『石の道』
特に意味もなく空を見ていた。
そこには何もなく、ただ延々と青が広がっている。自分が感じたのは、ただそれだけだった。
男は、王都の路地裏の石畳の上に足を投げ出していた。
壁に背を預け、これまでの行動を思い返す。
「ふ。あれは、なかなか悪くなかった」
その時のことを思い出して、唇の端が軽く持ち上がり、笑みをかたどる。
守衛たちを薙ぎ倒し、窓を拳で叩き割って、そこから外へと飛び出した。
高所から地面にむけて、落下していく時に生じる浮遊感。
春に残った冬の名残りの冷たい風が衣服の裾をはためかせ、髪を弄んでいく感覚。
指先から体温が失われていくと、それを補おうと心臓が血を巡らせていった。
隅々まで手入れを施された庭園の芝生に着地した後、全力で駆け抜け、止めようとする者どもは、容赦なくねじ伏せた。
あの退屈ばかり与えられていた部屋で、自分に剣を向けてきた馬鹿な者どもと同じように。
……だが、それも一瞬で終わってしまった。
少しはマシになるものかと、期待したが無駄だった。
また手を掲げて、退屈そうに、男は自身のひび割れを見つめた。
最初は、小さな違和感だった。
何か、音が聞こえたような気がした。
例えるならば、『何か』が欠けたようなそんな音。
これは最初、胸にあった。
浴室で、それに気づいた。触れても、触れられない傷のような何か。
それからすぐだった。
この亀裂、ひび割れが全身に広がり出したのは。
それから、どんどんと己が薄れて希薄になっていく感覚があった。
何をしても、退屈だった。
いや、もとより退屈していたのだが、それがより一層、強く感じるようになったというべきか。
「退屈だ。──つまらない」
空を見上げるのをやめて、男は石畳を見下ろした。
手入れされていない石畳は、薄汚れて割れていた。己の身体と同じように。
王都はこの国の中でも最も治安がいいと言われて、表通りは確かに明るく、整備も行き届いているが、路地裏はこんなものらしい。
薄暗く、そして汚れて冷えきった石の通り道だった。
しかも、この先は行き止まりだ。
何もない。
あるのは、ただの石造の壁に囲まれた場所。
「退屈なほどに、静かだな」
パキリ、と。
またどこかにヒビが入った音が聞こえたが、わざわざ確かめる気は起きなかった。
男は目を閉じ、しばらく身を休ませることにした。