタは口ごもった。
「どうなんだ?」
「あるにはある……んですけど……」
あのナイフの事を話していいものかどうか……リタはつかのま逡巡した。
「ずいぶんと歯切れがわるいな」
「僕、本当はまだ師匠の弟子じゃなくて……雑用係なんです」
「雑用係?」
「はぁ……弟子入りをお願いしたら、雑用係として置いてやるって言われて……」
リタはベルナルドに、自分がマルコに弟子入りを志願したときの顛末を話した。
「呆れたものだな……マルコめ、いまだに責任というものから逃げているのか」
「違うんです、大師匠……師匠は、僕を弟子だというのが照れくさいだけなんです。いまにきっと、僕を弟子として認めてくれます」
自分に言い聞かせるように、リタはマルコをかばう言葉を重ねた。
「……リタ、君の打ったというオリジナルを見せてくれんか」
「でも……初めて打ったものだし……不格好すぎて、とても大師匠に見せられるようなものじゃ――」
「いいからほれ、ほれ」
ベルナルドが手を差し出す。
小柄な体格に似合わぬ大きな手には、無数の火傷や傷痕が刻まれていた。
父親やマルコと同じ鍛冶屋の手――
観念したリタは、ポケットから取り出したナイフをベルナルドの手のひらにそっと置いた。
「拝見……」
ベルナルドは、受け取ったナイフを灯りにかざして、ためつすがめつする。
リタの心臓が高鳴った。
しばらくそうして眺めた後、
「ありがとう、リタ」
リタにナイフを返したベルナルドは、それきり考え込むように押し黙ってしまった。
ベルナルドの反応に、リタは拍子抜けした――貶すとか褒めるとか、もっと何か言ってくれたらいいのに!
「あの……大師匠?」
沈黙にたまりかねて、リタが口を開く。
「君の作品を見せてもらって、マルコが弟子に――いや、雑用係にどういう風に接してきたかわかったよ」
「え……それってどういうことですか……」
「儂が力になれるかどうかはわからんが、とにかくマルコのところに行ってみようじゃないか」
ベルナルドの目に、決心の色が浮かんでいた。
「そ、それじゃぁ――」
「急いだ方が良いだろう。夜明けとともに出発しよう」
「大師匠!」
その晩は、ひとつしかないベッドで、ベルナルドとリタ、それにフェロが一緒になって眠った。
ベルナルドからは火と煙と鉄の匂いがした。
リタの好きな匂いだった。
程なくして寝息を立て始めたベルナルドの隣で、リタはまんじりともできなかった。
ベルナルドが助けてくれることになったのは良かったが、マルコがいまどんな扱いを受けているか、これからどうなってしまうのか……それを思うと、リタは心がざわざわして、いても立ってもいられなくなった。
街道を進むとはいえ、夜道を旅するのが危険なことはリタも承知している。
(師匠、どうか無事でいてください……)
暗闇の中で目を閉じながら、リタはじりじりと朝がくるのを待ち続けた。
翌朝――
ベルナルドの小屋を出た一行は、村の外れにある厩へと向かった。
厩番をたたき起こし、幾ばくかの金を握らせたベルナルドは、預けていた馬を引き出して馬具を装着した。
「この馬は、儂が若い頃からの相棒でな……リタ、馬に乗ったことは?」
「ありません」
リタを鞍の前に乗せ、その後ろにベルナルドがまたがる。
「膝に力を入れて、馬のたてがみにしっかりと掴まっていなさい」
「は、はいっ!」
ベルナルドが脇腹を軽く蹴ると、馬は朝霧の立ちこめる街道へ勢いよく飛び出した。
森の香りが混じった冷たい風が、リタの頬を撫でてゆく。
馬に乗るのは初めてだが、不思議と怖さは感じなかった。
肩掛け鞄から首を出したフェロが、風の音に耳をそばたてている。
飛ぶように駆ける馬上で、リタはマルコの無事をひたすら願っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
マルコの元に急ぐリタとベルナルド。
しかし、ギルドの門は固く閉ざされ、中に入ることができなかった!
(こうしている間にも、師匠はひどい目にあってるかもしれない——)
リタは気ばかり焦るのだが、門番はかたくなに二人を通してくれない。
果たしてマルコは無事なのか!?
そして、リタとベルナルドはギルドに入ることができるのか!?
次回、「閉め出された!?」 どうぞお楽しみに!




