『指南役たちの酒盛り』
伯爵が、ヴィエッタの相手をしている頃。
王剣三振りの指南役として、ひと月を過ごしてきた従業員たちは、屋敷の一部屋を占拠して、勝負の前の酒杯を交わしていた。
「じいさま。ザイルの野郎はどうだ」
度数の高い酒に喉を焼かれる感覚にギリクは満足する。
『まともな王』を支払わせる為に、レイゼンの稽古に付き合っている間、一滴も呑んでいなかった。
『石の家』の従業員なら、全力で仕事をする。
それが、雇われたときに決めたことだ。
スプルスは、ウィスキーをグラスに注ぐ。
「問題ない。氷をくれ」
「どうぞ」
ルシアスの一言で、グラスに氷が浮かんだ。
当人は、スパークリングワインの炭酸が弾けるさまを眺めているにもかかわらず、琥珀の酒を一雫も跳ねさせることはなかった。
「良い腕だ」
「これしか取り柄がありませんので」
フォルド子爵家は、この国で唯一の『氷』属性。食糧の冷蔵管理などの仕事を担っている。
ロックアイスくらいは、簡単に作れた。
しかし、その制御力は生半可なものではない。
氷の男は、手に持つグラスを自身の魔力で覆いながら傾けた。
「うん。よく冷えてるね」
パチパチとした刺激には、冷気が良いマリアージュとなっている。
カミュは、リモンチェッロの黄色い柑橘の香りを吸い込んでから、ちびちびと舐める。
剣王国は、17歳から成人だ。
カミュは成人して、もうすぐ一年になる。
美味しいとは思うが、まだ呑み慣れていなかった。
「大人らしく、ぐいーっと呑んでみたい」と正直に言ったら、先輩たちに「酒の愉しみ方をわかってねえ」と言われた。
ダモスは東の酒器を使って、西国とは違う酒を味わっていた。
つまみに『クラーケンの干物』を噛みながら。
「なあ。あの野郎どもが、俺たちの仕事を無駄にしたら、そんときゃ、どうする?」
「ブチのめす」
「許さん」
「……──師匠、ギリクさん。穏便に」
「いいえ。当店と取り引きし、『王』を請求した以上。負けました、申し訳ありませんでは、済みません」
ウィスタードは、ナッツが盛られた皿に伸ばしていた手を止めていた。
「『王』に釣り合う対価が必要になるね。……何かはまったくもって思いつかないけどさ」
夜がふけていく。
白月が、雲の間から地上をのぞく。
変わらずそこにあり続ける、天の瞳。
「彼女が『まともな王』かは、これから先の話だが。とりあえず、やるだけの事はやった。結果は、我らが女王が見届ける」
ウィスキーを飲み干して、スプルスは氷を鳴らした。
グラスの中で、カラコロと光りながら回る透明な塊。
まるで水晶のように、淡紫の瞳にはそれが映っていた。




