『貪欲な蛇』
アリエートの変わり果てた姿を目にした時から、レグも自身の内に異変が感じ取れていた。
「我らモ、ああなるのか」
苦しげに胸を押さえてつぶやく。
「いんや、その前に──ケリつけようぜ。獅子野朗。オレは農民だがよ、騎士様が無駄にプライド高いのは知ってんだぜ?」
ザイルの嫌味に、レグは豪快に笑う。
「ハハハッ! なら胸を張らねばな、我は騎士! 第三の王剣なり!!」
唇と目の端から赤い雫がこぼれる。
◇◇
獅子が、己の全てを込めて突撃する。
自分がなくなる前に、勝利を掴まんとして。
「パンドラに侵されながら、最後まで牙を剥くか。見事だ」
怪物になる前に騎士としての誇りをもって特攻する姿に、ザイルの師であるスプルスが、観客席から賛辞を贈る。
──しかし。
「パンドラの怪物は狩らねばならん」
瞳は冷たく、言葉は硬い。
「……」
ザイルは息を吸い、土の匂いを嗅ぐ。
「あ〜〜、やな気分」
これが終わったら、ピリカの店で潰れるまで呑んでやる。
鎌の先を地に突き刺す。
「呑め、呑め、舌を出して、とぐろを巻いて、尾の先まで」
ザイルの全身のレイラインに、大地のレイラインから吸収した魔力が流れ込み、許容量を超えた。
◇◆
体のあちこちが、痛え。
鼻血を垂らして、目を充血させて、真っ赤な血まみれの蛇が獅子を見据える。
鎌を大きく振りかぶるその姿が、観客には、さながら、赤い死神に見えた。
『30over……』
ザイルが血の絡む喉でつぶやく。
手に持った計測器の中で膨れ上がる魔力に恐れをなした魔術師が、計測器を放り投げ、ガシャンッ!!と派手な音を立てて砕けた。
◆◆
『傷だらけの収穫祭』
血を跳ね飛ばしながら、大鎌を振り回したザイルが這うように強襲。
『猛獣の狩猟』
荒々しい剣撃が迎撃せんと、振り下ろされるが。
ザイルの軽鎧がぐにゃり、と形状を変えて、地を叩き、赤髪の青年の身体を宙に押し上げ、レグの背後に着地させた。
強引に剣筋を変えるレグの眼が、血まみれの蛇と交差した。
「オレの、勝ち」
「……私のマケ、か」
獅子は晴れやかな笑みを浮かべて、空を見上げた。
「良い天気だな」
「どーかん」
大鎌は獅子の胸を鎧ごと切り裂き、血飛沫をあげた。
返り血で染まった蛇は、息を吐いて。
鎌を肩に担ぐと、重さに耐えきれずに地面にひっくり返った。
「あ〜〜、しんでぇ。いってぇ。酒、呑みたい〜〜!!」
蛇の愚痴に、獅子は苦笑いする。
……急所を、外れた。──いや、外してくれたのか。
大きな借りができてしまった……な…。
獅子は観客席で叫んでいる妹の姿を一瞬だけ瞳に捉えて、意識を手放した。




