一 贋作鍛冶屋の押しかけ弟子
ご訪問ありがとうございます。
本作は〈贋作専門の鍛冶屋〉と〈押しかけ弟子の男の娘〉が織りなす、ちょっとヘンテコで、時に熱い鍛冶ファンタジーです。
※毎週月曜・水曜・金曜に更新予定。
今回は二話同時掲載です。
それでは、どうぞお楽しみください!
「――この剣が偽物だって、どういうことですか!」
賑やかな商店街の裏通りに、ひっそりと店を構える〈カーシマ質店〉。
店内のカウンター越しに抗議しているのは、旅姿の若者だった。
茶色がかった赤毛に緑色の大きな瞳。小柄な身体を分厚い旅用のマントにすっぽりと包んで、肩から斜めがけに大きな鞄を提げている。
カウンターの上には、若者が質草に入れようとしている剣が置いてあった。
鞘から抜かれて柄も外され、刀身が剥き出しの状態になっている。
「うちの店では、怪しい品物――はっきり言えば、贋作は扱っていませんから」
若者の相手をしているのは、この店の店主であるエウラリオ・カーシマ。
浅黒い肌、長身痩躯。柔和な印象の顔つきだが、細い目の奥は笑っていない。
女物の衣服やアクセサリを身につけていて言葉づかいも女のようだが、厚く塗ったおしろいでは隠しきれない濃い髭の剃り跡が、エウラリオの性別を物語っている。
「だって、この剣はたしかにベルナルド・ローザが打ったもので――」
「そうやって、名のある鍛冶師の作だといって、偽物を持ち込むお客さんが多いんですよねぇ……困るわぁ、ホント」
エウラリオは、大げさにため息をつく。
「だ、だけどこの剣は確かに本物なんです。茎に銘だって切ってあります」
「偽銘なんていくらでもあるわよ……失礼だけど、あなたみたいな若い旅人が、どうしてそんな名剣をお持ちなのかしら?」
「父の形見なんです」
「お父様の……あなたのお父様って、ひょっとしてお金持ちの商人とか?」
「父は鍛冶屋ですけど」
「名前は?」
「イエロです、イエロ・マレウス」
「イエロねぇ……イエロ、イエロ……イエロ・マレウス……知らないわ」
天井に目を向けながら、エウラリオは記憶の引き出しを探っている。
「村の鍛冶屋ですから、ここではあまり知られてないのかも」
「村? 村ってどこの村よ」
「ポンタレアですけど」
「ポンタレア……確か、国境のあたりにそんな名前の村があったような、なかったような……」
「ありますよ、僕はそこから来たんですから。この街から歩いて十日ほどの所です。ずっと昔は交通の要所として栄えていたとか」
「それを聞いて、ますますあなたの話が信じられなくなったわ。そんな田舎の鍛冶屋さんが、ベルナルド・ローザの打った剣を持ってるはずがないもの」
「で、でも父はこの剣は確かに本物だって――」
リタは食い下がった。この剣が偽物ならば、自分の父親は嘘つきということになってしまう。
「普通に考えれば、おかしな話だと思わない? 彼の作品は、ほぼ全ての所在が明らかになっているの。私が直接目にしたことがあるのは、“魔剣”マディドゥームだけ。ご存じかしら……隣国のメキトルにある宝物倉は、十年に一度、ご開帳があるの」
「そうなんですか……」
剣好きな父親のイエロならば、おそらく知っていただろうとリタは考えた。
「そう! 去年の話よ。わざわざ店を閉めてまで、見に行った甲斐があったわぁ……噂に違わず“魔剣”は素晴らしい作品だった……水に濡れたようにつややかな刀身、沸き立つ炎のような刃文……一目で魅入られてしまったの!」
興奮のあまり、一方的にまくし立てるエウラリオの弁をリタは黙って聞いていた。
「見物客が多すぎるから、展示物の前で立ち止まるのは禁止されてるんだけど、かまわず剣の前から動かずにずっと鑑賞してたのよ。そしたら、警備兵に捕まりそうになっちゃってさ……」
うっとりと空を見つめるエウラリオの目が、心なしか潤んでいる。
「――そういえば最近、その“魔剣”が裏の市場に出てきたって噂があるけど……まさかねぇ。メキトルの宝物倉から盗まれたって話も聞かないし……実際には、“魔剣”に形が似てるだけ、なんてオチよね、きっと……」
「あの……」
「あら失礼、つい思い出して興奮しちゃった。興奮っていっても、性的な意味じゃないのよ?」
「え……せ、性って……??」
「冗談よ、冗談。あのとき見た作品と比べると、あなたが持ち込んだこの剣……全くお話にならないわね。よくもまぁ、こんななまくらをベルナルド・ローザの作だなんて言えたものだわ」
父親の形見の剣が偽物だと決めつけられ、リタは悲しくなった。
「そんな……確かにこの剣は本物なんです!」
「そんなに言い張るのはどうしてかしらね……“目利きのエウラリオ”で通っているこの私が、贋作だと言っているんだから、贋作なの。それとも、その剣が真作だという証拠でもあるわけ?」
「それは――」
リタは言葉に詰まった。
証拠といえば、父親の話だけだった。
「そら、ご覧なさい。言えないでしょ?」
「…………」
「ふぅ……わかりました……まぁ、お困りのようですから……特別にその剣でお金を貸して差し上げましょう」
エウラリオの提案に、リタの目が輝く。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「貸せるのは、そうねぇ……銀貨一枚ってところかしら」
「え……い、いちまい?」
「それだって、大サービスなのよ。そんな、どうしようもない剣を預かるような酔狂な質屋なんて、私くらいのものだわ」
「そんな……銀貨一枚は、いくら何でも安すぎます」
銀貨一枚といえば、庶民が贅沢もせず、やっとひと月を食いつなげる程度の金額だった。
「イヤなら結構。どの質屋に持ち込んだって、銀貨一枚より高くは値を付けてくれないんだから。それどころか、あなたみたいな子供なんて、はじめから相手にもされないでしょうね。あなた、名前は?」
「……リタですけど」
「あのね、リタ……贋作とはいえ、お父様の形見の剣を質に入れようとするくらいなんだから、あなたお金に困ってるんでしょ?」
「……はい」
「だったら、いっそのこと売っておしまいなさい」
エウラリオの目が、猫のように細くなった。
口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
「え……う、売る?」
「そう、売るの。あなたは、いずれこの剣を買い戻すつもりなんでしょうけど、売って完全に手放すんだったら、これだけ出してもいいわよ」
エウラリオは右手を開いて、五本の指をリタに示した。
「銀貨五枚……」
「そう、五枚。どう?」
「でも……その剣はとても大切なもので……本当は質にだって入れたくないんです」
「あなた、いがいと強情なのねぇ……なら幾ら必要なの? リタ、言ってごらんなさい」
エウラリオの口調には、有無を言わせぬちからがあった。
リタは正直に答えた。
「……銀貨十枚です」
「あらまぁ! あなたみたいな子供が、そんな大金を何に使うの?」
「とにかく必要なんです……今すぐに!」
「ずいぶんと必死なのね……いいわ、銀貨十枚だしましょう」
「え……だけど、最初は一枚しか貸せないって言いましたよね。それがどうして――」
「駆け引きよ。商売人が、はじめから目一杯の値段を言うわけないじゃない……お金だって、すぐに用意できるのよ」
そう言って、エウラリオはカウンターの下から金箱を取り出した。
銀貨を数えて、リタの前にじゃらりと並べる。
「ほら、銀貨十枚。この機会を逃すと、こんな大金もう手に入らないわよ。そして、なんだか知らないけど、あなたは是非にもこのお金が必要なんでしょ?」
「うぅ……」
リタは、目の前に置かれた銀貨に手を伸ばす。
(ごめんね、お父さん……でも僕、どうしてもまとまったお金が必要なんだ……)
「そうよリタ、思い切って手放してしまいなさい」エウラリオが舌なめずりをしながら、リタの様子を凝視する。
チャリ……
指先が銀貨に触れた途端、熱した鉄に触れたようにリタが手を引っ込める。
(やっぱりだめだ! この剣はお父さんがとても大切にしていた剣なんだ――それを売るなんて、僕にはできない!)
「なによ、じれったいわね……迷うことなんてないじゃない。そもそも、剣にはそれ自体が持つ運・不運というものがあるのよ。運気の強い剣は、持ち主に幸運をもたらしてくれるし、運気の良くない剣は不幸をもたらす。私の見立てでは、この剣――あまり良い運気を持っているとは言えないわね。あなた、これまで良い人生じゃなかったでしょ?」
「わ、わかるんですか?」
言い当てられて、リタははっとした。
確かに、リタのこれまでの人生はあまり良いものとは言えなかった。
「私、こう見えて占いもするのよ。悪いことは言わない、思い切って手放しちゃいなさい。剣を手放せば、悪い運気が去って、あなたにも運が向いてくるわよ。これは古代の賢者、ソストラトスが唱えた説で――」
「よくもまぁ、次から次へとでたらめが口を突いて出てくるもんだな、エウラリオ」
店内の奥にある間仕切り布をめくって、男がひとり出てきた。
歳の頃は三十前後。
背丈はエウラリオと同じくらい高いが、細身の身体にはしっかりと筋肉がついており、ゆったりとしたチュニックを纏っていた。足元は革のサンダル。ずっしりと重そうな革の前掛けをし、手には鍛冶に使う鎚を握っている。
「あらマルコ……やかんの修理は終わったの?」
「ああ、これであと十年は持つはずだ」
「嘘おっしゃい! そんなに長く持ったら、あなたの仕事がなくなっちゃうでしょ」
「ははっ、違いない。正直なところ、あのやかんはもう限界だよ。いくら修理したってすぐに穴が空いちまうんだから、いっそのこと買い換えた方がいい」
「でもねぇ……あのやかん、水の入る量がちょうどいいのよ」
エウラリオは思案顔。どうやら真剣に悩んでいるようだ。
「オレに任せれば、寸分違わぬものを作ってやるのに」
「どうせ、目の玉飛び出るほど、ふっかけるんでしょ」
「お前さんには負けるがね、エウラリオ」
「あら、私はいつだって正直な商売をしてるわよ」
「よく言うよ。今だって、口八丁でその剣を巻き上げようとしてるじゃないか」
「えっ……ど、どういうことですか!?」
マルコの言葉に、リタが驚きの声を上げる。
マルコは、カウンターに置かれていた剣を手にとって、ためつすがめつした。
「……作りはしっかりしているし、研ぎも上等。なかなか良い剣じゃないか。これなら銀貨十枚どころか、百枚の値打ちはあるだろう」
「ひゃく……じゃ、じゃぁやっぱりその剣は本物――」
「ちょっと、マルコ! 商売のじゃましないでよ!」
エウラリオが口を尖らせる。
「確かにこの剣、ベルナルド・ローザの特徴がよく出ていて、真作にしか見えない。ただ――」
「ただ……?」
息を詰めてマルコを見つめていたリタが、ごくりとつばを飲み込む。
「ただ、この剣……ベルナルド・ローザの銘は切ってあるが、確実に奴の作じゃない」
断言するマルコ。
「確実って……どうしてそんなことが言い切れるんですか」
エウラリオに続いて、マルコにも形見の剣が贋作だと言われ、リタは食い下がった。
「なぜと言うなら、これはオレが鍛えた剣だからだ」
と、マルコはこともなげに言う。
「え……」
「まさか……」
リタとエウラリオが顔を見合わせる。
「あ~、嫌なことを思い出しちまったなぁ……」
しかめ面をしたマルコが、イライラしたように頭をかきむしった。
「どういうことよ、マルコ」
「だからさ、この剣は昔、オレが師匠のところで鍛えた剣なんだよ」
「それじゃ、あんたの師匠って――」
そこまで言って、エウラリオは口をあんぐりと開けたまま絶句した。
「あれ、言ってなかったっけ? オレの師匠――いや、元師匠はベルナルド・ローザだってこと」
「まさか、あなた……“神の手”の異名を持つ鍛冶師の弟子なの?」
「正確には、弟子“だった”、な。奴の弟子だったことはあるが、破門された今では、もう何の関係もないアカの他人だ」
「し、師匠ッ!」
「な……なんだよ、藪から棒に……」
マルコの元へと駆け寄ったリタが、ひっしと腕にすがりつく。
「お願いです、僕をマルコさんの弟子にしてください!」
「で、弟子だぁ!?」
「はいっ!」
「手を離せ……オレは弟子なんて取らないぞ」
痛い程に手をつかまれ、マルコは顔をしかめた。
「師匠、お願いします! お願いします!」
「オレはおまえの師匠じゃない! おい、手を離せって!」
「雑用でも何でもしますから、僕を弟子にしてください!」
「お前、しつこいぞ! オレは弟子なんか取らないの!」
「マルコさんだって、ベルナルド・ローザの弟子だったじゃないですか。腕の良い職人は、後継者を育てる義務があると思うんです!」
必死の形相のリタが、叫ぶように言う。
「そんなものはない!」
「だったらマルコさんは、腕の良い鍛冶士じゃないって言うんですか?」
「……舐めてんのか? オレより腕が良い鍛冶士なんて、少なくともこの街にはいない」
マルコの目がスッと細められる。本気で心外だ、と思っている表情。
「トッテンポットさんよりも?」
「はぁ? トッテンポットだぁ? あんなクズ野郎とオレを一緒にするな」
「でも……誰に訊いても、トッテンポットさんが国一番の鍛冶士だっていうから……」
「あいつの作るモノは、見た目だけはいいからな、見た目だけは」
吐き捨てるような物言い。店の床に唾でも吐きそうな勢いだ。
「工房を訪ねたら、お弟子さんがたくさん働いていました」
「だったら、トッテンポットの弟子になりゃいいじゃねぇか」
「弟子にしてもらおうと思ったんです……そしたら、銀貨十枚もってきたら考えてもいいって――」
「はっ! あいつの言いそうなこった」
「それで、この剣を質入れしようと思ったのね……」
エウラリオが口を挟む。
「はい……でもやっぱり売るのはやめます。だって、僕はマルコさんの弟子になることに決めましたから」
「勝手に決めるな!」
「まぁまぁ、いいじゃないのマルコ。こんなに必死に頼んでるんだから、弟子にしてあげなさいよ」
笑いをかみ殺しながら、エウラリオが言う。
「冗談じゃない。うちにはもう、フェロがいるんだ。お前の面倒までは、見きれない」
「フェロって……やっぱり、弟子がいるんじゃないですか! だったらもうひとりくらい増えたって――」
「ほほほ……フェロっていうのは猫よ、黒猫のフェロ。道ばたで死にかけていた子猫をマルコが拾って育てているの。つっけんどんなようでいて、あんがい優しいのよね……マルコって」
「余計なこと言うな、エウラリオ。とにかく、オレは弟子なんて取らないからな!」
「でも師匠――」
「くどい!」
マルコに一喝されて、リタは思わず身をすくめる。
その隙に、マルコはするりと店から出て行ってしまった。
「あ……ま、待って――」
マルコを追いかけようとするのだが、すぐには足が動かない。
カウンターから出てきたエウラリオが、リタの両肩に手を置く。
「足がすくんじゃったのね。マルコって剣術も遣るから、怒るとおっかないのよねぇ……ああなっちゃうと、弟子入りは難しいかもね……」
「でも僕は、どうしてもあの人の弟子になりたいんです」
「なにもマルコにこだわらなくたっていいんじゃない? トッテンポットは私もお勧めしないけど、他にも腕の良い鍛冶師はいるわよ。なんだったら、格安で紹介してあげても――」
「いえ、僕の師匠はマルコさんしかいません」
うつむいていたリタが、顔を上げる。その目は決意の炎に燃えていた。
「どうしてそこまで彼にこだわるの?」
「この剣を鍛えたのが、マルコさんだからです」
リタは取り戻した剣を、再び腰に吊った。
「どういうこと?」
「エウラリオさんは、この剣が贋作だと、はじめから見抜いていましたか?」
「いいえ。マルコに言われるまで気づかなかったわ」
毛ほども悪びれる様子がないエウラリオに、リタは毒気を抜かれてしまった。
「で、では……マルコさんが言ったとおり、僕を欺してこの剣を安く巻き上げるつもりだったんですね」
「こっちも商売ですからね。質屋なんて客との化かし合いなの。だから怒っちゃイヤよ」
「怒ってませんが、呆れています……今回のことは勉強になりました」
「どういたしまして。あなた、欺されやすい顔してるから気をつけた方がいいわよ」
「なにしろ、村から出たのは初めての経験なので――」
「あなたって山出しそのものだし、よくもまぁ生きてここまでたどり着いたものねぇ……」
エウラリオは、哀れむような、心配するような目でリタを見つめる。
ほう、とひとつため息をついてカウンターの向こうに回ったエウラリオの手に飴菓子がふたつ。
ひとつを自分の口に放り込み、もうひとつをリタに差し出す。
「おひとついかが?」
「……いくらですか」
「やぁねぇ、お金なんて取らないわよ」
「では、いただきます」
琥珀色に透き通った飴菓子を口に含むと、蜂蜜の香りがふわっと広がる。
優しい甘さがリタの身体に染み渡る。
思えば、今日は朝からなにも食べていない。
「それで、話を戻すけど――あなた、どうしてマルコにこだわるの?」
「父が目標にしていたのが、マルコさんの鍛えた剣だからです」
「マルコの……ああそうか。あなたが腰に下げている剣――それってベルナルドの作じゃなくて、マルコが鍛えた剣だったみたいね」
ややこしい話だが、リタの持っている形見の剣は、“神の手”と称されるベルナルド・ローザの作と思われていたが、実際にはベルナルドの弟子だったマルコが打った贋作だったのだ。
「さっき知って、びっくりしました」
「だけど、ここへ来たときには、トッテンポットに弟子入りしようとしてたじゃない」
「ベルナルド・ローザはもう引退しちゃったから弟子入りできませんし、そうなるとトッテンポットさんが、僕が調べた範囲では最高の鍛冶師だったんです」
「最高、ね……確かに最高かもね。自分を売り込むことに関しては」
微妙な表情のエウラリオ。
「どこへ行っても、トッテンポットさんの名前は響き渡っていましたよ」
「腕の良さと名声は必ずしも結びつくというわけではないのよね」
「工房を訪ねたときにトッテンポットさんの作品を何振りか見せてもらったんですけど、どれも素晴らしいものでした」
「まぁね、それは認めるわ。ウチの店だって、扱えるものなら扱いたいわよ。トッテンポットの作品は見栄えがいいし、かなりの売上げが見込めるでしょうからね。希少な星のかけらを使った象嵌なんて、キラキラと色が変わって綺麗なのよ。そうね……今だったら、ベルナルド・ローザの作品よりも金銭的な価値は上かもしれない」
「やっぱり……」
「だけど、武具としての実用面からみると、ベルナルド・ローザのほうが優れているわね」
「なるほど……それを聞いたら、ますます僕の弟子入り先はマルコさんのところしかありません。父の作風は実用一辺倒でしたから」
「あなた……素直すぎるわ。マルコがベルナルド・ローザの弟子だったって話、ちっとも疑っていないのね」
「僕、人を見る目はあるんです」
ガリッ……
エウラリオがあめ玉をかみ砕いた。
「……あなた、ほんっと~~~にっ…………ここまでよく無事にたどり着いたわね」
「はぁ」
「いいわ、マルコの家を教えてあげるから、土下座でも何でもして頼み込んでみなさいよ。マルコって強がりばかり言ってるけど、あれでけっこう寂しがり屋だから、もしかしたら家においてもらえるかもしれない」
「ほ、本当ですか!」
浮かない顔をしていたリタの表情が、ぱっと輝く。
リタは本当にいい表情をする——エウラリオは、いつの間にかリタの味方をする気になっていた。
「入り込んでしまえば、こっちのもの。なし崩し的に弟子になってしまいなさい」
「ありがとうございます!」
「まだ弟子になれると決まったわけじゃないのよ」
「僕、きっとマルコさんの弟子になってみせます」
「なんというか……リタ、あなたって危なっかしくて放っておけない」
袋いっぱいの飴菓子を押しつけられて、リタはエウラリオの店を後にする。
父が死んで以来、リタははじめて誰かに受け入れられた気がした――