『串焼き』
じゅうじゅう、と音を立てて、焼けた肉から油が滴り落ちる。
油は、炭の上で跳ねて煙を上げる音と、香ばしい匂いと共に微風に運ばれていた。
「いつものください」
「はいよ! いつものだね、ライアちゃん」
串焼き屋の店主は、常連であるライアに、白い歯を見せてにこりと笑った。
髪を剃った頭に、玉のような汗を浮かべながら、店主が肉をひっくり返すと「ジューーッ!!」と食欲を誘う音がして、ライアのお腹も空腹を訴えた。
「ライアちゃんのお腹は今日も元気だ。先生の方はどうだい?」
「はい、お元気です。ただ、ご機嫌は少々ナナメですが」
「またか……。先生の眼に敵わなかったってことは、変な奴だったのかな?」
「そうです」
ふたりは、長い付き合いだ。
この串焼き屋の常連はライアだけでなく、スプルスも入っている。
たまに、二人で食べに来ることもあるので、もちろん顔見知りであり、『いつものこと』も、よーく知っている。
「ライアちゃんは昔っから、可愛いからねえ」
肉を焼きながらしみじみと言う店主。
「そうでしょうか? 私はそんなに可愛くも美人でもありませんよ」
ライアの身長は女性の平均よりも低く、小柄だ。
艶もない灰色髪は、適当に伸ばしたまま手入れもほとんどしていない。
頭の左上に紙紐で結んで垂らしている。
身につけているのも古着だ。デザインはとうの昔に流行から外れている。
瞳は髪よりは明るい灰色。しかし、黒いフチの大きな眼鏡とのびた前髪に隠れていてほとんど見えない。
王都でキレイに着飾っているいわゆる、可愛い女性、または美人の分類に自分は該当しない。
それが、ライアの自身への評価だった。
「そんなことないのに。おじさんは可愛いと思ってるよ」
「ありがとうございます。お肉と一緒に受け取っておきます」
店主の優しい言葉とともに差し出された、熱々の串焼きをライアは受け取る。
串に刺された厚い肉の連なりから立ち上る白い湯気。
そして、肉汁と一緒に滴り落ちそうなこの店秘伝のタレの鮮やかさと、炭火がつけた黒い焦げは素晴らしい調和がとれていた。
「はあぁ。今日も、絶妙な焼き加減……お肉はやっぱりここで、おじさんに焼かれたのが一番です」
「そうだろ、そうだろ。肉を焼く腕なら、おじさんが一番だ。まあ、『石の家』の売り物ほど値打ちのあるもんじゃないがね」
「そんなことないです。十分価値があります。最近は魔導具で調理する店が増えましたから、これは貴重品です」
肉の串焼きを宝物のように握るライアに、店主は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「確かに、うちみたいに昔ながらの作り方じゃないとこれはできない。魔石や魔法の火で焼いた肉じゃ、炭の香りがつかないからね」
「炭火焼きは最高級品です」
「そうだな。じゃあ、しっかり見合ったお代をもらおうか。串焼き二本で銀貨一枚ね」
ライアは、剣の模様が刻印された銀製の硬貨を店主の掌の上に置いた。
「毎度あり。あと、これはオマケ」
そう言って出されたのは、肉の数が買ったものより少ない串焼き。
だが、ライアは喜んでそれを受け取った。
「いただきます」
ほどよく冷めている串焼きに、その場で食いつき、もぐもぐと咀嚼する。
炭火で焼かれた肉の香ばしさとタレと油の甘さが合わさり、とてもおいしい。
その串焼きは、店主がいつもライアだけに用意する専用のオマケだった。
自分が焼いた串焼きを、美味そうに頬張っているライアの姿は、やはり店主には『可愛い』ものだった。
そして、本人は気づいているかわからないが。
オマケを受け取る時に、眼鏡の奥にある灰色の瞳には、確かに人を魅了し、引き寄せる輝きがあることを、店主はよくよく知っていた。
「次、寄ってくるのも変な男じゃなきゃいいが……」
ボソリと呟くと。
「何か言いました?」
「いいや。何も?」
肉で頬を膨らませているライアには、聞こえなかったようだ。
オマケの串の最後の肉を食べ終えると、礼を言ってライアは店から立ち去った。
まあ、何が寄ってきても、先生が追い出すだろう、と店主は新しい肉を焼きながら、ライアを見送った。
しかし、店主は下を向いているうちのことで、気づけなかったが。
満足して帰路に着くライアを、数人の男がつけていた。