十 取り調べ
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本作は「贋作専門の鍛冶屋」と「押しかけ弟子の男の娘」が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
【登場人物紹介】
マルコ:贋作専門の鍛冶屋
リタ:マルコの押しかけ弟子(雑用係)
エウラリオ:ちゃっかり者で情報通の古物商
ベルナルド・ローザ:“神の手”の異名を持つ大鍛冶師。マルコの師匠
トッテンポット:世渡り上手な鍛冶師。マルコとは反りが合わない
ファルツォ:規律を重んじるギルドの監察官。マルコを目の敵にしている
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定
それでは、どうぞお楽しみください!
ギルドの取調室は地下にあった。
四方を石で囲まれたその部屋は、暗く、じめじめとしてカビ臭かった。
部屋の中央には小さな机と椅子が二脚置かれていて、マルコはその一方の椅子に座らされた。
縛めの縄はすでに解かれている。
マルコの向かいにはファルツォが座り、その背後に彼の部下が二人、直立不動で立っている。
部屋の隅では、記録係が帳面と筆記具を手にして、背もたれのない椅子に腰掛けていた。
「――マルコ、どうあっても贋作づくりを認めないんだな?」
と、ファルツォ
「ああ、俺は贋作なぞ打っちゃいねぇ」
手首についた縄の痕をさすりながら、マルコが答える。
「では、これは何だ」
後ろに控えている部下に合図し、一振りの剣を掲げさせる。
それは、マルコが先日まで精魂込めて打っていた、ラファエロ・デ・マーレの贋作だった。
「……オレが打った剣じゃねぇか」
「そこは認めるんだな」
「こんな出来のいい剣を打てる鍛冶は、めったにいねぇぜ」
ニヤリと笑って、マルコは言った。
「この剣、ラファエロ・デ・マーレという鍛冶師の作品にそっくりだと思わないか」
「さぁね」
「とぼけるな! 青みがかった刀身、白波のごとき刃文、黒錆を用いた装飾――どれを取っても、ラファエロ・デ・マーレの作風そのものではないか!」
「銘はあるのかい」
「……銘はない」
「この剣と寸分違わぬラファエロの剣は?」
「……ない」
余裕の表情を浮かべるマルコの一方で、ファルツォは苦々しげに唇を歪める。
「だったら、これが贋作とは言えねぇよな」
「……貴様がそのように言い逃れするであろうことは、私も予想していたよ」
「贋作じゃねぇんだったら、オレは帰らせてもらうぜ」
マルコが椅子から腰を浮かしかける。
ファルツォはそれを押しとどめ、
「ま、そう急ぐこともあるまい――ジル、奴を連れてきてくれ」
「は……」
ジルと呼ばれた部下が部屋を出てゆく。
程なくして戻ってきたジルは、男をひとり伴っていた。
足元がおぼつかず、ジルに抱きかかえられるようにして部屋に入ってきたのは――
「エウラリオ! お前まで捕まってたのか」
「マルコ、ごめん……私、まんまと一杯食わされちゃった……」
うなだれたエウラリオは、その場にぺたっとへたり込んだ。
「どういうことだよ、エウラリオ」
「“疑心暗鬼のエウラリオ”で通っている私としたことが……あぁ、情けない……くやしいったらありゃしない……はぁ……私のばか、ばかばかばか……」
「おい、エウラリオ! 嘆いてばかりいないで、ちゃんと説明しろ」
半ば放心状態のエウラリオは、マルコの問いに答えようとせず、ブツブツと言い訳めいたことをつぶやくばかりだった。
嘆息したファルツォが口を開く。
「お仲間の口から説明してもらおうと思ったのだが、どうも役に立たないようだな……仕方ない、私が説明しよう。まず、ラファエロ・デ・マーレの剣を欲しがっている金持ちの好事家などというものは、存在しない」
「あぁ? どういうことだよ」
マルコは、ファルツォが何を言っているのか理解できなかった。
「私はまず、ラファエロの剣が高騰しているという噂を流し、好事家の存在をでっち上げた。ここにいるエウラリオと交渉していた好事家の代理人と称するヴィロ・ネストラという男も、私の部下だ」
ファルツォの説明が続く。
マルコにもようやく事情が飲み込めてきた。
「そ、それじゃぁ――」
「そう、つまりこの贋作づくりの話というのは、始めから終わりまで私の手のひらの上だったということだ」
「なんてこった……」
嵌められたことに気づいて、マルコの全身から力が抜けた。
額が机にくっつくほどに、がっくりとうなだれる。
「これでわかったかね? エウラリオと交渉した部下の証言によって、貴様が贋作と承知でこの剣を打ったことは明白なのだよ」
「…………」
「どうだ、ぐうの音も出まい」
「……鑑定結果はどうした」
わずかに身を起こしたマルコが、ぼそりとつぶやく。
「なんだと?」
ファルツォが、いぶかしげに肩眉を上げる。
「ギルドの真贋判定の結果だよ」
マルコの声が、すこし大きくなった。
「今更そんなことを聞いて何になる」
「いいから教えろよ!」
叩きつけるようなマルコの問い。
ここで嘘をつくのは、プライドが許さない——ファルツォは渋々マルコの問いに答えた。
「……結果は“真作”だった。これで満足か?」
「ああ、だろうと思ったよ」
椅子から立ち上がったファルツォが、イライラした様子で部屋の中を歩き回る。
「まったくもって嘆かわしい話だ。贋作を真作と見誤るとは……ギルドの権威もなにもあったものではない。マルコ……私は常々、鑑定部の質の低下を憂いていたのだ」
「どういうことだよ」
うつむいていたマルコの頭が、完全に起き上がった。
「いまのギルドは腐りきっているのだ……贋作を真作と鑑定し、それを恥とも思わぬ連中ばかり。だが、今回のことで、ようやく膿を出すことができる。私の手でギルドを変えることができるのだ。折良く、三日後には王都からの使者がやってくる。そこで、ギルドの堕落と私の有能さを示すことができるというわけだ」
「てめぇ……オレとエウラリオの計画をダシに使ったな」
マルコは、怒りに燃える目でファルツォの顔を睨め付ける。
「そのとおり。おかげで贋作鍛冶のしっぽを掴むこともできたし、まさに“ひと匙の毒で二匹の獣が倒れた”というやつだな」
「クソ野郎が……」
「何とでも吠えるがいい、貴様はもう終わりだ。ついでにこのエウラリオというオカマ野郎もな」
「てめぇ、言わせておけば――」
立ち上がってファルツォにつかみかかろうとしたマルコの身体を、いつの間にか背後に回っていたファルツォの部下が押さえつける。
「お取り込み中のところ、失礼します」
取調室のドアが開き、ファルツォの部下らしき男が入ってきた。
「何だ……私がいいというまで、誰も入るなと言っておいたはずだ」
「は……それが――」
耳打ちする部下の言葉を聞くうちに、ファルツォの顔がみるみる険しくなってゆく。
「愚か者! あれほど取り扱いには注意を払えと言っておいたはずだ!」
ファルコの落とした雷に、部下の男がビクッと首をすくめる。
「も、申し訳ございません……みだりに手を触れたりせぬよう、部下には厳命していたのですが……」
「言い訳はよい。なんとしてでも封じ込めねば、ギルドの改革どころではなくなる……それどころか、私の首もあぶない」
マルコとエウラリオをその場に残し、ファルツォは早足に部屋を出て行った。
二人にとって残念なことに、扉にはカギが掛けられ、外には見張りが残されていた。
「ファルツォの野郎、慌てていてもしっかりしてやがるぜ……おい、エウラリオ! エウラリオ!」
「……はぁ?」
「しっかりしろ、エウラリオ!」
ぼんやりとマルコの顔を見つめ返すエウラリオの頬を、マルコは軽く打った。
「マルコ……? ごめんなさい……私のせいでマルコまでこんな目に……」
エウラリオは打たれた頬に手をやると、今にも泣き出しそうな顔になった。
「済んじまったことは仕方ねぇ。オレだってもっと警戒すべきだったんだ」
「そんなの無理よ……だってまさか、あいつがギルドの記録まで弄ってるとは思わないじゃない」
「クソほど法や規則にこだわるくせに、目的のためには法を犯すことも厭わねぇ……あの野郎、イカレてやがる」
「そうね……そうだ、マルコ!! リタはどうしたの!? まさか一緒に捕まったんじゃ――」
リタのことに思い当たったエウラリオは、慌てふためいた。
「大丈夫だ。子供ってことで見逃してくれたよ」
「そう……よかった。あの子には、私たちみたいな目にあってほしくないもの」
「あいつ、後先考えず突っ走るところがあるからな……何しでかすか心配だ」
リタの性格を考えると、マルコはエウラリオのように楽観できなかった。
「大丈夫よ、リタを信じましょう」
「ああ……それにしてもファルツォの奴、目の色変えて飛び出していきやがったが……いったい何があったんだろう」
「生半可なトラブルじゃないことは確かね」
壁に掛けられた獣脂蝋燭が、ジジ……と音を立てて二人の影を揺らした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
マルコの師匠、ベルナルド・ローザが打った“魔剣”が暴走した!
ギルドに、世界に、破滅の危機が迫る!
次回、「“魔剣”の暴走」「大師匠」どうぞお楽しみに!




