『Black Egg』
黒球の中で、ダーイングはほんのわずかな時をまどろみ、夢をみる。
世界が変わった瞬間を。
◇◆
石の家のライアの工房で、ソファに腰掛け、彼女の仕事ぶりを拝見していたダーイングは目を見張った。
「アンスラック、煌々と燃えよ」
紅玉が光と共に熱を放つ。それに吐息を吹きかけ、炉へと投げれば工房が鼓動を打った。
腰を浮かしかけたダーイングの肩を骨張った手が掴み、立ち上がることを許さなかった。
「動くな。女王の御前で不敬を働く輩に命はないと思え」
痛みを伴うほどに、指が食い込む。
「・・・。手をどかせ、スプルス」
「名を呼んでいいと、誰が許した」
指の力が三割増す。
ダーイングは、スプルスの腕を掴んで強引に振り解いた。
掴まれていた箇所に、うすらと血が滲んでいる。
「女王の仕事場での狼藉は許されるのか?」
ダーイングが言い返すと、スプルスは口を引き結んで壁まで離れて、もたれかかった。
「おいたがすぎると、長老に叱られますよ?」
ライアの一言でスプルスの目は、炉の奥に向けられる。
「そこに何かあるのか?」
「おまえは知らなくていい」
「石の家の炉心。エルダーの心臓です。もう魂は宿っていませんが、稼働し続けている竜種の心臓。あ。エルダーは、先生の先生で育ての親なんです。」
「・・・ライア、余計なことは言わなくていい」
「大事です。だって先生の家族ですから。ね、エルダー?」
ライアがニコリと笑いかけると、炉心がどくりと脈打った。
◆◆
「では、鉄を加工します。ご注文のままに」
ライアは手にしていた鉄を両手で持ち上げる。ふわりと、工房の中に浮いた鉱石はゆっくりと回転していた。ダーイングは目を離さない。
ライアの唇がすぼみ、次の瞬間、火炎を噴き出した。
蒼炎伯爵。そう異名を取るアルフレド並みの高火力だ。一気に工房内の温度が上がった。
しかし、ライアは平気な表情で作業を続ける。
対するダーイングは、離れていても額から汗を伝わせている。
魔力値0が火を吹くか・・・飽きさせないこと、このうえないな。
宙に目を向けると、鉄はドロドロに融解して、液状化していた。
赤々と赤熱している。触れれば火傷どころか指がなくなる。
そんなものに。ライアは手を触れて、左右に引き伸ばした。
ダーイングは目を見張る。
引き伸ばされた鉄は、ライアの指の先で糸状に変化し、幾重にも織り上げられていった。
くるり、くるり、と小柄な彼女が踊るように回る。
鉄糸は腕。脚。肩。と各部の形を成していく。と同時にダーイングは身体に違和感を感じた。
袖を捲りあげ、腕を見れば───『ひび割れ』が塞がりつつあった。
鉄と同じように赤く輝きながら、癒着していく。
注文の品が、形を成していくほどに。ダーイングは血潮が全身をめぐり、己を再構築していくのがわかった。
拳を握れば、指先まで力が入る。
もはや、錆びついた感覚も、砕けるのではという疑惑もなくなっていた。
しかし、暑い。
服を脱ぎ捨ててしまいたいが。仮にもライアがいる。そんな不届な真似をしたら即座に背後にいる老人が首を切り落とす。確信があった。
憎らしいことに、スプルスは涼しい顔をしている。目が合った瞬間、眉間のシワと嫌悪を宿した瞳が六割増しになったが。
◆◇
白い蒸気を上げる鉄の大鎧をライアは見上げる。
「お誕生日おめでとう」その瞳には、慈愛があった。それに応えるように鎧は膝をつき首を垂れる。
ライアは鎧に背をむけ、工房の隅に積まれた金貨の山に向かった。
小さな手からこぼれ落ちるほどに掬い上げた富の象徴は、ライアが息を吹きかけると金色の雫となった。
「装飾を与えましょう。我が指先から滴る金の血はおまえを飾り、おまえを祝し、おまえの生まれ出る日に陽光の元に光り輝く」
ライアの指が、鉄鎧の表面をなぞるたびに背筋を走るものがあった。
ダーイングは奥歯を噛み締めて、一声たりとて無様な声は出すまいと、それに耐える。
一筋一筋、丁寧に。金の装飾を施される鉄の鎧はライアの挙動に合わせて、腕を上げ、背を預ける。
そして、空洞の瞳で女王の尊顔を見つめていた。
ライアは手を伸ばし、頬を挟む。
「その瞳に相応しい装いは、真紅。赤を宿し、赤の宿命のもと、帰ってきたあなたの持ち主の色」
バリン!!
工房のあちこちで魔物石がくだけ、黒々とした内から紅を曝け出した。
石は細かく砕けて、炉の中へ吸い込まれていく。鼓動とともに鍛え上げられ、形を変えていく。
「剣も同じものがいいでしょう。先にあなたに名を与えましょう。名の無いものよ、おまえは『運命』。持ち主を縛り逃さない冷たい鎖です。───そして絶えず見続けられた夢の形」
「おまえは世界に解き放たれた。おまえは世界にその姿を焼き付ける」
伽藍堂の瞳に、紅色の透明な目隠しがはまると、鎧は天を仰ぎ、次にダーイングの方を向いた。
そして、炉の前まで進むと、鍛造されたばかりの剣を抜いてみせた。
惚れ惚れするような真紅の魔剣にダーイングは目を奪われた。
願って、願って、望み続けてやまなかった───自分の魔剣。
「勝つがいい。敗者の嘆きを糧として勝利の道を歩むがいい。夢の果てを目指してどこまでも」
女王の冷酷で残酷とも受け取れる呪いの祝福を受け、魔剣は紅の妖光を発した。
寂しげな瞳の色は、誰にも気づかれず。
ライアは嘘の微笑みを口元に貼り付けた。
「ご注文の品は、確かに。いかがでしょうか? 今ならサービスでもう一本おつけしますが?」
剣をもう一本という魅惑的な言葉に、ダーイングはコクコク、と頷いた。
魔剣を握った鉄鎧は、今や冷めて、黒い地肌となっていた。
それはまさしく『特注品』に相応しい異様であった。




